スウェーデン音楽留学サバイバル日記 ~ニッケルハルパ(nyckelharpa)を学ぶ

スウェーデンの民族楽器ニッケルハルパを学ぶため留学。日々の生活を様々な視点からレポートします。

ニッケルハルパの歴史と種類、その1

2019-12-28 21:49:54 | ニッケルハルパ

そう、あれは3年前のこと。「それで、この楽器を取りに、いつストックホルムに来る?」「え!?送ってくれないの?」ニッケルハルパ職人のBosseと、しばらくやり取りの後「訪ねてきたイギリス人が欲しいって言ってるんだけど、売ってもいいかな?」と言うではないですか。嫌と言えるはずもなく…、他の人の手に渡ってしまいましたでも、結果、良かったんです。コントラバスハルパという古いモデルの楽器は、本当に伝統に従って作る人はほぼいず、現代の制作方法を応用させていることが多いのです。他の人に売ったという楽器もそうでした。数か月後、またメールがきました。「伝統的な制作方法で作ってみようと思うんだけど、買う?」今度こそ!取りに行かねば!と受け取りに行った旅が、2年前にブログで書いた「北欧子連れ旅」でした。そのコントラバスハルパについて書こうと思います。

ですがその前に、全体の歴史に触れていないとどうにも分かりにくい。先にそちらから書きます。

※この情報は、ニッケルハルパの制作者(エスビョン・ホグマルク)から定期的にいただく資料や情報を中心に(いつも資料も写真も自由に使ってくれと言われます)、ニッケルハルパ研究者ペールウルフとのやりとり、スウェーデン留学中の講義、楽器制作者向けセミナー、その他、本や資料を基に理解したことを書いています。

ニッケルハルパの起源

ニッケルハルパは、木の鍵盤があり、ギターのように構え、バイオリンのような弓で弾く楽器です。時代により、形や音色が様々です。また現在はスウェーデンの伝統楽器とされていますが、歴史を紐解くとヨーロッパ各国でもみられます。

一番古いものは、1350年頃のゴットランド島の石造りの教会に刻まれたニッケルハルパを弾く天使についてよく言及されます。その時代からこの楽器があっただろうと。ですが、実際には分からないことばかりで、風化も激しく、本当にニッケルハルパなのか、鍵盤ではなく天使の指ではないのか、様々な推測がされています。また、つい2-3年前、1200年代の鍵盤らしき木片がシグトゥーナで見つかり、1200年代にニッケルハルパがあったのかも!?と一時盛り上がりました。サイズといい見た目も鍵盤そっくりですが、だからといってニッケルハルパの鍵盤だと断定できる証拠は何もありません。さらに、1400年代、1500年代には、イタリア、ドイツ、デンマークなど様々な国で教会のフレスコ画で「ニッケルハルパを弾く天使」が描かれています。スウェーデンではウップランド地方に、その絵は集中しています。

中世ヨーロッパのミステリー

ヨーロッパの様々な国で、天使がニッケルハルパを弾く絵が描かれていますが、どの絵も楽器のデザインに統一性がありません。一つずつがあまりに違うので、実物を見て書いていないのでは!?という疑惑があります。そしていつも「天使」が弾いていて、人間が描かれたものは見つかっていません。このことから、実際に存在した楽器というよりは、「天使がニッケルハルパを弾く絵」がモチーフとして流行していたのでは?と推測されています。スウェーデンの教会のフレスコ画もスウェーデン人が書いたのではなく、ドイツの職人を呼び寄せ描かせたと言われています。そして、ニッケルハルパを実際に演奏していた記録、どんな曲を弾いていたか、どうやって楽器を作ったか、そうした具体的な記録もまだ何一つ見つかっていません。「天使の絵ばかりで、楽器の絵はバライエティに富む、演奏の記録はない」、これが一つ目のミステリーです。

