ちかさんの元気日記

辛いことを乗り越えて元気に生きている私“ちかさん”の
涙と怒りと笑いの介護記録。

それは罰則か・・・?

2015-01-29 00:20:14 | 日記
結婚を機に
美容師から介護職に転進した28歳のRさん。
すらりとした容姿、木村カエラに似たキュートな顔立ち
さらにその若さ・・・
当然、オジイチャンたちから一番人気の登録ヘルパーである。

その彼女が、髪を切ってきた。
元美容師であるから
さすがに、自分の顔立ちに合ったヘアスタイルをわかっている。
今回も美しくなければ似合わない
ショートのマッシュルーム・カットだ。
(いまどきそんな呼び方をしないとしたらごめんなさい)

しかし、そのオシャレ感覚も
悲しいかな高齢者には伝わらない。

髪を切ってから初めての援助で
東北訛りの残る80代の女性宅を訪ねた。

「あら、髪を切ったの?」
普通ならそう言われるであろうところ
「あらま、何か悪いことしちゃったの?」
真顔で、そう聞かれたのだそうだ。

髪を短く切る。
それは、悪いことをした罰に違いない。

う~む、戦争体験者ならではの発想。
若い子のオシャレも形無しである。




困った夫婦物語

2015-01-27 02:04:31 | 日記
12月3日付けのブログで
我が高齢者住宅の名物夫婦として紹介したK子とH。
それぞれの症状というかキャラクターが
日を追うごとに強化している。

K子の認知症は進み
記憶障害も物盗られ妄想も、もはや手がつけられない。
しかしそれでも「パパ」と呼ぶ夫・Hへの情愛は衰えず
お取り寄せ品の宝庫と信じているらしい近くのコンビニに日参しては
決まって明太子とシラス、生ハム、刺身をどっさり買い込み
毎食、食堂のテーブルにずらりとそれらを並べる。
そして
「パパ、パパ、栄養をつけなきゃダメよ。ほら、食べて」と
Hのご飯茶碗に次々とそれらを盛る。

いったい何どんぶりか?
単体では美味なそれらも
一緒くたに白飯の上に乗せられてはゲテモノでしかない。

「もう食えないよお、なあ、お前、もういいから」
と、拒むH。
「だめよ、パパ。アナタは栄養をつけて元気にならなきゃ」
と、おかずと愛情をぐいぐい押し付けるK子。
やがて根負けし、すべてを平らげるH。

・・・・・
脊椎損傷で手足に拘縮があり
食事の際に車椅子で食堂に誘導される以外は
ずっと寝て過ごしているHであるが
彼はこの半年で何人ものヘルパーをギブアップさせるほどに体重を増やし
そして塩分の摂り過ぎからか
血尿を出すほど膀胱炎を悪化させてしまったのであった。

いい加減にしてくれ!!!




タカシの生きる道

2015-01-22 01:10:20 | 日記
タカシさん(仮称・50代男性)は
高次脳機能障害である。

独身のタカシさんには、年老いた父親がいた。
その父親が、去年、亡くなった。
そのときからタカシさんは、女性として生きはじめる。

親戚の話によると、幼いころから「どうもおかしかった」という。
それでも学校を卒業し、社会人となり
結婚はせずとも50後半までなんとかフツーに生活してきたそうだ。

ところが
父親が亡くなったことで箍(たが)が外れたのか
彼は男を捨て、本来の女になった。
おそらく性同一性障害であり
それをを告白できずに、ずっと悩み、自分を抑えてきたのだろう。

大柄で肥満。
見た目だけで言えば、キレイとは縁遠いおっさんそのものだ。
それが突然、化粧をし、女装をしはじめる。
しかも、いつ、なぜ発症したかは不明だが
脳の障害によって自立生活もままならないという現状。

彼を取り巻く親戚たちが思案した結果
ウチと同じ系列の高齢者住宅に入居させてはということになったらしい。

注:ウチは高齢者でなくとも、介護サービスを受ける資格がある方なら入居は可能。

さあて、相談を受けたケアマネージャーは頭を抱えている。
受け入れて差し上げたい。受け入れるべきだ。
けれども
言いたいことを言う我がまま放題の人も少なくない高齢者住宅で
入居後の彼がどんな目に遭うか…
それは目に見えている。

