長篠落武者日記

長篠の落武者となった城オタクによるブログです。

極寒の設楽城水鉄砲合戦

2016年12月11日 | 奥三河
「みんな戦がしてぇんだよ!」
とは、今年の大河ドラマ『真田丸』での後藤又兵衛のセリフ。

城の機能を説明することが多い自分ですが、実際、攻めたらどうなるのか。
後藤又兵衛のセリフには魂を揺さぶられます。

全国各地で城攻め水鉄砲イベントは開催されていますが、ガチの山城、というのはあまり聞かない。
高い土塁や切り立った崖、ガレ場では足が滑り、切り株や木の枝は障害物となり、怪我と隣り合わせの命懸けの障害物競走になるからでしょう。

そんな中、丸馬出と堀切の深さで見事な東栄町にある設楽城は、地元の方達『元気城山』の方達が整備されており、戦をするには丁度良い感じだなぁ、と、思っておりました。

そしたら、『元気城山』の竹内先生から「水鉄砲合戦良いじゃないですか。」と、許可をいただく。
聞けば、昔は子供同士50人vs.50人の100人で戦ごっこをしたもので、城を縦横無尽に駆け回り戦ったそうです。

好機到来。

当初は地元の子供が合戦体験を通じて、地元の歴史を知るきっかけに、などと思っておりましたが、

愛知県の山間地で尾張部の人は中々来ない東栄町。
『普通の人』には城として認識されない建築物もない山城。
そして、日程は都合上12月上旬。
東栄町の12月は下手すれば昼でも0度前後の極寒の季節。
そんな時に水鉄砲。

『狂気の沙汰』

と、いう言葉しか当てはまらない。
初雪が降るかも、という予報があったので子供はさすがに風邪をひいてしまい親が困る、ということで断念。

しかし、大人ならば自己責任の範囲でやれないものか。
と、いうことで、常々こうした企画に興味を示していた私の周りの「城好きがこじれそう」な素質を持った方々に声をかけてみました。

夏ならともかく真冬の水鉄砲合戦。
こんなクレイジーな企画に人は集まるのか。。。

私の心配は見事に裏切られ、
むしろ『極寒』というフレーズにシンパシーを覚える、イカれた方達から多数の参加表明を頂きました。
しかも、東栄町には一度も来たことがない、という小牧市や名古屋市の方、三重県より愛知県の西側あま市から単身駆けつけてくださる方。

みんな城好きがこじれそうだなぁ、と。

当日は、暖かな日で、気温は10℃程度。
日が当たっている場所では、動けば汗ばむような感じ。
しかし、城は風が抜け木々が日を遮るため、結構冷える。
集まった人間は16名。

戦場は、設楽城が誇る丸馬出を中心に、攻め手と守り手に分かれ、攻め手が2倍の兵力となるようにし、審判を置く。
バケツは攻め手と守り手に10リッターのものを2つずつ。
途中の堀切に色が異なる2つのバケツを2つ置き、奪えるようにしました。取ってもよし、相手に取られる前にこぼすもよし。



ジャケットの色が変わる部分が大半変わったら死亡宣告。
全員討ち死にした方が負け。
または、城にいる大将を表すジャケットを濡らすと濡らした方が勝ち。
時間は15分。

まずは、地元の竹内先生による現地案内による城解説。




その後、4回戦を行いました。

※ここまでくるとサバゲ―な映像


※大筒のような効果を発揮した竹水鉄砲的なやつによる攻撃。

当日は風が強く、水が流れるので狙いがむつかしい。
当初は皆慎重でしたが、




徐々に活発化し、まずはそれぞれ作戦会議。


そして激戦。












討ち死も続出。







※忠魂碑の前が討ち死した方の集合場所

と、まぁ、途中ジャケットが乾くインターバルの休息時間を設けながら、大の大人が4回戦行い、
城を縦横無尽に駆け巡りました。

絵面みると、すごい迫力…。
(写真は戦場カメラマン役を買って出ていただいた「のんほいタウン」編集長藤本氏提供)

皆さん、大変楽しんでいただけたようです。

色々と改善点も見えてきました。
次回、もう少し温かい時期の子供向けイベントとするため、オペレーションを改善して、必ず開催したいと思います。

でも、準備する大人もやれるようにしたいな…。
大騒ぎする父母を見て、子供もあきれるくらいにしたいものです。

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