スウェーデン音楽留学サバイバル日記 ~ニッケルハルパ(nyckelharpa)を学ぶ

スウェーデンの民族楽器ニッケルハルパを学ぶため留学。日々の生活を様々な視点からレポートします。

料理の本

2006-12-27 21:12:31 | スウェーデンご飯
スウェーデン料理の本がほしい!
と思って友人に聞いたところ、言葉の意味は分からないけど"husmankonst"と書いてある本を探せって。
大人になって家を出るときに、両親やおばあちゃんが持たさせてくれるような家庭料理の類なんだそう。
今回は料理関係の本3冊購入しました。

写真左:左はTinaというテレビで人気の女性料理家の本、右がLeifという人の"husmanskonst"の本、手前はスウィーツ。
写真右:中の写真。どれも絵やデザインがきれいなものを選んだつもり。

追伸)ちなみに、血迷って(間違って)このデザートの本、2冊買ってしまいました。
という訳で、yahooオークションに出品中。興味のある方はどうぞ。(3000円ほどしたのを2400円から出品)
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よいお年を!

2006-12-27 18:24:11 | 未分類
12月20日から冬休みで、日本へ。
来学期は1月8日から。
その間、ブログは何か思いついたことがあれば書きます。

よいお年を!
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空港で悪夢再び…

2006-12-23 08:40:59 | 未分類
前回もロンドンでひどい目にあいましたが、今回はもっと大変。
全て悪運を使い果たしてきました。来年はいいことがあるでしょう。
帰りの飛行機の話。音楽ネタとは関係ありません。
どんな目にあったの?という方はどうぞ。

さてさて、今思うと悪夢の前兆はToboを出発する電車からすでにあった。
電車が森と牧草しかないところで突然ストップ。余裕を持って出たとは言え、ちょっとドキドキ。だって、こんなとこでもし降ろされても困る!でも、30分ほどして徐行運転を開始し、次の駅で乗り換えるように言われた。ふー!時間に余裕があってよかった!

と思ったのに。
今回はロンドンまでSAS、ロンドンからJALと、提携関係にもない別会社でロンドン経由の旅。
するとロンドンが霧のためロンドンへの出発のめどがたっていないと言われる!
提携や同会社での乗り換えの場合と違い、関係ないエアラインなので私がロンドンに遅れてつくことなんてJALは知りようもない。
不安をかきたてるのが、SAS職員の態度。ゲートに担当者は一人もおらず、一度だけ軍の女性指揮官風の態度のスタッフが「霧のため出発は未定です。天候による理由なので私達に責任はありません」と言う。お客さんが「乗り継ぎ便があるんだけど、どうしたらいい?」と尋ねたけれど一切無視。その他のお客さんも出発時間の質問をしていたけど、全て無視。一方的なお知らせの後、早足でいなくなってしまった。

そんなこんなで4時間遅れで出発できた。ロンドンについたのは21:30くらい。
当然JALはサヨナラしていた。
どうしたらいいのか分からなかったので、とりあえずJALの乗り継ぎカウンターに行くと営業終了。だーれもいない。明日の15時までカウンターは開かないらしい…。どうしよう。目の前を歩いていたキャセイパシフィックの職員を捕まえ、「こういう場合どうしたらいい?」と強引に尋ねると「それはSASに言わないと。SASが遅れたせいでJALに乗れなかったんでしょ。JALに責任ないから言っても仕方ないでしょ」ふむふむ、ごもっとも。そうよねー。
と思いすでに行列のSAS乗り継ぎカウンターへ。みんな乗り遅れた人たちみたいで列は30分たっても一向にすすむ気配はない。

すると、スウェーデンで登場したような、怒れる女性コマンダーが登場。(なんであっちでもこっちでもスタッフは怒ってるのやら。クレーム処理でなめられるから?)腰に手をあて歩兵どもに命令するかのような口調で
「Okay, everyone. Listen. 私がマネージャーです。天候による遅延なので私達に責任はありません。よって、このカウンターに並んでも私たちにできることは何もありません。」ここで外国人客は怒りからか悲鳴のような声をあげる。
「よって、今夜泊まるところも食事も提供できません。乗り継ぎ便についても、明日空席待ちカウンターに並ぶなり全てご自身による対応となります。このカウンターはまもなく営業時間が終了です。ここから出てください。」
はあ?!出てくださいって、どこに行ったらいいの?明日どうしたらいいの?と不安でいっぱいに。「何もしてくれない上に、出て行けと言われても。どこに行けというんだ!」と外人客。そうだ!そうだ!と思っていると、その女性コマンダーはpleaseもつけずに言った。「Everyone. Follow me. 」(私についてきなさい)
行くあてもない。とりあえず素直にしたがった。
するとつれて来られた場所は入国審査場。
「空港は夜中なので閉まります。ここには誰も居れません。(イギリスに)入国して下さい。」はいー??と目をまるくして入国審査場にふと目をやったスキに、卑怯にも女性コマンダーは姿を消してしまっていた!!なんとも鮮やかな逃げっぷり、というか私、どうしたらいいだろう。SASは放棄、JALが対応してくれるか分からないけど15時まで誰も尋ねる人もいない。イギリスに入国しても行く所もない。でも夜間は閉鎖と言われれば入国するしかない。
この時点で私のストレス・レベルはキンコンカンコーン♪と頂点に達していた。
ともかく入国の列に並び私の番に。
すると、入国審査官が私に触れてはならない質問をしてくるではないか!
「Why do you want to come to England?」(なぜイギリスに来たのか?←変な聞き方だと思ったけど、なまりの強いインド系の担当者だった)
ともかく。私の触れちゃならぬボタンを押してしまった、この審査官。
「"why"!? I don't want to be here!! Never!!!」(はいー?なんでって言われても来たくなんかなかった!)
「飛行機に乗れなくて、出てけって言われたから!」
と答える私。
全く無視した審査官
「Then, where are you going to stay?(どこに滞在するのか?)」
私、イライラして
「I don't know. I have no idea.(さっぱりわかんない)」
審査官、さらに質問
「How long will you stay here?(滞在期間は?)」。この質問はダメでしょ。ハラがたつもの頂点になり
「I DON'T KNOW。(知らん!)」と怒りをこめてゆっくり言った。
入国不許可でも入国許可でも、どうせ行くとこないからいいもん、とヤケッパチ。
すると審査官、「行け」とジェスチャー。
え?こんなんで入国させてくれるんだ。へぇぇー。と急に冷静に戻ってしまった。(今思うと、ごめんなさい。大人気なく八つ当たりして…)

