スウェーデン音楽留学サバイバル日記 ~ニッケルハルパ(nyckelharpa)を学ぶ

スウェーデンの民族楽器ニッケルハルパを学ぶため留学。日々の生活を様々な視点からレポートします。

Karolin、グスタフ・ブリドストレムの話

2015-03-17 17:16:35 | ニッケルハルパ

前置きがながーいので(いつも話を書き過ぎ!)、先に言うと、ほんとうは今日の話題はkarolin(カール12世の軍)にいたミュージシャン、グスタフ・ブリドストレムGustav Blidströmのこと。

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このブログはスウェーデンでの音楽留学をつづった日記だったので、お知らせはたま~に残すこともあるけど、基本、上書き、上書きでいつも前の記事のまま更新をしていました。

けど、ブログって記事をどれだけアップしたか、数や頻度でクオリティが決まるんですってつい先日知りました。でも余計な記事が増えてもクオリティ下がるんじゃ!?(それを決めるのは検索ロボットです、たぶん)

ともかく…迷いつつ、久々の上書きではない新規投稿ですよろしくお願いします。

さて、今回は金沢で「北欧の教室」というイベントがあり、第一回目として声をかけていただきました

曲は、毎回そのイベントごとに季節や雰囲気を想像しながら選びます。選曲は、もわもわーっとしたアイデアが浮かんでは消えるので、1か月以上かかります。オリジナル曲はやっていないので伝統曲をどういう構成で組み立てるかでライブの雰囲気が決まるんです。

ちなみに、金沢のイベントはこちら。(金沢も北陸も初めて!

See on Tackk.com

今回は何年もホコリをかぶっていたテノールハルパを持って行きます。
テノールをやる時は私のお決まりで、notbokノートブックからの曲をやります。notbokの曲とは、口伝えの伝承音楽ではなく手書きで残されたハンドスクリプトのことで、だいたい1600年~1700年あたりが多いと思います。メロディだけのものが多く、無名の作曲家や無記名のメロディは、明確にクラシックやバロックのカテゴリーともいえず、一般世間で流行っていた曲もあるのでフォークのジャンルともいえます。こうした楽譜集の曲をイキイキとした演奏で、スウェーデンのフォークミュージシャンは好んで演奏します。そして、そのボロボロの楽譜集は出版されることもないので、曲はまた口伝で伝わる訳です。

私は昔、ヤアラルホンGjallarhornのメンバーが教えてくれた、Magnus Teorinのポロネス(無印良品のBGM、CDシリーズにもおさめられていてリンク先で曲が聞けます。無印のCDではPolska efter Dahlgren。さわやかな曲。)が結構テノールハルパの響きにあって好きです。

今回は何にしようかなーと考え始めたころ、ちょっと前に知人と雑談をしていてハンス・ケンネマルクHans Kennemark (youtube Bäsk フルートはJonas Simonsson!)の話になりました。

ハンスは昔習ったことがあるフィドラーなのですが、体はデカイ、声もデカイ、バイオリンの音色もデカイ、足音もデカイ、という超、ド迫力の凄腕フィドラー迫力の掛け声でレッスンなのにハイにさせられてしまったのは後にも先にもハンスだけ。

ハンスがポルスカのリズムを足でとりながら弾くと(私たちは2階にいました)、1階にいた人からは文句の声。

「床がぬけるかと思った!ウルサイよ!」

数年前、東京でライブした時はお客さん少なめだったそうで「しんじらんなーい!もったいなーい!」です!

そうそう、そのハンスですが、ヴェステルヨートランドVästergötland地方、セクスドレガSexdregaの、ノートブック系の曲をよく弾いていて、その地域の曲などを見ていました。

そしてふと目がとまりました。グスタフ・ブリドストレムGustav Blidström。どこかで聞いた?

そう、ミカエル&ミアの演奏です(2015年ウメオのフェスでの演奏)。

この繊細で美しいメロディは、バッハと同時代、1600~1700年代のオーボエ奏者グスタフ・ブリドストレムの曲。このデュオのCDでは、グスタフ・ブリドストレムはカロリンKarolinだったという説明があります。

Karolinとは

Karolinerカロリーネルとも言います。英語訳では、Caroleansだそう。カロリン、カロリアン、カロライン、日本語ではなんと言うのでしょう?ちょっとネットで調べたくらいでは分かりませんでした。(北欧史は詳しくないのですみません)

スウェーデン国王カール11世、カール12世につかえ、ともに戦った軍で、カールKarlから派生したKarolinは、言ってみれば「カール王の兵」。戦地で略奪を繰り返していた今までの戦いとは違い、Karolinには厳しい規律と宗教心が求められ、攻撃に特化した優秀な兵だったのだとか。

歴史に詳しくない私がここで説明するのもなんですが、カール11世が40代で早くに亡くなり、10代の若さで国王になったカール12世はヨーロッパ諸国から今がチャンスと狙われていました。ですが、カール12世は自ら前線にたち戦に長けたカリスマ的リーダーだったそうです。ピョートル1世率いるロシア軍がスウェーデンに手を伸ばすと打ち負かしてしまいます。そして、バルト諸国、ポーランドと領土を広げていきます。そして、挽回をねらうロシアの報復を受け、ポルタヴァの戦いで最後は負けてしまうのです。大寒波でスウェーデン軍の半分は凍死し、とても大変な戦いになったのだとか。この時、ロシアに捕虜として連れていかれたうちの一人がグスタフ・ブリドストレム。何年も何年も戦地で戦った挙句、遠くシベリアの地、トボリスクTobolskで12年も過ごすのです。

そこで彼がしたこと。それはマーチにメヌエット、ポロネス、数百もの曲を書くこと。ニスタット条約が結ばれた1721年、300曲ほど書き記した楽譜集を手に故郷スウェーデンのスモーランド地方Kalmarに戻れたのだそうです。(楽譜集は先に話題にしたハンスのVästergötlandのSkaraで保存されていて、それでこの地域の分類で彼の名前を見つけることに)

12年も異国の地にいて故郷に帰る日が来ると思いながら過ごしたのでしょうか。音楽をする者が戦争でどんな気持ちでいたのか。色んな考えにふけってしまいます。

今回の選曲に、グスタフ・ブリドストレムの曲を入れようか考え中です。

バッハのお兄さんでオーボエ奏者ヨハン・ヤコブと知り合いだったという、ロシア人 Anna Nedospasovaが書いたレポートが興味深いです。(Google翻訳など利用したら読めるかも?)

そして、ロシアの報復でなんとなく思い出すことがあり、留学中の日記を読み返しました。あった、あった、やっぱり。昔聞いた話がありました。日記って書くものですね~。その土地の人からの思いを聞くというのは、遠い歴史の物語をより現実のものに感じさせてくれます。

「昔、戦争好きな王がいて、ずっとずっと戦ってばかりで、ロシアに奇襲をかけて恨まれたことがあってね。その仕返しにスウェーデンは海岸線から30km圏内を海からロシアに燃やされてしまったんだ。ここ、オルビヒュス、オステルビブルックはかろうじてぎりぎりで免れた。それを歴史はストックホルムを守りぬいた話や、戦いの英雄のような逸話ばかり。この燃やされた話は誰も語ろうとしない。戦いにあけくれたスウェーデン人は戦争はもう嫌になったんだ」という話でした。

ちなみにカロリーネル・マルシュKaroliner marsch(エリック・サルストレム作)という有名なニッケルハルパのマーチがありますが、これももちろんkarolinにちなんだ話があります。

今日は長くなったのでこのくらい。

コメント (3)
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