ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

【報告】狩野川薪能(その2)

2006-07-11 00:02:16 | 能楽
さて<子ども創作能>『江間の小四郎』、中学生による仕舞と、ここまでが狩野川薪能の上演番組の中では「第一部」という位置づけになっています。まあ、アマチュアとしての子どもたちの発表会で、このあとの「第二部」からがプロの演者による能狂言の上演になります。

ぬえも親しくおつき合いさせて頂いていて、狩野川薪能では常連の三宅右近師の狂言『棒縛り』に続いて、いよいよ最後の演目、能『船弁慶・前後之替』となります。

今回の子方は地元・小学生のマリナでした。彼女は去年、そのときが初演だった<子ども創作能>『江間の小四郎』の稽古の際に、クラスメイトを何人も誘って参加者を増やしてくれたり、配役を決める際に、どうしても子どもたちには派手な役に人気が集中してしまったところ、ぬえを気遣って、彼女は敢えて人手が手薄な地謡の役を自ら進んで希望したり。。ぬえは彼女には「恩」がありました。今年の演目を『船弁慶』にしたのも、ひとつには玄人能の子方の選抜対象である小学六年生に今年なった彼女を相手にこの曲を舞ってみたいと思ったからでもあります。もちろん、玄人能の子方の選抜ですから、そこは厳正に、もしも彼女よりも優れていたり、意欲が勝っている六年生が現れたら、実演の成果を挙げられる子をシビアに選ぶ事にも決めてはいましたし、実際のところ彼女に決めるかどうかは少しく悩んだところでもありましたが、結果的に彼女に決めて良かったのだと、今は自信を持って言う事ができます。

それから4ヶ月。今年は薪能の開催期日が例年よりもかなり早まったため、能の子方の稽古としては異例に短い稽古期間ではありましたが、マリナは頑張って稽古に精進していました。。まあ、時には ぬえもかなり厳しい言葉を使った事もあって、稽古を見学していたお母さんがビックリしてしまったような事もあったけれど。。それは仕方がない事です。前にも書いたと思いますが、玄人能の子方はその日はプロとして舞台に上がってもらわなければならないのですから。誤解を恐れずに言えば、<子ども創作能>とか中学生の仕舞が上演される「第一部」までは、どこまで行っても子どもたちが能にチャレンジする事、それ自体が「売り物」なのであって、失敗などがあったとしても、ある程度まではお客さまにも微笑ましく思って頂けるでしょうが、「第二部」の玄人による能狂言はそうはいかない。プロの舞台では成果そのものが問われるので、大きな失敗や、ましてや稽古不足などが目に付けば、場合によってはお客さまから「カネ返せ!」と言われても仕方がないのです。。ぬえは。。実際にそういう現場を目撃したことがあります。それは演者の落ち度によるものではなく主催者の責任に帰するような事件だったので、ぬえらが責任を問われる事はなかったけれども。。その場の空気は。。怖かった。

そこでマリナには最初からこうハッキリと言い含めてありました。催しの当日には、たとえ40度の熱が出ていようとも、よしんば怪我をしてどこかを骨折していたとしても、這ってでも舞台に出てもらう。だから催しの当日にそうならないために、体調を管理したり、期日が迫った時期に怪我をしないように生活にも気を付ける。それも稽古のうち。かなり厳しい要求ではありますが、要は心構えの問題でしょう。実際のところ、東京での舞台ならば子方に事故があっても代役はなんとか都合がつく可能性はあるが、能楽師の参加人数が限られるこのような地方での催しではそれも不可能でしょう。このような事情があるから、地方での催しで子方が必要な場合も、その子方は能楽師の子弟を東京から連れて行く事が普通なのです。子方に舞台人としての意識があるかどうかは、能一番そのものが成立の可否に関わる重要な問題だからです。狩野川薪能ではそこを敢えて地元の子どもを起用していますが、それは我々にとっても大きな冒険でもあるし、そうであるからこそ意味があると考えています。

狩野川薪能→ 次の記事