スウェーデン音楽留学サバイバル日記 ~ニッケルハルパ(nyckelharpa)を学ぶ

スウェーデンの民族楽器ニッケルハルパを学ぶため留学。日々の生活を様々な視点からレポートします。

ニッケルハルパの歴史と種類、その2

2020-01-18 18:54:23 | ニッケルハルパ

先日イギリスから、4/26のワールド・ニッケルハルパ・デーの案内動画を送ってっと言われて、急遽、撮影。和室でニッケルハルパ持って正座して…なんか絵的に変!?でも、なぜか日本的にしないといけない気がしてしまいます「4/26にニッケルハルパの写真投稿やセッションなど何かやってSNSにあげようね(ハッシュタグはWorld Nyckelharpa Day)」というものです。今や世界に広がった愛好家、世界のどこにどんな仲間が?皆さんもぜひ参加してみてください。

さて、その1では、大まかなニッケルハルパの歴史についてでした。今回は、ニッケルハルパの種類についてです。(ニッケルハルパは、木の鍵盤があり、ギターのように構え、バイオリンのような弓で弾く楽器です。現在はスウェーデンの伝統楽器とされています。)

●Enkelharpa エンケルハルパ、Mixturharpa ミクストゥールハルパ、Gammelharpa ガンメルハルパ

enkelというのは、英語のsimple、簡単なという意味です。メロディ弦1本、鍵盤が一列というシンプルな構造のハルパです。ミクストゥールは、話が難しくなるので省略します。ガンメルハルパのgammelは古いという意味で、古楽器の総称のこともあれば、通常は、後で出てくるコントラバスハルパとシルベルバスハルパを指します。

●Moraharpa ムーラハルパ

1680年頃スウェーデンのダーラナ地方で作られました。どういった曲が演奏されたか、チューニング等、何も伝わっていないので地域に根差した伝統楽器ではないと言われています。ドイツの本を見て作った試作レプリカだという説が有力です。メロディ弦1本、ドローン弦2本、共鳴弦はありません。見た目と音色がユニークでファンも多く、演奏弦や共鳴弦を増やしたモデルが最近作られています。ムーラハルパ奏者は、Niklas Roswall、Anders Norudde、Daniel Petterssonなどが有名です。この3人が演奏するYoutube動画を挙げておきます。

●Kontrabasharpa コントラバスハルパ 

スウェーデン、ウップランド地方の伝統楽器はここから始まります(厳密には違いますが、プロトタイプに一貫性があります)。「ニッケルハルパの女王」とも呼ばれています。1600年代後半以降、100年にわたりスウェーデンのウップランド地方で演奏され、奏者や音楽、制作方法など、現在に受け継がれてきました。今でもたくさん当時の楽器が残っています。写真は私のコントラバスハルパで当時のものではありません。日本語の資料がほとんどないため、もう少し詳しく紹介していきたいと思います。

<コントラバスという名前>

紛らわしい名前ですが、低音の楽器ではありません。コントラというのは、「対、ペア、対称」という意味です。フォークダンス関係者なら、コントラ・ダンスと言えば、ぴんとくると思います。スクエアダンスともいいますが、こちら側と、あちら側、対称に向き合って踊るダンスのことです。kontra-bas、英語でcontra-droneというこの名前は、ドローン弦を真ん中に、その両側にメロディ弦が1本ずつあるためです。どちら側のメロディ弦を弾いても、真ん中のドローン弦を一緒に弾きます。

<特徴や仕組み>

サウンドホールはオーバル(楕円)で顔のようにも見えます。バイオリンは渦巻側を上に吊るしますが、スウェーデンのニッケルハルパはテールピース側を上に吊るすので、ますます顔に見えてきます。

鍵盤は一列のみ、メロディ弦は2本で、共鳴弦があり、どんな調も弾けるクロマチック楽器です。鍵盤をおさえる木片を英語でタンジェント(スウェーデン語löv)といい、一つの鍵盤に弦をおさえるタンジェントが2つあります。例えば、鍵盤を押さえて「ソ」の音を弾き、そのまま、もう一本の弦を弾くと「レ」の音がする、という仕組みです。

ウップランド地方の伝統的な制作方法は、スプルースの一本木を半分にし、くりぬいて作ります。年輪が美しですね。太い木はなかなか取れないので細く小ぶりで、トップの板に膨らみがあるのが特徴です。鍵盤にはカバーがあり、古くは絹弦を使っていたので弦を保護するためとも言われていますが、本当のところは不明です。木のそのままの美しさ、ナイフを使った工芸美、スウェーデンのニッケルハルパの美意識は、このコントラバスハルパから受け継がれたのだと思われます。バイオリンのようなピカピカした仕上がりはあまり好まれません。