人は、行く宛も先の見通しもつかないと不安になる。
まして、話しあいてもなく一人ぼっちだと、「私、ロンドンから出れなくなるのかな」などと根拠のない恐怖感までおそってくる。トム・ハンクスの入国不許可で空港から出れずそこで生活をはじめてしまった映画を思い出し、「いやだ、いやだ。マクドナルドを食べる毎日なんていやだ」と、これまた意味もなく悲しくなってきた。
(妙な不安にかられ携帯メールでグチを送りつけた皆さま、スミマセン!)

預けたスーツケースをどうしようと、バゲージ担当のSAS職員をつかまえると、そのまま預けといていいと。しかもホテルに泊まって明日SASに請求すれば?と言われてしまった。「天候で免責と言われたけど」と言うと「だけど、何事もトライでしょー!」と無責任な返事。だいたい、空港職員というのは自分の担当部署以外のことは素人並に知らないから注意が必要。

ともかく、到着ロビーには既に人がゴロゴロ転がって寝ていた。ロンドンの日常なのかみんなSASで遅れた人なのか。日本人どころかアジア人すら一人もいないのが妙にさみしい。ともかく背もたれのない椅子(それしかなかった)に座って寝る事にした。明日眠くて活動できなかったら大変と思って寝る努力をした。すると、一般客はいなくなりごろ寝客しかいなくなった頃、移民風の掃除をしていた人が私達にブランケット代わりに新聞はいらないかと売りはじめた。
なんやねん!寝ようと努力してるのに静かにしてくれ!と思った私が間違いだった。
掃除の人がさった後、急に寒くなったのだ。そうか、暖房をきったんだ。
めちゃめちゃ寒い。夕方のロンドンは0度だった。夜中は外は何度なんだろう。
新聞にくるまりたいよー!と思いながらも苦しい姿勢でうたた寝。

朝は、5時には早朝の便で人でにぎわっていた。
JALは急用の場合は11時から電話応対というので、それでも時間がある。
ムダと分かっていても寝てるくらいならSASともう一度喧嘩してこよう!と、ふと思いつき、SASのカウンターへ。すると既にすごい行列。1時間は並んだかな?やっと私の番!でもこのカウンターの人はコマンダー風じゃない。昨日乗れなかったと私が言うと、謝りこそしないが(←徹底してる)穏やかな応対で10ポンドの食事券をくれた。「どこでつかえるの?」「空港中ならどこでも。」
ふぅーん。と受け取ってその場を離れた。なんか、早起きして頑張って食事配給の列にならんだ気分。もしくは、1時間並んだ労働にたいして賃金をもらったような気分。ちょっとだけすがすがしい。
ともかく、昨日寒かったせいか、おなかを壊していて食事する気にならない。それに、自分の行く末も宙ぶらりんじゃ食欲がわかない。

で、またロビーに戻ってうたた寝をした。

我ながら立派と思う。5分おき位にアナウンスが流れているのに、特定のアナウンスで目がパチッとさめた。
「緊急事態。ここは危険です。ただちに非常口から退避してください」
最初の「緊急」だけで起き上がった。「非常口から」の時にはすでに移動していた。こんなとこでお腹こわした状態で死にたくない。髪も洗ってないし、歯もみがいてない。
と思いながら0度の外へ出ると、policeと書いてある車が5台ほど目の前に。私が外にでるのと同時に、鮮やかな色のつなぎに黄色いヘルメットをかぶった4,5人が空港内へ突入していった。
ちなみに、私のジャケットはチェックイン時にあずけたスーツケースの中。
さすがにこれは寒い。
でも寒さより、不安のほうが強かった。申し訳ないけど、中東風の猫背で下を向いている人を見ると、その場を離れたくなる。中東風だからと勝手な偏見と分かっていても、つい、ここで自爆されてはと、妄想がふくらむのだ。
しばらくして、防弾チョッキをきた警察官が5人ほど目の前を通っていった。なんで防弾チョッキきてるんだろう。私もチョッキがほしい。
などと思っているうちに解除され、寒い寒いと私も中へ突入。
(いまだに何があったのか知りません)

もうすぐ11時だ!JALカウンターの電話の前に立って時計とにらめっこ。
11時!電話したけど誰もです。そうね、ここは外国。営業開始は微妙にずれてるのかも。気をとりなおして11時10分!電話突撃!
今度は通じた。スタッフがすぐに来てくれて今日の便を予約してくれた。
よかったー!帰れる!やっと重苦しいストレスから開放!

急にお腹もすいてきて、SASにもらった食事券をつかうことに。
いい感じのカフェがあったので早速入り、生ビールとイングリッシュ・ブレックファスト9.65ポンドを注文。券は10ポンドだったからギリギリまでいけるメニューを選んだ。ははは!(写真)
私はイングリッシュ・ブレックファストが実は大好き。イギリスではいつも、朝食がこれなのを確認してから泊まる。(コンチネンタルはキライ)何がちがうって、
・卵はいくつでどうやって料理するか聞いてくれるでしょ。
・ベーコン、ソーセージなど熱々ででてくるでしょ。
・トマト煮込みの豆がでてくる(←好物。おいしい!)
・これにジュース、コーヒー、シリアルなどなど他にも盛りだくさん。
ここはホテルじゃないので、シリアルやジュースはなかったけど、それでも十分。
ウェイターが「どうぞ、召し上がれ!」とウインクして持ってきた。すっかりご機嫌!

