現在の大阪の中心地といえば?
「梅田(キタ)」とお答えの方がほとんどです。
私もそう。
阪急梅田、JR大阪ほか地下鉄などあらゆる交通網が
行き交うこの地は休日だろうと平日だろうと人で溢れています。
が、かつては田畑が広がる田舎でした。
「梅田」も元の表記は「埋田」。
泥土を埋め立て、田畑を開いたことからついた地名。
終戦後、北大阪が発展するとともに、その玄関口である梅田周辺も
開発が進み、今の姿しか知らない人間には「この辺りは田んぼやったんやで」と
言われても想像がつかないです。
と、先日の「大阪落語バスツアー・大大阪、船場歴史街道」で
案内役の林家染雀さんが語ってくださいました。
「大大阪」と東京をしのいだ時代の大阪の中心地は
現在ミナミと呼ばれている一帯。
大阪の集合場所から出発後、御堂筋を南に進み、四天王寺、高津宮などを
染雀さんの絶妙な語りとともに巡りました。
訪問地はみな演目の舞台になったりと、落語と所縁の深い場所。
落語がお好きな方はピンとくるのではないでしょうか。
キタとは異なり、ビルは控えめな高さで空が狭くなるほどではなく
なんとなく居心地がいい。
通りには商店がならび、中には問屋さんも多く、歩いてみると
いろいろ発見がありそうで楽しそう。
それにしても。
戦争という大きな節目があったとはいえ、
かつて中心地だった場所よりも、田畑だった場所があれほど
巨大な都市になるとは当時の人々は思いもしなかったのではないでしょうか。
上方落語はかつては風前の灯火となりましたが、四天王の4人を中心に
あらゆる方たちの努力で息を吹き返し、今では「英語落語」で海外でも
公演を行っている落語家さんもいるほど。
復興を願って活動した方たちも、海外まで飛び出していくのは
嬉しい誤算だったのでは。
あらゆるものがどんどん変わっていく。
今、当たり前だと思っていることが10年、20年後もそのままあるとは限らない。
変わっていくものは変わっていく。
変えたくないのなら、変わらないよう努力しなければいけないのかもしれません。
もしかしたら私も「今はこれが当たり前だけど、昔はこうなってたんだよ」
と、誰かに話をする日が来るのかも。
ちょっとワクワクします。
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