<音色と共鳴弦>

共鳴弦は、インドからイギリスにもたらされヨーロッパで流行し、このコントラバスハルパにもつけられました。ドローン弦を常に鳴らしますが、同じドローン楽器のバグパイプやハーディガーディのような大きな音はでません。共鳴弦の余韻と木のぬくもりが感じられる音色です。また、当時、活躍していたコントラバス奏者Byss-Calleの曲は端正な曲が多いです。現代のコントラバスハルパ奏者は、Daniel Pettersson、Markus Svenssonなど、他にも沢山います。粗い音色が好みの方には、ロックなアタックで弾くVasenのOlov Johanssonがおすすめ。JosefinaとDavidの演奏も勢いがありフレッシュな演奏です。Polska efter Jeppsson

<楽器の購入>

古楽器(レプリカですが)の部類に入り、制作方法が受け継がれているとはいえ、愛好家も一定数いるとはいえ、やはり需要が極端に少ないので作り慣れている人は少ないです。以前はHasse Gille(1931-2012)などが作っていましたが亡くなってしまいました。今の職人さんは、自分が作り慣れたモダンタイプを応用していたり、相談すれば作ってくれるという感じでしょうか。まずはモダンタイプの職人さんに、作ってくれるか尋ねる、もしくは誰か紹介してもらうのが良いと思います。私の場合、モダンタイプの応用で作っていた職人さんが、伝統的な制作方法を経験したいから職人2人の共作ではどうか、と言ってくれたのでお願いしました。このエピソードは長くなるので、その3番外編として書くかもしれません。

●Silverbasharpa シルベルバスハルパと、kontrabasharpa med dubbellekコントラバスハルパ・メド・ドゥベルレーク

舌を噛むような名前が続きますが、この2つは1800年代以降人気のあった楽器です。コントラバスハルパがウップランド地方全体で見られたのに対して、時代を経てこの2種類からは、徐々にウップランド地方北部の狭いエリアに集中していきました。

<silverbasharpa シルベルバスハルパ>

1830年頃からみられます。Silver-bas、銀のドローン(銀巻ガット弦)のハルパという意味です。伝統の中心地の名前から「Tierps harpa ティエルプ・ハルパ」とも言います。新たな変更は、メロディ弦の間に合ったドローン弦が端へ移動しもう一本追加(CとGの2本)、それによりメロディ弦2本(CとA)が隣同士に並びます。また鍵盤が一列増え、初の2段構造となります。和音が弾けるようになり、ソロ楽器として豊かな響きになりましたが、Cメジャーの曲しか弾けなくなりました。コントラバスハルパのような鍵盤も残り、ハイブリッド型の鍵盤ともいえます(そうでないものあります)。ここでは、Thor Pleijelの演奏を紹介しておきます。彼の演奏は丁寧で味があります。また、腕の良い楽器職人でもあり日本でもダルシクラフトで入手可能で、その話はまた次回に。演奏は1:30くらいから。 Thor Pleijel Riksspelman 2015 på silverbasharpa

<kontrabasharpa med dubbellek コントラバスハルパ・メド・ドゥベルレーク>

1860年後半以降見られる楽器です。シルベルバスハルパからの発展型ではなく、並行して存在していました。伝統の中心の村の名前をとって「Österbyharpa オステルビ・ハルパ」とも言います。これは、シルベルバスハルパでいうドローン弦(G)がメロディ弦になり、メロディが弦3本へと増えたものです。鍵盤は2段ハイブリッド型で特定の調しか弾けません(C、F、Gメジャ―)。興味深いのは、メロディ弦の並びが今と同じ、G-C-Aとなったことです。

これらの楽器は1930-40年代までよく演奏されていた楽器です。クロマチックではないので、次世代モデルへ移行する橋渡しのような印象があるかもしれませんが、豊かな和音、素朴で力強く、明るい農村の曲というのは今でも多くの人を魅了します。現在のニッケルハルパでも、伝統的な奏法、ニッケルハルパらしい曲という時は、この時代の奏法と曲を指します。

●現代のニッケルハルパ

現在のニッケルハルパはクロマチックで、メロディ弦3本、鍵盤3段、ドローン弦1本、そして共鳴弦12本、全部で弦は16本あります。鍵盤一つに対し音も一つ、分かりやすい構造になりました。前のモデルと比較して、クロマチックとか、モダンタイプといいますが、単に「ニッケルハルパ」と言えば現在のモデルを指します。

<現在のモデルの誕生と変遷>

1900年代に入って、代々、伝統音楽奏者の家系だったアウグスト・ボーリンがストックホルムの野外博物館スカンセンでの演奏を依頼されました。1929年の夏のことです。すると、クロマチックでないシルベルバスハルパでは他の地域のミュージシャンと一緒に弾けないという経験をするのです。この経験から、クロマチック楽器に改造する着想を得たと言われています。ですが、実際に誰が3段構造の鍵盤にしたかは分かっていません。当初、改造されてもボディは、まだシルベルバスハルパのように丸みを帯びていました。後に、エリック・サルストレムがバイオリンのストラディバリウスをヒントにトップのカーブをよりフラットにする等々、手を加えていきました。演奏活動、楽器制作など普及に貢献し今ではエリックの名前を冠したニッケルハルパの学校があります。白黒の動画でも尚新鮮な、本人の演奏をアップしておきます。 Trollrikepolska av o med Eric Sahlström