この後、霧でJALも出発が遅れたけれど、こちらは日本人。何度も何度も誤っていた。あのコマンダー達とは違うよな、やっぱり。しかも、ビールのんで真っ赤な顔してチェックインに行ったせいか「昨日の便にのれなかったんですよね。体調は大丈夫ですか」と心配までしてくれる。
席もほぼ満席だったのに、私のとこ1列空けてくれていた。そのまま横になり、12時間のフライトのうち食事を除く9時間はぐっすり眠ってしまい、気づいた日本って感じ。

それにしても。悪運を使いはたした。と、思いたい。
だって私、他にも悲惨な経験してるから。例えば…

・カナダ留学時代。休みでワシントンDCの空港で友人と待ち合わせ。ホテルは友人がヒルトンが安いというのでお任せ。するとトロント空港が雪で閉鎖。再開されたときには私の予約便は振り替え客で満席だと言われる。どうにかこうにか夜中にワシントンにたどりついたけど、もちろん友人の姿はなく。インフォメーションでヒルトンはどこですか?と尋ねると「どのヒルトン?」広げた地図をみて愕然。「○○ヒルトン」は一帯に6つあった!

・以前、乗り換え地のパリ空港で旅の"連れ"が体調不良。そのまま救急車で運ばれる。精密検査の結果盲腸だったら緊急手術をすると医者につげられる。乗り換え地はずなのが!と泣きたかった。飲まず食わずの病院のベンチで看護婦さんにもらった残りもののヨーグルト、クッキー、紅茶。食べながら本当にしくしく泣いてしまいった。でも看護婦さんは英語が全く通じず、自分がどこにいるのか解らず、保険会社に電話した時「今どちらですか?」と聞かれても「すみません、わかりりません。空港から救急車で30分いったとこです」としか言えず大変だった。3日後退院時、入院と精密検査費は30万円を越していた!(救急車代は現金で即払い)保険がおりたとはいえ、退院時の会計室ではもめにもめ…。

次回は穏やかな旅がしたい。
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クリスマス伝統料理

2006-12-19 23:18:22 | スウェーデンご飯
今朝はメインの先生3人、ソニア、ディッテ、ウロフみんな来て授業というより弾きおさめというのかな、適当に弾いておしまい。
ウロフは先日のコンサートにも書いた赤毛のチビちゃんと一緒。
私たちが弾く間中、ディッテの弾いている弓をつかんだり、ウロフのチューナーを取り上げて遊んだり。赤毛がクルクルして、まるで動く人形みたい。
私たちが弾くと、部屋の中央でリズムを全身でとり、弾き終わると大喜びで拍手してくれる。言葉を覚える前にリズムや拍手を覚えると将来どんな子になるんでしょう。

先生たちそれぞれ締めの言葉のようなことを言っていて、その中で私たちのコンサートは過去最高だったと色んな人から言われたという話をしていた。
過去のコンサートのDVDをいくつも見たので何が違っていたかは分かる。
ニッケルハルパのチャンピョンを輩出した代など、優れたプレーヤーがいた代もあったりするけど、スタンドプレーに終わっている。上手い人同士だけでかっこいいデュエットをしたり、アイデアのある人だけがそれを実行したり。
そういう意味では、私たちの場合、何よりも企画の時点でかなり練っていた。オマケのような曲/ダンスは一切ない。その上で、それぞれの企画に対して全員の出番が平等になるように決めていった。
この綿密な企画力と、協力・チームワークが、結果、全体の調和がとれた良いものになったのでしょう。ダンサーとミュージシャンで影響しあうというアイデアものが多く、みんなで即興で歌ったときも「始め」や「終わり」など一切合図を出さず、全員目をつぶってお互いを感じながら歌い、かなり息があっていた。
そう思うと、私がここで日本的と感じているスウェーデン人の「和」を大事にする姿勢は、スウェーデン人の特徴というより、ひょっとしてこの代の学生の特徴かも?!

いい加減、この話はおしまいにして、お昼はスウェーデンのクリスマス伝統料理で今学期を締めくくり。
エスビョン(楽器の製作者←ちなみに楽器製作を習う話はGoです。年明け開始予定。)、グンナル(歴史の先生)、理事関係者なども来る。
エスビョンにクリスマスプレゼントをもらった。なんだかうれしかったので日本に着くまで待ってから開けよう。私もプレゼントをあげた。おちょこを家族分。
ちっちゃいし、一個300~600円で陶器や磁器まであり、おそろいではなく色んなデザインのものをお土産にあげると喜ばれます。でも割れ物なので手荷物で持てる数しか持っていけないのが難点。

さてさて、料理は何十種類も用意されていた。家庭でも10-20種類は作るそう。それを24日のイブからなくなるまで数日かけて食べるのだそう。
まずは冷たい料理から皿にとり、その後で暖かい料理をとりにいく。
通常は3回、4回、5回と好きなだけ取りに行くのに、アメリカでこのスウェーデンのクリスマス料理を再現するイベントに先生のディッテが招待された時、アメリカ人が一度に皿に山盛り、デザートから肉まで載せているのをみてびびったそう。
日本でもありがち?
皿に取りすぎて次にいけないとか、「○○さんの分まで取ってきてあげたから」とかいうありがた迷惑な人(すんません食べたいものは自分で取りたい派なので)とか。
スウェーデンはヴァイキング料理の国。という訳で食文化の違いに興味シンシン。