ケアマネージャーの決断は…
タカシさんの行く末は…

情報が入り次第、伝えさせていただこう。


色男、栄光の記憶だけは墓場まで持って行くらしい。

2015-01-19 23:54:34 | 日記
それは衝撃的なカミングアウトだった。
愛しのオトボケ爺・M三郎さんの話である。

きのうの今頃、私はM三郎さんの部屋のトイレにいた。
夜勤中3回ある、M三郎さんのトイレ誘導。
車椅子で、しかも認知症の彼は
寝入っているところを揺さぶり起こさなければトイレに行けない。

きのうも深夜2時ころトイレにご案内。
便座に座っていただいたが
なかなかオシッコが出ないらしい。

彼の脇に立って待つこと数分間。
私は少し退屈してきた。
退屈しのぎに、声をかけた。

ねえ、M三郎さん、若いころモテた?
「どうだったかねえ」
モテたでしょう? この住宅でも女性ヘルパーから大人気よ。
「へえ、そお?」
寝ぼけ眼(まなこ)だった彼の目がやや開き
得意のヒ~、ヒッヒッヒという声無き笑いが聴こえてきた。

すかさず冗談でこの質問。
ねえ、M三郎さん、浮気なんかしたことある?

当然、「ないよ」という返事が返ってくると思っていた。
ところが答えは、「あるよ」。

え! うそ!?
質問していて驚くのもおかしいが
まさかの答えに私はたじろぐ。
だって、いい人だし愛嬌もたっぷりだしお茶目だし
だから一番人気であることは間違いないが
歯の抜け落ちた口を大きく開けて笑う顔は
まさに、カバか、カールおじさん。
浮気という言葉がこれほど似合わない男性もいない。

ドギマギしながら質問を続ける。

どのくらい続いたの?
「3年」

マジか!?

もう切れたんでしょ?
「そだよ~」

反省はしたの?
「・・・・・」
奥さんに謝って許してもらったの?
「・・・・・」

なおも便座に座っている彼は
小首をかしげて少し考えた後、こう言った。

「だって、女房、知らないもん」

うわぉ、私、もしかして大変な話聞いちゃった?

80代後半の奥様は
毎日のようにM三郎さんを訪ねていらっしゃる。
地味なおばあちゃまだが
私たち職員に会うと「いつも主人がお世話になってます」と
丁寧にご挨拶してくださる。

あの奥様の顔を、明日からどうやって見ればいいのさ!?

しかし、認知症で「ご飯まだ食べてないよね?」と
何回も食堂にくるほど記憶が定かでないのに
浮気の事実は克明に覚えているらしいM三郎さん。

人間、栄光の記憶はそうそう失われないようである。

あれから7年。やっと地元意識が芽生えてきた。

2015-01-16 22:33:35 | 日記
マンションを手放して現在の住まいに越してきたとき
事情を知ったおっさんの就職先の社長がこう言ったという。

「都落ちして、奥さんは落胆しているでしょう?」

確かにそれまでの住まいは都内の人気スポットで
有名人も多く住んでいたが
越した先だって都心まで電車でわずか20~30分。
決して不便なところではない。
不遇の身の上とはいえ
再スタートを切るのに適したまずまずの地域を選んだつもりだ。

それを人から“都落ち”と言われ
逆にへこんだのを覚えている。

別にそのことを引きずってきたわけではない。
しかし、考えてみればこの土地に馴染んでこられなかったのも事実で
心のどこかに「ここは仮の住まい」という思いがあった気がする。

なぜそんな気持ちが掘り起こされたかというと…

1年前に、引っ越してから初めて住空間の近くに就職した。
バスで20分ほどだが、同じ区内。
いわゆる“地元”である。

そうしたら、友達ができた。

きのうも職場の新年会だったのだが
同僚や、同世代の登録ヘルパーたちと大いに盛り上がり
正体を失うほど酔った2名を介抱したりタクシーに乗せたりして
深夜に帰宅。
「ああ、なんて楽しかったんだろう」と再び家で飲みなおした。

一人酔うほどに、ふつふつと嬉しさかこみ上げてくる。

地元の友達と、地元で遊ぶ…
この6、7年間、忘れていたその楽しさ。

実を言えば、ほんの少し寂しかった。
知り合いもいない土地に来て
近くに友達を作りようもない環境で暮らし
寂しかったし、馴染めなかった。

それが今、地元の友達と地元で遊ぶ。

たったそれだけのことが、嬉しくてならない。

告白すると
ここに越してきてから此の方、選挙の投票にも行ったことがなかった。
でも、次の投票には行ってみるかと
そんな思いがよぎったのであった。