スウェーデン音楽留学サバイバル日記 ~ニッケルハルパ(nyckelharpa)を学ぶ

スウェーデンの民族楽器ニッケルハルパを学ぶため留学。日々の生活を様々な視点からレポートします。

ニッケルハルパ・ネットワーク、世界遺産の無形文化財にノミネート!

2022-04-01 22:09:19 | ニッケルハルパ

ここ最近、様々なことで忙しく、久々の投稿になってしまいました。

今やブログの時代でもないし「誰か読むのか?」と思うこともありますが、色んな情報があふれて消えていく中で、スウェーデンの伝統音楽やニッケルハルパについて「日本に入ってきていない、きちんとまとまっていない情報を伝える場」として、これからも書き続けたいと思っています(ブログは情報整理に向いていない上に、雑談やお知らせも多々ありますが)。

この春は色々な整理をしていて、楽譜もここ数日、沢山処分しました。私が今まで教えたりワークショップで配った余りが結構たまっていて。地図や地方の説明、その地方の伝統的な奏者の一覧、ダンスの一覧など、割とちゃんと資料として残るものを作っているなーと我ながら眺めていました。好きな曲を楽しく演奏できればお勉強やスウェーデンらしく弾くテクニック等も不要という方が割と多く(それ自体悪いことではありませんが…)、こうして余った資料を捨てることになるとちょっと寂しい気持ちになります…が、今後も頑張ります。

ユネスコ世界遺産の無形文化財にノミネート!

さて、以前からブログでも触れていましたが、ユネスコ世界遺産の無形文化財の話。スウェーデンの候補リストに入り、そこから何年もかけて、やっとノミネートという段階に進みました。ノミネートは、「ニッケルハルパ」ではなく、「ニッケルハルパ・ネットワーク」です。エスビョンからは都度都度、話を聞いていましたが、本当に個人の情熱と努力で成し遂げました。

エスビョンは、このブログ初期から登場しますが、この記事から読む方のために紹介すると、ニッケルハルパ制作者のトップで(国王から楽器製作者として初めてのメダル授与)、ニッケルハルパ関係の組織の立ち上げ、セミナー運営など活動は多岐にわたります。伝説的なニッケルハルパ奏者エリック・サルストレムの演奏スタイル、制作スタイルを直接受け継いでいます。

そのエスビョンが、今回のユネスコ無形文化財ノミネートに関わる資料一式を送ってくれました。ノミネートを受けてシャンパンで乾杯したそうです。私も、日本から乾杯!!

無形文化財にノミネート「ニッケルハルパのネットワーク」

ーNyckelharpa Network ニッケルハルパのネットワーク:スウェーデンにルーツのあるニッケルハルパの、音楽と楽器制作の伝統を革新的な方法で普及させていったもの

ニッケルハルパの伝統を保護する取り組みや、そのためのネットワークが、2022年3月にスウェーデン政府より世界遺産無形文化財としてノミネートされました。もし認定されれば、Sagobygden(伝説の口承文化の保護)に続きスウェーデンで2例目となります。(2022年3月25日発表ISOFのスウェーデン語のプレスリリース記事 ※時期期が過ぎると読めなくなります)。この無形文化財、日本では「和食の文化」が登録されています。

ニッケルハルパのネットワークは、演奏者、伝統音楽の組織、学術機関、研究者、主催者などから成り、エリック・サルストレム・インスティテュートが中心となり進めてきた結果、存続の危機にあった伝統を復活へと導いたものです。時代合わせ形を変えてゆきながらも、伝統の核心自体は守り抜くという、伝統と革新が融合することで発展していった点が重要とされました。

主催者(producer, organizer)というとピンとこないかもしれませんが、例えば40年以上続くニッケルハルパのサマーコースを普段仕事がある人たちが熱意をもって毎年開催するなど、継続して世代のバトンを渡して開催するには相当の努力が必要です。

 

Nyckelharpa Network(Youtube動画): https://youtu.be/lr8hVcI43s0

このニッケルハルパ・ネットワークを紹介する動画について、補足を加えながら紹介していきます(動画の対訳ではありません)。

※印がつくものが、動画にはないけれど、私が個人的に補足した内容です。

(動画オープニングは、Erik Rydvallのヴィヴァルディの演奏で始まります)

ニッケルハルパはスウェーデンで、350年の演奏と楽器制作の歴史がある楽器です。17世紀、ウップランド地方の北東部で、ニッケルハルパを制作し演奏していたのは、農民や職人でした。19世紀の終わり頃まで、この地域でよく演奏されていた楽器です。葬式、結婚式、洗礼式などで演奏されていました。

※ 「ニッケルハルパは350年の歴史」と動画で紹介されています。起源についていえば、12世紀、13世紀、また他国でも、ニッケルハルパらしき痕跡がみられますが、中世のこうした楽器は庶民に広がっていたかどうか、楽器制作方法や演奏曲など何も分かっていません。この「350年」というのは、スウェーデンのウップランド地方で一般に普及し、継続性のある伝統文化としての歴史についてです。