写真左上:パーティの準備。薪をくべる校長ミッケ。
写真右上、左下:クリスマス伝統料理のごーくごく一部。sillという酢漬けの魚が特に伝統的。
写真右下:クリスマスの定番デザート。気持ち悪くて一口も食べなかった。お米を牛乳と生クリームとバニラで煮込んでラズベリーソースで食べる。これとそっくりなリスグリンスグルートというお米を牛乳で煮込んシナモンをかけ、さらにミルクをかけて食べるのもある。昨日の夜ご飯はこれだったので、一口も食べなかった。食わず嫌いではなくて、私の我慢の限界を超えてます。
スウェーデン人っておかしいんじゃない?と言ったら、日本人ってクレージーなんじゃない?と言い返された。
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triptyk-クリスマス・キャロル

2006-12-19 19:40:00 | おススメCD~Swedish folk
Triptyk
Midwinter night’s mass

おススメCDというよりは、かなりマニアックでかなりレアものの紹介。
入手方法も不明(知っている人がいたらコメントくださいませ)
クリスマスものなのでトラッド・アレンジ度合の表示は割愛します。

ウーラ(Ola Bäckström)のバイオリン・ヴィオラダモーレ、ヨハン(Johan Hedin)のニッケルハルパ、ヨナス(Jonas Knutson)のサックス。それぞれ大物3人が集まったバンド。このtriptykというバンドとしての活動自体をほとんどしていないので大物にも関わらず、あまり知られていない。知られていても緑色のジャケットのCDのほう。紹介にあげているほうのCDは、2000年の作品でクリスマス・キャロルのみの収録。

実は昨日、みんなでクリスマス用のお菓子を作っているときに友人がかけていて、このCDの存在を知りました。
ニッケルハルパでクリスマスの曲が聞けるとは思わなかった…。

私がもともとtriptyk(緑ののジャケットのCD)を聞いたのは、バイオリンのウーラ目当て
。ニッケルハルパのヨハン・ヘディンのことはその時知らず、しばらくは名前を聞いても「triptykの人ね」くらいの認識しかしてませんでした。
その後、「ニッケルハルパ・オーケストラもやってるのね」と。
さらにその後、日本でも人気なバザール・ブローなどのバンドのことを知り、ニッケルハルパ界の貴公子とまで呼ばれてると知ったのも最近。(知名度からいうと逆の順序をたどるはず…)06年10月にはソロで来日ライブ。

伝統音楽から離れた音を表現しているため、曲調も音色も、ヨハンに対する好みは極端に分かれるところ。でも、腕前はトップ中のトップ。
来学期には特別講師として来るそうなので、伝統的な奏法や曲をどう捉えていて、このような学校では何をどう教えるつもりなのか楽しみでもあります。
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クリスマスのお話

2006-12-18 23:19:42 | スウェーデンのこと...
今日は、グンネルを講師に迎えクリスマスについてのお話。
クリスマス(25日)から13日後(1/6)に、聖書で(?)3人の賢者がキリストのもとを訪れたらしく、Trettondedagsmarshen(13日目のマーチ)と言う有名なマーチを知っていたのだけど、初めて曲名の意味がわかった。私は今まで勝手にトレットンという言葉の響きから12月31日をイメージしていて大晦日の曲なのかと勘違いしてた。

午後からはダンスの先生イングリッドを囲んでクリスマスのお話。
よく分からなかったけど、アメリカとの比較の話になると英語だったのでここだけわかった。
クリスマスはスウェーデンではフォシュタ・アドヴェント(クリスマスの4週前の日曜)から始まり、クリスマスの20日後(1/13)まで続く。イングリッドがこの時期にアメリカにいたとき、アメリカでは25日があけて26日になるとクリスマスが突然終わってしまって、どえらいショックを受けたそう。また靴下にプレゼントを入れる習慣もアメリカではあるけど、スウェーデンではあったりなかったりで定番ではないらしい。プレゼントも24日の朝渡すんだって。それでクリスマス準備中に子供たちの気をそらすためらしい。(アメリカでは24日の夜か25日が普通)

その後、イングリッドと一緒に寮に行き、今夜のクリスマスパーティの準備。
"Triptyk"のクリスマスCDをBGMに。ヨハン(Johan Hedin)のニッケルハルパ、ウーラ(Ola Backström)のヴィオラダモーレ、誰か忘れたサックスの3人。
みんなでクリスマスのお菓子作り。キャラメルや、チョコで砂糖菓子をくるんだり。パーティ自体は明日にでも続きを。

写真上:今日の天気予報は最高温度0度。まるで雪が降ったみたいに外は真っ白。でも、霜が降りただけ。(外にでても寒くは感じない)
写真左下:お昼ご飯の鹿のスープ。ご飯(米)にかけてゼリーを添えて食べます
写真右下:クリスマス・スウィーツの準備の様子。
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コンサート当日

2006-12-16 23:41:29 | 授業 その他
いよいよ、コンサート当日。
熱く議論を重ねた日々、毎夜続いた練習。先生の中には夜は22時過ぎまで残って指導してくれていた。思いいれはとっても強い。

本番15分前には2階に全員集合し、「k、p、t」「p、b、t」など意味不明な子音の発声練習がはじまった。クラスメートJが「僕、歌の出番ってないから意味ないと思うんだけど」とつぶやいた声はみんなの視線を集めたものの無視され「na-,na-,na-…」とみんなで大声で音階を歌う。でも、発声はいい具合に体の緊張をほぐすからね。
本番はいい具合にすすんだ。例のショティシュ・チャンピョンシップもかなりうけまくり。
ダンスも伝統をベースに大胆な創作を混ぜたり、伝統的なものもダンスと音楽を複雑な構成にからめている。
ニッケルハルパでジャズナンバーの「インザムード」を弾き、昔風の派手でアクロバティックなダンスも披露。会場の使い方も空間を最大限に活用。工夫と創作という点では過去のコンサートを上回るだろうな。
終わって思うのは、やはり挑戦は大事だということ。あまりに突拍子もないと、ついつい話を聞いているうちに面倒だと思ってしまう。でもここの学生たちは、突飛なアイデアでも実現不可能そうでも常に「やってみよう!やってみてからダメかどうかを考えよう」という姿勢。やはりいいものを作るにはチャレンジ精神と情熱がいる!