また、実際に、こうしたフレスコ画のような楽器が作られていたはずだと言う人もいます。1400年、1500年代というのは楽器に様々な実験的な試みがされていた時代です。ギターやリュート、フィドルや色んな楽器に鍵盤をつけてみた、というのは十分現実的にありえる話で、フランスでは鍵盤のあるハーディガーディも生まれました。ですが、描かれたようなニッケルハルパを作った人、弾いていた人の記録が何もないので、ニッケルハルパに関してはお試しの域を出なかった、一台(一代)限りで終わったのだろうと言われています。

そして、最大のミステリー。こうした天使とニッケルハルパの絵は1600年代以降は描かれなくなりました。理由は誰にも分かりません。

ムーラハルパの謎

現存する最古のニッケルハルパはムーラハルパmoraharpaだ、と言われてきました。これは1526年と楽器に記されており、スウェーデンのムーラの博物館に保存されているためこう呼ばれています。実際、楽器を調べたところ100年以上後、1680年頃に作られたと最近になって分かりました。そしてドイツの有名なプレトリウスの本に、正にこのムーラハルパそっくりの楽器が描かれています。ニッケルハルパの研究者ペールウルフによれば、ムーラハルパはこの本を見て作ったレプリカだそうです。(ムーラハルパは、地元に根付いた伝統や音楽など何もありません。)

スウェーデン、ウップランド地方のニッケルハルパ

1600年に入るとヨーロッパではすっかり忘れられた楽器(絵)になってしまいましたが、なぜか1600年以降、スウェーデンのウップランド地方では突如、ニッケルハルパが姿を現します(この起源も諸説あり)。これは作り方、木材など現在まで約400年間、一貫しており、制作の歴史、演奏家、演奏された曲という伝統が途切れることなく現在まで続いています。ですので、ウップランド地方のニッケルハルパは、最近の研究によって中世タイプのニッケルハルパとは別物という認識が広まってきました(作り方が根本的に違います)。この初代ウップランド・タイプが、「コントラバスハルパ」と呼ぶ楽器です。これは「種類」のほうで詳しく書きます。現在は制作方法は少し異なるのですが、それは1900年代に入って効率のため改良されたもので、伝統的な制作が途絶えた訳ではありません。

1900年代のニッケルハルパとフォークミュージック・リバイバルブーム

1900年前半には、今のモダンタイプへと変わるモデルチェンジがありましたが、まだ1940年代くらいまでは古い作りが主流だったようです。そして1940年代にはニッケハルパ奏者が一握りしかいないほどまで減ってしまいました。この頃からエリック・サルストレムが演奏、作曲、楽器制作と活躍しはじめましまた。そして1960-70年代には、スウェーデン全土で、楽器を問わず「伝統音楽のリバイバルブーム」が起きました。

ブームの頃、ニッケルハルパの楽器の供給が需要に追い付かなくなります。1970年代に、国の補助金で大きく2つの楽器モデルが採用され、何百台と流通しました。一応の需要は満たしたのですが、強度が悪く、弾きにくく、何よりも音色が悪かったので徐々に姿を消します。この70年代のモデルは(楽器も図面も)今でも時々見かけるので注意が必要です。モデルチェンジ後は方向性をさまよった感がありましたが、エリック・サルストレムが86年に亡くなって以降、制作者を束ねて牽引するエスビョンが活躍し、古いウップランドタイプ(コントラバスハルパ)の良さに着目する方向へ落ち着いていきました。エリック・サルストレムも晩年に作った楽器はコントラバスハルパに回帰しようとする傾向がみられ、エスビョンが上手くその後の時代へと繋いだのだと思います。※この流れとは別に、ハッセ・イッレなど常に独自に優しい音色の良い楽器を作り続けた人も、もちろんいます。

ちなみに、70年代ブームの少し後、80年代に、バイオリンの基礎もきちんとできて、且つ、村の味のある奏者から習って、技術と土地臭さのバランスが最高に良い伝統音楽奏者が沢山でてきました。個人的な意見ですが、伝統音楽の黄金期と言って良いんじゃないでしょうか(Bjorn Stabiがブームの頃の人、その直後に頭角を現したのがPer GudmundsonやOla Bäckström)。ニッケルハルパは良い楽器が不足し出遅れたためか、個人的に思う黄金期は少し後、90年代~かなと思います。90年代以降、エスビョンのニッケルハルパを手にした人が次々と活躍し始めました。(Olov Johansson, Niklas Roswallなど。)