※ 当時、教会の中や儀式の際に演奏することはありませんでした。演奏やダンスは、式が終わった後のパーティや集まりの際に、マーチは式を終えて教会から自宅まで歩く際に演奏されました。

 

時代を経て、低音のドローン弦がなく、美しい音色でメロディを奏でる楽器、クラリネット、アコーディオン、バイオリン等が好まれるようになると、ニッケルハルパのようなドローン楽器の人気は急速に落ちていきました。

20世紀の初めに、2人の優れた伝統音楽奏者かつ伝統楽器の作り手でもある、August Bohlin(アウグスト・ボリン)、Eric Sahlström(エリック・サルストレム)が現れます。二人はその時代に求められる音楽を演奏できるように、ニッケルハルパに手を加えました。ここで無形の文化遺産として重要なのは、楽器制作の伝統を保持し続けたことです。ニッケルハルパ制作は、ウッド・クラフト(木工の伝統手工芸)であり、その美しさも求められるのです。

※ 20世紀前半、ニッケルハルパの奏者は10人程度まで減り、存続の危機にさらされていました。

※ 初期の古いニッケルハルパは、ドローン弦(低音のベース弦)とメロディ弦を一緒に鳴らすため、ワイルドな響きがありました(雑味のある音、とも言います)。また、演奏する調が固定されるというデメリットがありました。2人が楽器を改良した点は、メロディだけを弾けるようにした、他の調の曲も弾けるようにした、等があります。「バイオリンのように」作り変えたと言われることがありますが、形、音色、制作方法が「バイオリンを目指したのではない」点はとても重要です。伝統的なスウェーデンのニッケルハルパの特徴からは離れていないのです。

※ ニッケルハルパの手工芸としての美しさとは、ピカピカに磨き上げた洗練された物ではなく、機能的で、且つ、ナイフの動きが感じられ、自然の美しさが感じられる、例えて言うと、温度が感じられるようなぬくもりある美しさのことです。

 

1960年代、フォークミュージック(伝統音楽)のリバイバル・ブームがあり、ニッケルハルパの需要も急速に高まります。そうして、ニッケルハルパ制作を教える夜間コースが多数、開催されました。オステルビブルックに始まり、そしてスウェーデン全土へと広がります。

1970年代初頭、ニッケルハルパの伝統は、プロ、アマチュア、プロのミュージシャンや楽器製作者へと広がりました。そうして、そのネットワークは、小さな地元のグループから、大きな組織へと大きくなっていくのです。

21世紀の初めになると、ますます高品質の楽器が求められ、中心的な役割を担う組織の必要性が出てきました。

 1960-70年代には、独特なデザインのニッケルハルパも作られました。今では使われていないデザインで、音色、強度、様々な面で問題のあるモデルも多くありました。

 

そうした需要の中、エリック・サルストレム・インスティテュートは、セミナーやニッケルハルパ制作コースなどを開催し始めました。演奏家、楽器製作者が定期的に集い協力する中で楽器を改良し、技術を磨き、スウェーデン全土の、世界のネットワークへと貢献していきました。

エスビョンのインタビュー:今では、2年のニッケルハルパ制作コースが開催されており、1年目が古いタイプのニッケルハルパ、2年目がエリック・サルストレム・モデルの現代のクロマチック・ニッケルハルパの制作を学びます。

続いて、Louise Bylund(日本でも活動していてお馴染みですね)、Matteo Carone、何度も来日コンサートとしているOlov Johanssonへのインタビューでそれぞれの体験を語ります。Olovは、地域の伝統音楽奏者の家を訪ねて伝統音楽を学んだ経験を話します。

 演奏の教育や普及には、それを叶えるためのクオリティの高い楽器と、良質な楽器の数が必要です。「ニッケルハルパの普及活動」は常に「演奏」と「楽器制作」の両輪で動き、両方ともが重要なのです。特に、職人はすぐには育たず、また60-70年代のように品質の劣る楽器がたくさん出回った時代もありました。

※ 1986年にエリック・サルストレムは亡くなりました。直後、エリック・サルストレム・メモリアルファンドが設立され、95年ロビー活動を経て、98年にエリック・サルストレム・インスティテュート開校となりました。これまで、およそ200名の学生がこの学校で学び、4割ほどがスウェーデン以外からの留学生です。

 エリック・サルストレム・インスティテュートは「国籍、年齢、性別を問わずオープンな場で、対等な関係で議論でき、活発な交流ができる」、そうした理念で運営されています。実際に留学した経験からも、強くその印象を持ちました。指導だけでなく、地元との交流の場としてイベントの定期的な開催(毎週)、10代向けのサマーコース、北欧各国から職人/演奏家を集めたセミナー、コンサート様々な活動をしています。

 

伝統の普及の上で重要なものとして、スウェーデン各地で、プロ、アマ、問わず伝統音楽奏者(フィドラー)が集う「スペルマンス・ステンマSpelmansstämmor」の開催が挙げられます。
ニッケルハルパでは、毎年この3つのステンマがあり、それぞれこの無形の文化遺産を守る役割を果たしてきました。