ところで。ちびっ子たちがやたらいて幼稚園のようだった。
あっちからこっちから走りでてくる。
エスビョン(楽器の職人さん)とこのちびっ子と、ウロフ(先生)とこのちびっ子たち、それと見知らぬチビ達と、たくさん。
エスビョンとこの金髪にブルーの目のチビが一生懸命私にスウェーデン語で話しかけてきた。子供とはいえ何言ってんだか、さっぱり。とりあえず知ってるスウェーデン語が通じるか試そうと(←ごめんなさい)「このドア開けられる?」と聞いてみた。そしたら「Nej(ううん)、だって、○×△□」と再び分からなくなった。とりあえず「どうして?」と聞いてみたると「だって□□×△…」。ああ、こりゃダメだ。もっと小さい子で試そうと、今度は背後に立っていたウロフの赤毛のチビっ子で実験。「お名前、なあに?」とスウェーデン語で聞いたけど、口をぽかーんと開けて無言。むむ、なぜ通じない?と思ったら
「この子、まだ1歳半だからしゃべれないよ」と。
むむ、なんと。
外人は年齢不詳な顔をしている。

写真左:終了後にもらったバラ
写真中:ステージ横で飾っていたクリスマスツリー
写真右:コンサート終了後、先生、卒業生を交えてセッション。(明け方近くまで続いた)
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ひょっとして・・・音楽になってない?

2006-12-15 23:21:18 | 授業 その他
いよいよ、明日がコンサート本番。
細かいリハが続きます。

ウロフ監督のもとにリハ。
結構出来ていていい感じだからとリハを今までしてこなかったワルツ。いよいよだからとウロフに聞いてもらったところ、”Oh... It was... very careful.”正しい英語なのかどうかは知らないけど弾き終わった直後、ウロフがゆっくりと選びながら言った言葉。
「何のミスもなかった。強弱もはっきりつけているし、アレンジも面白い。でも、間違えないよう注意しながら気をつけて弾いているのが分かる」というのだ。「その先にあるのが、it’s "music".(それが"音楽"だ)もっと弾きこめ」と、おっしゃる。
つ、つまり、間違ってないけど音楽になってないと!?
うぅぅむ。それはまた難しいことを。
前回の「グルーヴィーに弾いて」と同様、抽象的なコメントが多い。
でも、実はその言葉、まるで私の心のうちを読まれたよう。私はベースを弾いていて、間違わなかったしピアノもフォルテも強弱を間違えてない。でも、確かに間違えないよう気をつけた。「出来てるから」と練習やリハの回数が極端に少ないせいでみんな慎重に弾いたんじゃないかな。でも、それはウロフの耳にははっきりと音となって聞こえたのだろう。おそるべし。ナメタラあかん。(なめたことないけどね)

他にもダンスの先生アンドレアスや、ディッテからも細かい指示。
立つときに手を前で組んではならぬ(一人いて、軍隊のようと言われていた。軍隊って何のこっちゃ)、ステージでIちゃんが数センチ前に出すぎているせいで私がグループからはみだして見える、云々。立ち振る舞い、マイクの使い方(特に私のコメンテーター演技でマイク指導が)、椅子など曲の間のセッティングのスムーズさ等など。
曲の紹介をするときの発声法はもとより、言葉遣いも注意。
一人ダーラナ出身の友人が「今からボーダ(町の名前)の曲を弾こうと思います」と言うとすかさず注意。
「~弾こうと思います」「~弾いてみます」と言うんじゃない、「弾きます」と言いなさいって。
日本で昔受けた言語学やコミュニケーション学の授業や、面接指導を思い出した。
「今度就職することになりました」と状況でそうなったかのような表現はせず、意思をはっきりと「今度就職します」と言いなさいと。シーンによって言葉を選ぶ重要性は万国共通、とその注意を聞きながら一人で納得。

ダンスの伴奏では、さらに細かい指示。「ダンサーとアイコンタクトをもっと取りなさい」と。「ちらっと見るのではない。弾きながらダンサーを見つめ、そのダンサーがミュージシャンから感じてるエネルギー(フィードバック)を受け取って、それが音になるのだ」そう。
ミュージシャン同士でお互いを感じあうことは今までも何度も言われて来たけど、伴奏でダンサーとこんなに弾きこんだことがなかったから、先生のアンドレアスにはまだ足りないと感じるみたい。

そうそう、これを読んでいる方へ。複数人で弾く機会がある方。
リードを取る機会を平等に持つことをおススメします。私たちのコンサートでも平等に全員がリードを取るよう一曲ずつ決めています。授業でもこのリードを取る練習を結構します。

リーダー(リードを取る人)は
弾き始めの合図を、呼吸、目、足など体で表現。頭には弾きたいテンポやイメージを思い浮かべてないといけない。(人によって様々。ハッと息を吸うのを合図にする人、前かがみ体勢から体を持ち上げるて合図を出す人など)
メロディに強弱を出す時も体(弓さばき、目線、足など)で合図を出す。


そして、そういう合図受ける取る側もリーダーに対してアンテナを敏感にはってないといけません。リーダーがこうしろと言うならそうしないといけないし、終わりもゆっくり終わるのか勢いよく終わるのか、じっとリーダーの動きを見守って呼吸を合わせます。

ひいては、リーダーだけでなく隣で弾いている人や音にも敏感に感じ取る練習になります。そうするとどうなるのか。グループで弾く際に音に一体感がうまれ、お互いの音を聞きながら盛り上げていくこともできるのです。

「弾くのが上手い=リードが上手い」とは違うと思います。「サインの出し方・サインの受け止め方」であって、演奏と同様に練習が必要(自然と上手い人もいる)。これに慣れると演奏中の自分の全体の音にも客観的になれたり余裕が生まれたり。
ともかく、意外にリードをとってみると面白いのでお試しくださいませ。
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トナカイのステーキ

2006-12-14 23:38:05 | おススメカフェ・ショップ
昨日は夕食後にウプサラに出かけ、日本から来た知人と大聖堂近く、川沿いにあるレストランでさらにお食事。
メインは…「やっぱ、トナカイ。食べとかないと。」と知人が言うのでオーダー。やわらかーいお肉でした。
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ルッセカッテルの作り方

2006-12-13 23:48:56 | スウェーデン生活
今日はルシア祭(11/30参照)。
ほんとはちゃんと伝統的なことをするはずが結局やらなかった。けど、朝のfika(ティータイム)で突然ギターを持った校長先生ミッケと、学校スタッフに先生のソニアが登場。
グルッグ(12/03参照)とルッセカッテル(lussekatter)というサフラン入り菓子パン、ジンジャークッキーなどを食べながら、staffanの曲などを聞く。どんな歌も校長の手にかかればカントリーロック風にかっこよくなる。

昨日の夜、寮でこのルッセカッテルを作っていたので私も途中からお手伝い。
レシピ
イースト 50g
マーガリン(バター) 150g
ミルク 5dl
砂糖 1dl
サフラン 1g
塩 0.5tsk(ティースプーン)
たくさんの小麦粉

*見せてもらったレシピに”en massa mjöl”と書いてあって意味を尋ねると「たくさんの小麦粉」らしい。「多分、1.4~1.5 literかなぁ」とのこと。

混ぜたら30分冷やし生地を休ませる。その後30gずつ位にちぎって手でくるくると細長く伸ばす。両端を写真のようにクルンと巻いたら、渦巻きの中心にレーズンを1個ずつ載せる。この状態で40分放置。200度のオーブンで5-10分焼く。

カッネルブッレ(kanelbulle)という定番おやつ、シナモン入り菓子パンの作り方もほぼ同じだそう。
(注:サフランはもちろん入れない)
こちらは、冷やした生地を長方形に薄くのばし、上から砂糖入りシナモンをふりかける。
その生地をナイフで細く切り、クルクルと最後までロールしてから焼く。出来上がりは…写真が10/04のブログにあり。これは簡単だからか、定番なのか、しょっちゅう出てくる。焼いたものを冷凍保存してオーブン(レンジ)で暖めても十分おいしい。

そうだ、今日、初めて流れ星を見た!
夜、数人で森へ散歩に。街灯もないので懐中電灯片手に。全身に反射板や反射テープもつけて(車から人が見えないので)。天の川は日本では夏のイメージだけど、スウェーデンではvintergatan(冬の道)というそう。満天の星。白樺の隙間からも星の瞬きが見え、まるで森の中のクリスマスツリーみたい。

ところで。以前書いたアドヴェント・カレンダー(12/02参照)。定番は、12月1日から24日までのカレンダーでめくると絵が出てくるもの。買えなくてがっかりと思ったけど、スウェーデンのmsnがこれをやっていた。
アクセスしたら右やや下のほうに、めくれそうでめくれない日付のあるカレンダーが。それをクリックすると、めくれて絵(動画)が見れる。
アドベントカレンダーのことを知らずにこのサイトに来たら、意味は分からなかっただろうなぁ。
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ショティシュ・バトル。なんちゃって。

2006-12-12 23:54:35 | 授業 その他
今日は音楽理論の授業以外は全てリハーサル。
ちなみに、こちらはニクラスの実践的なアレンジ・クラスと違って、卓上のお勉強と譜面を使ったアンサンブル(演奏)。
KMH(王立音楽院とでも訳すのかな。スウェーデン最高峰の音大)の模擬試験も希望者は受けたられたり、授業内容はそういった固いもの。

そして、一つ私の参加しないダンスのリハを見て感心。おもしろかった。
部屋は中央を囲んで4つに分けているので、正面と客席3面となっている。
通路もドアも4つ。
短調で暗いTraraのメロディにあわせ(歌詞はなく♪Trara・・・と3人が歌う)その4つのドアと通路を使い
-一人で入ってきてゆっくり歩き、そのまま反対側のドアから出て行く
-数人並んで入ってきてアップテンポで歩き、そのまま反対のドアから出て行く
-違うテンポの歩きで二人入ってきて…以下、同様。
入ってくるタイミングも人数も、使うドアもあっちからこっちからと、ランダム。
-たまに中央で交差した二人がポルスカターンをし、そのまま分かれ各々反対側のドアから出て行く
-一人で入ってきた長い布をまとった男性が中央で一人でターンをし、再び歩きだしドアから出て行く
複雑に計算されたこの動き。静かに歩く姿は単に歩くのではない。地に根をおろしたような、美しく踊るようなステップで歩き(軽やかモデルウォークと違う)、目は一点を見つめターンは一種のトランス状態のよう。
見ている人にはすごく原始的、太古の儀式の一部を垣間見たかのような印象を与える。
昨日も書いたけどやっぱり不思議。何がベースになってこういうのが思いつくんでしょ。

さてさて、私の出番
今日はショティシュ・ワールドチャンピョンの初台本読み合わせ。
これについては以前も触れたけど、コンサートで、ショティシュというスウェーデンのフォークダンスをワールドチャンピョン決勝戦に見立てて2カップルが踊るのだ。コメンテーターは、国際試合ということでスウェーデン語、英語(米国人)、日本語(私)。なぜかお互いがお互いの母国語で会話しあうというなんとも不思議な設定。

私には「スウェーデンのスシ(寿司)はまずい」とか「ウィリアム・シェイクスピア」、「エンヤは最低」(本心じゃないです)など、カタカナをやたら言わせる台本。「日本語は分からないけど、何について言っているかたまに分かる」という風にしたいらしい。
でも、実はこれ。英語圏の国じゃ無理。例えば、アメリカ人に「マクドナルド」とカタカナ読みで言うと通じないけど、スウェーデン人には普通に通じる。これまた言語的共通点。

読み合わせの後は、ダンサーを交え実際の部屋へ移動。

いつもskype電話で使用しているマイク付ヘッドセットを装着してコメンテーターらしくスタンバイ。そしてダンサーを見てびっくり!ものすごい格好をしていた。
ダンサーの中にはダンスコース以外にも演奏コースからもいて、そのクラスメートの後ろ姿、本人のOKが出たので写真掲載。なんとTシャツとスパッツの上から競泳水着!
対戦側も負けてません。赤のテカテカ光るホットパンツの下に黒タイツ、白のランニングシャツに頭には7色ヘアーバンドとこれまた凝ったダサダサ・ルックで笑える!