伝統的な、木をくりぬいて作る制作方法は大変な作業で、今では多くの人がより簡単に作れるように横板、裏板、表板それぞれ作って接着し、表板のカーブも曲げて作るようになりました(職人による秘密の技を伝授というよりも、現実的で普及しやすくオープンで参加型というスウェーデンらしいマインドを感じます)。シルベルバスハルパ後期(1800年代の終わり)には、スプルース以外の色んな木が使われていましたが、やはりコントラバスハルパのように、全てスプルースのボディのほうが音色が良い、大きくなっていったボディもコントラバスハルパのようにやや小ぶりのほうが音色が良い、といったように、原点へと戻りつつ新しい形へと変わってきました。

●今も生み出される新しいニッケルハルパ

民俗楽器の面白さでもありますが、こうしたい、こうあってほしい、そんな望みに合わせてすぐに作り変えてしまいます。ここでは、ある程度、認知されたもののみ紹介します。

<Altnyckelharpa アルトニッケルハルパ、Oktavharpa オクターブハルパ>

通常タイプはソプラノ、アルトはヴィオラの音域です。オクターブハルパは1オクターブ低い楽器です。アンサンブルの要望から90年代以降に作られました。構造は同じでサイズが大きくなったものです。ニッケルハルパ・オーケストラNyckelharporkesternのByss-Calleというアルバムでどちらの楽器も演奏されています。

<ヨハン・ヘディン考案のTenorharpa テノールハルパ>

Johan Hedinが考案し、バイオリン職人のPeder Källmanが作りました。オクターブハルパと同じ音域なので混乱してしまいますが、ヨハンヘディン考案モデルのこと、とすると分かりやすいです。オクターブ低く、メロディ弦4本(バイオリン・チューニング)、鍵盤は4段、ドローン弦なし、微分音の鍵盤付き。私も違う職人ですが、Olle Plahnに作ってもらいました。テノールハルパはオクターブハルパよりボディが少し小さく扱いやすいです。Pelle Björnlert & Johan Hedin - Polska från Östra Ryd (live, 2006)

<多様なハルパ、4弦4段のニッケルハルパ、elharpa エレキ・ニッケルハルパなど>

ニッケルハルパの分類では、よく最後に、メロディ弦4本に鍵盤4段のタイプが掲載され、まるでこれが最新のモデルだと言うような印象を受けます。ですが、今も昔もそんなに盛り上がりをみせていませんし、様々なタイプの一つという位置づけに思えます。また、エレキのニッケルハルパという面白い楽器も作られました。その他、中世に描かれた楽器の復元モデル、リュートニッケルハルパ、色んなニッケルハルパが生み出されてきましたが、定着するのか、消えていくのか、ニッケルハルパの将来が楽しみです。

ニッケルハルパに限らずスウェーデンの伝統音楽は、古くは男性奏者ばかりでした。昔のスウェーデンでは、女性は楽器を弾くものではないと言われていたそうです。今では、伝統音楽のジャンルにとらわれず、現代の音楽シーンで活躍する奏者は、国籍、性別問わずたくさんいます。最後に、エネルギッシュな性奏者、エミリア・アンペルを紹介して終わりたいと思います。Emilia Amper - Spelpuma LIVE Nationaldagen Skansen 2015


お知らせ

・2020年6月にKaunanが来日、全国ツアーします。ここで紹介したコントラバスハルパをはじめ、ハーディガーディやマンドーラなどを駆使し、中世、バイキング、神話、色んな古いものをぎゅっとつめこんだ面白い多国籍バンドです。古(いにしえ)の響きに魅かれる方、なんだか面白そうと思った方、この機会をお見逃しなく!Kaunan来日情報はこちら。

・ノルウェーのハーディングフェーレ奏者、樫原聡子さんとライブします。ニッケルハルパとハーディングフェーレ、それぞれソロを中心にデュオ演奏も織り交ぜ。終演後にお茶の用意がありますので、ほっこりして帰ってただけたらと思います。私のコントラバスハルパ、まだ調整中ですが調子が良ければ持っていくかもしれません。

3/7(土)14:00open, 14:30start、予約2500円、当日3000円、木のぬくもりのあるアトリエ・風のポルッカにて(伊丹市)※下記の画像をクリックすると大きく表示されます。

※3/7は中止(開催時期をみて延期)とさせていただきます。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする