ちかさんの元気日記

辛いことを乗り越えて元気に生きている私“ちかさん”の
涙と怒りと笑いの介護記録。

ゆっくりつきあう

2015-12-11 19:43:00 | 日記
「私、行かなくちゃならないんです」
「これを届けに行かなくちゃならないんです」

深夜23時。
洋服や下着、新聞、手紙の束、健康診断票
湿布薬、宗教の本などをぎっしり詰めた紙袋を両手に
パジャマ姿のK子が廊下を歩いていた。

どこに行くのかと尋ねても「すぐそこ」としか答えず
もう夜だから―といっても納得せず
「私、行かなくちゃならないんです」と繰り返す。

まいったなあ。
夜勤は私一人だし、これから1時間は
オムツ交換やトイレ誘導のスケジュールが詰まっている。

しかしレビー小体型認知症による妄想が激しく
一度言い出したら聞かないK子を
放っておくわけにもいかない。

しょーがない! 今宵はカノジョに付き合うか!

仕事のキリがつくまで少し待っていてくださいと言ってなだめ
1時間の排泄介助ラリーを早めに終わらせると
私はK子の部屋まで戻った。

K子は痺れを切らし、キツネのように目を吊りあがらせている。

お待たせ、K子さん。
私が玄関までお送りしますから、行きましょう。

エレベーターに乗り、長い廊下を歩き、ようやく玄関まできたところで
私は彼女に確認した。

本当にお一人で行かれるんですか?
真っ暗だし、寒いし、アナタはパジャマのままだけれど
本当に行かれるんですか?
私はアナタが行きたいという場所を知らないから
一緒に行くことはできません。ここまでです。
それでもアナタは、本当に行かれるんですか?

「私は行きます。一人でも大丈夫です」
キッと私を睨みながらそう言うと、K子は暗がりの中を歩き出した。

行ってらっしゃい、気をつけて!
元気よく声を掛けたそのすぐあと、私はK子の2メートル後ろを尾行。
この距離なら、転びそうになっても助けられる。
しかも、彼女が歩いているのはウチの駐車場だ、
車にはねられたりする危険はまったくない。

駐車場の端までたどり着いて、K子の足がぴたりと止まった。
明らかに途方に暮れている。
この先、どうしたらいいのかわからないのだろう。
そもそも、自分でもどこに行くのかわかっていないのだから。

タイム・アップとするか。

とんとんと後ろから肩をたたき、声を掛けた。
K子さん、そろそろ帰らない?

驚いて振り返った彼女は、私を見てボロボロと涙を落とし始めた。
「迎えに来てくれたの?
私、どうしたらいいのかわからなくなっちゃったの。
もう、おうちへ帰りたい」

冷えた体を抱きかかえながらお部屋に連れて帰ると
彼女は「疲れちゃった」と言ってすぐにベッドに入ったのだった。

介護職に就いて2年が過ぎた。
それくらいで偉そうな口を叩くなと言われそうだが
最近ちょっとばかり、認知症の方との接し方がわかってきた。

技術だけじゃないね。知識だけでもないね。
高齢者や認知症を抱えている人とは
“ゆっくりつきあう”ことが本当に大切なんだね。

もっとも、この“ゆっくりつきあう”時間が足りないのが介護現場の実態。
それが問題なのである。




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