一組はノルウェイ代表、一組はカナダ代表という設定で、ちゃーんとコーチもついています。もちろん審判も。伴奏はフルート一本。

テレビCM中(という設定)のウォーミング・アップから。コーチが「違う。この動きはこうだろ」などとダンサーと最終確認。私たちコメンテーターはその間、髪を整えたり携帯電話したり。
そして審判の入場を合図にキューサインが入り「ショティシュ・ワールドチャンピョンシップ2006にようこそ!」。
審判がコインを投げ、先行(先攻?)チームを決定。
踊りは完全な創作。ショティシュの典型的な構成は「前半は前進、後半はターン」この「前進」部分で、白鳥ジャンプ、ディスコ、雪かき、スピードスケート、ゴラムの真似など実にクリエイティブな動きを見せてくれる。
そこに私たちの「この動きは2004年パリ大会でも見せた余裕のジャンプですねー」などそれらしいコメントが入る。
そしてその後、ハプニングが起き…。さて優勝は果たしてどっち!?
(ネタばらしはこの辺で。リクエストあればコンサート終了後に結末に触れることに)
最後に「来年のシンガポール大会でお会いしましょう!」で締めくくり。

やってみた感想は…、台本の読み合わせの時と違い、ダンスのスピードと変化に合わせて私たちのセリフを載せていくので、タイミングがえらく難しい。書いてあることの半分しか言えないくらいの速度で進行する。通しで4、5回やってなんとかつかんだけど、台本が大幅変更の予定。

で、寮に戻ってくるとルッセカッテル(サフラン入りパン)を作っていた!
その話はまた明日。
今日はこの辺でおやすみなさい。
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白身魚のトマト煮込み

2006-12-11 23:03:15 | スウェーデンご飯
今日のランチは白身魚のトマト煮込み。
右の写真はfika(ティータイム)で出てきた焼き立てケーキ(socker kakaと言っていた)。テーブルの二人は学校スタッフ。
ちなみにこの薄暗さは、お昼の15時!

今日はコンサートで歌うルシアの曲の初リハーサル。
(ルシアの話は11/13参照。)日本でも有名なイタリアの「サンタルチア」を歌うのだけど、ちょっと違う。曲全部をGマイナーに変えて歌う。(つまり短調で暗い)
-電気をおとし、一人ずつロウソクを持って歌いながら入場する。
-歌う人は決まっていて、歌わない人たちはロウソク片手に曲にあわせて好きに歩きながら立ち位置(客席)へ。
-途中でPoi(11/30参照。火の変わりに光るボール使用)が登場して中央で歌にあわせて踊る。
-Poiを踊る左右に男性二人がキャンドルを持ち、ゆっくりとターンをしながらbordun(ドローン:ベースの音を長く伸ばす)を歌い続ける。
-歌いながらみんな退場。

bordunを歌う男性の声がいい感じに響く。
喉の奥をリラックスさせて声を発すると声が2音にハモって分かれる、あの発声法に似た声の出し方なので「あー」でも「うー」でもない弦をはじいたような低音。
この独特のbordunの響きが首や背中にくすぐったい。
しゃれにならないくらい。
あまりにガマンできないので、立ち位置を変えてもらった。
私はなぜかこの手の振動に似た音が苦手で、美容室で背中側の髪を切るハサミの音とか、背後で話す男性の低い声とかくすぐったくて、じっとしていられない。

それにしても、この暗く美しい儀式的な雰囲気や動きは頭から自由にでてきたものなのか、もともとある伝統行事などがベースにあってこういうアイデアが出てくるのか。多分、みんな小さな頃からの共通のイメージをもとにして作り上げているんだろうけど。そのベース自体を知らない人からすると、アイデアにただただ感嘆するばかり。
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ラーバンとラボリーナ

2006-12-10 23:26:21 | スウェーデン生活
写真1
おばけのラーバン(spöket laban)の本を2冊買った。
ラボリーナ(Labolina)という妹もいるおばけの一家でとってもかわいい。著者(Inger& Lasse Sandberg)が、おばけを怖がる自分の子供のために、怖くないおばけのお話を書いたらしい。スウェーデンでは12月に初のアニメ化。今日買ったのはどちらもクリスマス・バージョン。
スウェーデン語が読めるのかって?失敬な!辞書を使えばなんとかなる!
多分。
大阪だと梅田の大丸で日本語版・スウェーデン語版どちらも売っているらしい。

写真2
フライ返し。色がおもちゃみたいでつい購入。一応180度までいけるって書いてあった。

写真3
ある日突然、たくさんの木が…。植樹ではなく、雪が積もったとき用らしい。雪かきの時にここは歩く所など目印に使うそう。
ちなみに今日は寒くて昼の15時頃から地面がみるみる凍っていった。やっと冬模様!?