・Nyckelharpstämman i Österbybruk

・Eric Sahlström stämma i Vendel

・Oktober-stämman i Uppsala

ステンマでは、ステージ・パフォーマンス、セミナー、ワークショップ、楽器の展示会などがあります。1つ目に挙げたÖsterbyrukのステンマでは、作ったニッケルハルパを審査し、楽器ごとに評価がつけられる展示会も開催されます。こうしたステンマの重要な部分は、ステージ外でのセッションを通してミュージシャン達が出会い、活発な交流(演奏)の場だということです。

 スウェーデンの伝統音楽は、9割くらいがフィドル(バイオリン)の曲を占めています。そうしたフィドル曲を、現在では、ギター、アコーディオンなど様々な楽器で弾く人たちが大勢います。また、ステンマでは、プロ、地域の有名奏者、アマチュア、外国人、様々な人がいて、対等に純粋に音楽を楽しみ、交流する活気あふれる場となっています。

※ ステージ外でのセッションは、Busk-spelブスク・スペルと言われ、スウェーデン語の「busk」は、「低木の茂み」のことで、「外のその辺の木の所に集まって、寄り合いか立ち話するかようにカジュアルに弾く」という意味が強く感じられる言葉です。英語の「セッション」や「ジャム」も同じように「自由に弾く」という意味ですが、スウェーデン語の「buskspel」のほうが、ほっこりした感じがします。

 

今日ではニッケルハルパは、スウェーデンの小学校、高校、大学と様々な場で習うことができます。王立音楽院(KMH)では90年代より、先生になるための指導やニッケルハルパの修士課程も提供しています。

現在、アメリカや日本でも演奏されるほどに広がり、ヨーロッパには3つの組織があります。その中でも、スウェーデンのエリック・サルストレム・インスティテュートは、ニッケルハルパを無形文化財としてニッケルハルパを保存、発展、普及させる国内外のネットワークの中心的な存在です。

2009年から2011年にかけて、この3つの機関のパートナーシップ(Learning Partnership)により、CADENCEというプロジェクトが発足し、EUでのニッケルハルパ・ネットワークの確立に寄与しました。

・Scuola di Musica Popolare di Forlimpopoli, Italy

・Akadmie Burg Fürsteneck, Eiterfeld, Germany

・Eric Sahlström Institute, Tobo, Sweden

動画の最後は、Olov Johanssonの30年にわたるVäsenヴェーセン(トリオ・グループ)の世界的な音楽活動、Erik Rydvallのクラシック音楽の演奏、Emilia Amperのエネルギッシュなオリジナル曲の演奏を紹介し終わります。ニッケルハルパは、今も、世界へ、あらゆるジャンルへと、広がっていきます。

 1967年に、ニッケルハルパについて論文をJan Lingが初めて書き、様々な方面へ影響を与えました。

 


私がスウェーデンで出会ったニッケルハルパの修士課程にいた大学院生は、2021年、エリック・サルストレム・インスティテュートの校長になりました。

この動画に登場する、ほとんど全ての方と知り合い、関わり、本当に伝統がネットワークとなり、脈々と受け継がれ世界へ広がるのを目の当たりにしてきました。伝統は人が支えて人が伝えるものですが、そこに工夫がないと崩れていくこともあります。伝統だけにとらわれず新しいことも取り入れていく、努力とアイデアで広げていった結果だと思います。

ノミネートの結果が待ち遠しいです。結果は2023年に発表です!

 

お知らせ

日本でのステンマ(参加型の伝統音楽奏者の集まり)の先駆けでもある、ホクモリ(北欧の森音楽祭)はコロナで休止中でしたが、今年は久々の復活。2022年はホクモリではなく「ハル・ステンマ」です。先導するトリタニさんも2年ぶりにスウェーデンよりパワーアップして帰国しました。私もちょこっと出演します。

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4 コメント

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Grattis! (josan)
2022-04-10 00:53:21
ごぶさたしています。ニッケルハルパ、ついにノミネートですか。おめでとうございます!登録されれば、昨年のカウスティネンのフィドルの伝統に続く快挙ですね。きっと大丈夫だろうと確信しています。

ご紹介の動画、別の方からのシェアでざっと見てはいたのですが、詳しい解説とてもありがたいです。
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ご努力感謝 (josan)
2022-04-10 01:02:15
合わせて、前段でお書きになっている情報の集成と伝達へのご尽力に心から感謝します。
これまでにこのブログでたくさんの知識を得させてもらった方はたくさんいらっしゃると思います。
ご多忙とは思いますが、今後とも大いに期待しています。どうぞよろしくお願いします。
返信する
ありがとうございます! (管理人)
2022-04-13 09:32:00
コメントありがとうございます!
カウスティネンのフィドルの伝統が登録されたことを知りませんでした!来年の結果が楽しみです。
返信する
こちらこそ感謝です! (管理人)
2022-04-13 09:35:07
>josan
長きにわたり、このブログにお付き合いいただきありがとうございます!思えば、時折いただくjosanのコメントに励まされてきました。まだ、書いてないディープなネタ(ネタ帳アリ)もありますので、今後ともよろしくお願いします!
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