スウェーデンのニッケルハルパ、ヨーロッパのニッケルハルパ この内容は特に、大半が個人的な意見です。

スウェーデンのニッケルハルパとヨーロッパのニッケルハルパは、ここ10-20年で、求めるもの、表現するものが違う、と区別されることが多くなってきたように感じます。

ヨーロッパでは、自分の国に昔あった(だろう)楽器で自分の国の音楽を弾きたいと、中世音楽、バロック音楽をはじめ、クラシックや現代曲など様々な音楽を演奏するのに適した音色や奏法(構え方)を追求しています。音色はソフトで音も柔らかく、やや小さな音が好まれ、ビオラダガンバのようとか、チェロのような丸みと言う人もいます。中世音楽では、ハーディガーディのような荒々しさや、ミステリアスな雰囲気をイメージしているようにも思えます。CADENCEというEUの助成プロジェクトがあり、ドイツ、イタリア、スウェーデン合同で「大人のためのニッケルハルパ教育」をテーマに、クラシックのスケール練習を取り入れたり、オーケストラ風アンサンブルにしたりとジャンルにとらわれず自由な活動をしているようです。

スウェーデンのニッケルハルパは、「ソロで弾くダンスの伴奏」という伝統から、音は大きく、共鳴弦の音がいつまでも長く続き、高音はキラキラと輝き、低音もはっきりと太く、「柔らかさ」と「強さ」、かつ「クリア」で「余韻がある」という、アイスクリームの天ぷらのような(相反する要素が一緒になったような)音色が好まれますが、人により好みは違うのではっきりとは言えませんが、要は「ダンス向けソリストの音」が好まれるということです。若干浮かせて構える楽器の持ち方も、より大きく響かせたいということだと思います(ヨーロッパでは体にくっつけ安定させる構え方もあります)。そして、古いタイプのニッケルハルパですが、スウェーデンでは荒々しいイメージよりも、丁寧に演奏する印象があります。おそらく弾く曲、その曲の時代の傾向で、そうした弾き方になるのでしょう。

動画の検索では、日本人からするとスウェーデン人もドイツ人も同じに見えるかもしれませんが、学ぼうとする方は、どの国の人がどんな曲を弾いているのか、スタイルの違いに注意してみてくださいね。スウェーデンは伝統的に統一感があり、ヨーロッパは人それぞれのスタイルです。ちなみに、アメリカはスウェーデン移民が多いためか「スウェーデン・スタイル」が主流のようです。

と、ここまでが簡単ですがニッケルハルパの今と昔のお話しでした。次回は、ニッケルハルパの種類についてです。

ニッケルハルパの歴史、種類、構造、について触れた本にはこうしたものがあります。全部、読破はしていませんが、紹介だけ。

Den gäckande nyckelharpan, Pel-Ulf Allmo

Franmlades then stora Nycklegijga, Pel-Ulf Allmo

Nyckelharpan, Jan Ling

Harpan och järnet, Eva Wernlid och Peo Österholm

Nyckelharpfolket, Gunnar Ahlbäck

Nyckelharpa Nu och Då など

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年の瀬に本や動画の紹介(雑談)

2019-12-20 10:25:53 | 番外編

12月は一般向けではないクローズドの演奏がいくつか続きました。(クローズドではないけど)関西スウェーデン協会のルシア祭での演奏がとても印象的でした!グルッグにルシアのパン(ルッセカッテル)、スウェーデン料理もすばらしく、今年着任されたスウェーデン大使とも少しお話しできました。30代と若い大使で、スウェーデン協会の会長さんからは、北欧は実力主義で年齢は関係ない、どうやって昇給、昇進するかという具体的な話も聞けて興味深かったです。ルシア祭では演奏したくせに、実際のルシアのことはボンヤリしてて、前夜に突然「」と思い出し、あわててサフランを探したけどあるはずもなく。…白いルッセカッテルを焼きました。翌朝、無事にサンタルチアを歌ってパンを食べました。まあ、正確には…、ねぼけた家族がゾンビみたいな顔して私の指示に従った、ですね。

次回予告をしておくと、次は、レクチャー系ではいつも話していましたが、まだブログには書いてなかった「古楽器コントラバスハルパ」についてを予定しています。

年末はいつも本や音楽の紹介、雑談で終わるので今年も。

バッタの研究者の面白い本とか色々とありますが(本の感想だけで違うブログが書けそう)、今年一番と言われると、ごはんの本です。

日本の家庭料理は和洋中にB級メニューと食事のバライエティが広いですよね。反対に、ドイツだとメニューが豊富にないとか、イギリスの日常食は簡素だとか良く聞きます。私もイギリスにホームステイした時は、毎日毎日ポテトとホウレン草で、週末だけメニューが変わりました(夜ごはん、食パン…)。スウェーデンはメニュー豊富なほうですが、時代で途切れていないのが日本と違います。時代で途切れるというのは…この本を読むと、なるほど、です。

「小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代」 阿古真理

人気の料理家の名前がタイトルについていますが、日本の家庭の食事について興味深い話です。本格的でセレブ風の西洋料理の紹介がされた時代(3日煮込むとか、フルーコースとか)、初めて自分のキッチンを持った核家族・専業主婦が登場しはじめた時代は、ウスターソースやケチャップ、マヨネーズが販売されメーカーがレシピを広め始めた時代でもあります。その親の世代は、戦中、戦後に育ったので自分自身が豊かな食生活(いわゆる家庭料理)を経験していない等。また、現在、和食とされていても割烹料理で、元々は庶民の家庭料理でなかったりします。軽い読み物という口調で書かれていませんが、内容が面白く読みやすかったです。

 

「英国一家、日本を食べる」 マイケル・ブース

先ほどの本とは違い、外国人の目を通してみる日本の料理は、こういう風になるんだなという本です。異なる食感の組み合わせを楽しむのは和食独特なんだとか、ひき算の料理(フランス料理は足し算の料理)、季節を料理に入れる、苦みを味わうのも日本の特徴だそうで、着眼点が面白いです。B級グルメから、ちゃんこ鍋に、割烹料理まで日本中を食べてまわった旅の本です。ただ、著者がアクの強いキャラで…そこだけ個人的には読みにくかったです。

 

「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」「東京の空の下オムレツのにおいは流れる」 石井好子

五感に訴える本!ミュージシャンで料理好きって多いですが、やはり食べ歩きではないところが面白いです。シャンソン歌手石井さんの本で、「メリケン粉」など昭和の言葉が出てきますが、全体が読みやすく気になりません。フランスを中心に外国の料理ばかりでかなり妄想かきたてられます!「○○という料理を食べました。これは、ニンニクを刻んで、バタをおとし、じゅっとなったら…」と作り方が続くので、匂い、刻む音、とろける映像が浮かぶんです。それと作り手(ロシア系マダムとか)とのエピソード。いまだに売れ続けているベストセセラーという書評を見て読んでみたら、納得でした。

さてさて、次は、よく見た動画。「オモシロ系クラシック」が一番見たかな。クラシック音楽をお笑いにできる、それで客席が埋まる、それなりに弾ける人が笑いの道に進む…!!本場ってこういうことなんだなって思いました。いくつか紹介します。

リモコンでCDを操作(実際にはオーケストラ)。この二人組、掃除機でバイオリンの弓を吸いこむとか、他にもたくさんオモシロイことしてます(ピアニスト&バイオリニスト)。

Where is the Remote Control?

 

うわーー!手がいっぱい!

Salut Salon "Wettstreit zu viert" | "Competitive Foursome"

 

このグループはいつも安定していて、隠し芸的な技がベテラン級です。

Grupa MoCarta / MozART Group - Wyścigi skrzypcowe / The Race - HD

 

大阪なんばのショーっぽい…?

ESTILOS del espectáculo PAgagNINI de YLLANA y ARA MALIKIAN

 

疲れたり色々あっても、笑って過ごしたいものです。では、良いお年を。

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