写真4はおまけ。サンタのチョコが並ぶショーウィンドー。
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古いタイプのハルパ

2006-12-09 05:16:14 | 授業 その他
今日は昨夜に引き続き職人向けの週末セミナー。
このセミナーを私たち学生に公開したのは今年が初めてなんだって。なのに、私を含めて3人しか参加しなかったのは残念。
その他、一般参加者はぱっと見た感じ30人くらい。

毎年セミナーのテーマは違っていて、今年はガンマル・ハルパ。
古いタイプのハルパについて。
起源についての最新研究報告がペールウルフからあったり、ハッセ・イッレが演奏したり、その他は寸法や材質についての説明なども。先端に磁石のついた見たことのない計測器(アナログ)で木の厚みを測ったりもした。

古いタイプ
一本の木で作ることが多く(組み立てでない)、そのため小ぶりの楽器が多い。
そして、現在のf字孔と違い、丸穴が後方に開いているので前方に小さなハートの形をした穴が開いていることが多い。(ブリッジよりかなり後方の穴で音が小さくなるため)
写真もたくさん撮ったので、そのうちHPに整理するつもり。

細かい話はやはりわからなかったけど、展示の楽器を自由に見て回ったときに聞いた説明や、ペールウルフが今度、要点を英語でまとめてくれるというので、それでだいたい内容は把握できるでしょう。

弦やその他パーツの販売もしていたので、12本それぞれサイズの違う共鳴弦(つまり12種)を買うことにした(現在、私は2種類の共鳴弦)。
すると、「え?その楽器に使うの?」と。
いいでしょ。勝手でしょ。
「その楽器で音色にこだわるっていうの?」とでも言いたげ。ふん。
そういうのも、ハイレベルの職人さんなどなど色んなこだわりの人たちばかり集まっているからでしょう。

昨夜も似たようなことが。職人さんたちと弾いていて、自分の作った楽器がいかにこだわっているか「音だけじゃなく見た目も。ほらこの塗装、美しいでしょ」と言っていて、その後、私の楽器を見て「これとそれじゃ、全然違うよね!」って。ふん!それ、ウッレ・プラン本人に言えるものなら言ってごらん!そこにいるから!
といっても、からかってるだけって分かってるけど。
そうそう、ちなみに12種の共鳴弦を使うのは最近の流行。「その楽器に使うの?」の後、「はやってるだけだよ」とも言われた。
だってさ、流行ってるんなら試してみたいもん。
試したら感想を書きます。

写真左:コントラバスハルパ(kontrabas harpa)で、nyckel部分の曲線が美しいデザイン。
写真中:古くは楽器や音楽は悪魔の使いとされていた。働く人の手をとめさせたり、我を忘れて踊る姿からそう思われていたみたい。この写真で、十字架をペグの一つにだけ施してあるはそのため。
写真右:セミナー中の様子。
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職人さん、全員集合!

2006-12-08 23:17:41 | スウェーデン生活
今日は記事を二つ書いています。
実は今日、金曜の夜から明日にかけ、職人さん向けの週末コース。
先生はもちろんエスビョン(Esbjorn Hogmark)。製作者としてのトップで演奏でもリクスペルマンという称号もあり、マルチな人。
この職人向けのコースは年に一回あり、エスビョンによるとコースの内容よりもこうして職人が年に一度集まることに意義があると言っている。(私たちも参加していいというので明日もう少し内容に触れられると思う。)

私の楽器製作者ウッレ・プラン(Olle Plahn)はもちろん、先日紹介した本の著者ペールウルフ(Per-Ulf Allmo)にも再会。さっそく気になっていた楽器の調整をお願いしたり、ペールウルフには著書の件で色々聞いたりできてラッキー。
そういえば、ウッレは日本向けに作るとき、楽器を一旦サウナに置いてから調整するんだって!(最近の話。昔はしてなかった)
へー!
黒檀は使わないのか聞いたら、「高いし、固いから加工も難しい」難色を示していた。

そしてもう一人、実は期待していた人が…。
あ、いたいた!
ソーレン・オーケル(Sören Åker)。すっごい久しぶり。
2年前かな?ペーテル・ヘドゥルンド(Peter Hedlund)という人のおうちでワークショップをしてくれたことがある。ペーテルが、このソーレンの楽器を使っていることもあり、その時に会ったのだ。メンテナンスやチューニングについてなど一通り楽器の説明をしてくれた。
(今、思い出してもおかしい。このペーテルのおうち、田舎すぎて地図に載ってない。ペーテルのCDをかけながらルンルン気分で向かっていて、途中で道に迷ってしまった。そこにこのCDのジャケットのことを思い出したのだ。「ペーテルのおうちの前の小道で撮影されたあの写真がある!」と。本当にその写真だけを頼りに家までたどりつけたのだ。)

ソーレンの楽器はとてもいい楽器で値段もその分高い。個人的な印象としては、繊細でエレガントな音色。ウップランドの元気な曲よりはエリック・サルストレムの曲が似合う感じ。そして、本人は…めちゃめちゃ朗らかでよく笑う人。ちゃんと覚えてくれていて、髪が黒くなったね!って。そうなのです。染め直しが大変と思いわざわざ黒に染めたのです。

夜はもちろん…恒例のセッション。12時30分で引き上げようとすると、ソーレンが「何で弾かないの?」って。だって、夜中でしょ。明日はセミナーでしょ。お話ばかりだから(スウェーデン語分からないし)寝ちゃうじゃないの!!と強引に帰ってきて今これを書いているところ。

そうそう。ここで終わりにしようと思ったけど、もう一つ。
以前、エスビョンから楽器製作を習う話書いたけど難航している。理由はいくつもあるけど、一番大変そうなのが、私がこの学校の生徒で、エスビョンもこの学校の先生ということ。「今年は授業は開催できないけど私だけ生徒にとる」というのは問題みたい。一人、その話を知ったクラスメートは見る見る固まってノーコメント状態になってしまったし。エスビョンは、すでに土台で使う木の準備が進んでいると言ってくれるけど、今から始めても私がスウェーデンを去る日までに完成できるのかも疑問…。期待はせずに様子を見ます。
コメント (4)
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