最新号のcine21に記事が掲載されているそうです。
しかし何故かネット記事になっていないからと、Kさんが手打ちで文章をカフェに上げてくださりました。
コピペできないので日本語訳だけ。
長文で大変ですが、興味深い内容なので最後まで訳したいと思います(´▽`*)
(@現代のスタイリスト監督代表としてキム・ジウン監督、イ・ミョンセ監督、リュ・スンワン監督の新作についての記事です。他2人の監督さんにも興味あるけど、とりあえずキム・ジウン監督関連部分のみを抜粋しました。)
●cine21●(韓国語)
「韓国映画メディアの標準-cine21」
「チェ・ミンシクとイ・ビョンホン、2俳優の個性に注目しろ」
キム・ジウン監督が再びイ・ビョンホンと出会った。『甘い人生』(2005)以降、『良いやつ悪いやつ変なやつ』(2008、以下『ノムノムノム』)の相思愛を築くまで、イ・ビョンホンはキム・ジウン監督の作品に最も異色な魅力を誇った。内面にある炎をグッと押し殺しているような冷酷な男だった。そこに彼のデビュー作『クワイエット・ファミリー』(1998)の(たぶん大部分の人々が今でも思い出されるであろう)”叔父さん”チェ・ミンシクと11年ぶりに再び出会った。『ヒマラヤ~風がとどまる所』(2009)が多少意外な選択だったならば、チェ・ミンシクはやはり『親切なクムジャさん』(2005)以降、その溢れるエネルギーをずっと凝縮してきた。彼がまさに”悪魔”の遺伝子を持って生まれた人物だ。
キャスティングだけ見れば『ノムノムノム』同様に今年最も強烈な映画だ。シナリオを読んだイ・ビョンホンは「とても残酷な映画」と言った。多くの女優が首を横に振ったほど、女優のキャスティングにも苦労した。このようにチェ・ミンシクとイ・ビョンホンの残酷な対決、『悪魔を見た』というタイトルの重さ、そしてキム・ジウン監督の新しいスリラーという点から、映画をピンッと緊張させる。しかしチェ・ミンシクとイ・ビョンホンが”掛け合う”シーンを早く撮影したいというキム・ジウン監督こそが1番緊張している人物だ。去る2月6日にクランクインし、徐々に映画の核心にのめり込んでいる彼に会った。
>今までの作品に比べてプレプロダクションの期間が短いようだ。どうやって始めることになった作品なのか?
『亜熱帯の夜』というタイトルで始まった今回の作品は、最初はチェ・ミンシク先輩の提案で始められた。当時『ノムノムノム』を終え、アメリカの方から提議してきた『Max and the Junkmen』をしようとアメリカに滞在している中だった。そこでチェ・ミンシク先輩が送ってくれたシナリオをメールで受けて読んだが、今のところは難しいだろうと思った。しかし個人的にフィラデルフィアの冬の背景を固執しながら『Max and the Junkmen』をすぐに進めることが困難になり、韓国に戻って来てからは、シナリオの強烈さが残っていたので、チェ・ミンシク先輩にまだ有効なプロジェクトかどうかを確認した。12月と1月、こうして準備期間が短かったりしたがクランクインすることができた。
>シナリオから感じた強烈さとは何か?
荒々しく原始的な力というだろうか。パク・フンジョン作家の初稿が持っているシナリオは、今まさに火の塊に変わっていく直前の石炭のような感じだった。何か慣習的で整えられた味よりは、スピーディでどうやって見ても当惑するしかないという程の熱い力をはらんでいた。この良き材料を、どうやって映画的に表現するか、ずっと悩んでいた。そのうえ映画的な面白さと娯楽性を兼ね備えなければならなく、冬はずっとその原石を磨いていた時間だった。
>新作相次いでイ・ビョンホンと作業をするようになったのも興味深い。『ノムノムノム』でも1番最後に合流したのだが。
本当の初めから一緒にする意図があった作品はない(笑)。私が『悪魔を見た』を演出すると決めた頃、イ・ビョンホンはアメリカへ行ったところだった。『G.I.ジョー2』に出ると言うので全く考えさえもなかった。しかし偶然にある試写会で会い、ただ日常的な会話をやり取りしていたところ、私がこれを準備したと言うとシナリオを見せてくれと。読みきった後、スケジュールが合えば是非やりたいと言った。そこへ『G.I.ジョー2』の撮影が今年の下半期に延期になり一緒に出来ることとなった。フレプロダクションの期間が短い最中、チェ・ミンシクの相手に値する俳優を探していたが、それは容易ではないので私としては本当に幸運だ。
今までキム・ジウン監督はコメディ、ホラー、ノワール等、1人の監督が演出したとは信じがたいジャンルを移して来た。そうして遠心力を持ち成長する力が彼の魅力であり、好奇心の源泉だった。しかし『悪魔を見た』はイ・ビョンホンの存在とノワール的な雰囲気から自然と『甘い人生』に重なる。じっくり考えて見ると、今まで彼が創造した人物はジャンルに従い基本的にノワール的だった。自らは『悪魔を見た』に対し、ノワール的な感じが強いことは強いが、もう少し精密に”ノワール風のスリラー”だと言う。そこに”2人の男の対決”という基本骨格にどうやって肉付けしたのかシノプシスを話すことも躊躇った。『甘い人生』もそうだったように、今まで彼の映画が空間やスタイルに対する執着が強かったと言うなら『悪魔を見た』はスタイルを取り決めるために、もうちょっと先に生き生きと強烈な表出、異なる2人の互いのキャラクターの衝突に集中しようとするように思われる。
>『甘い人生』を”不景気ノワール”だと表現したのが面白かった。ソウルの夜景を忠実に盛り込もうとする痕跡も探すことができたし。
ソウルで作るノワール映画だから、ソウルの夜景をかっこ良く捉えたかった。ニューヨークや東京、香港だというときに思い浮かべるそんな夜景ではない。ところで不景気だから市内をどんなに回っても私たちが望む灯りや照明、反射する光を盛り込むことが出来なかった。それで”不景気ノワール”と言ったんだよ(笑)。撮影しに回りながらももどかしくて「光を探して」と言ったりもして(@ジャン・ジャック・アノー監督の『人類創世』(邦題)にかけていると思われる。英語タイトル『Quest for Fire』(火の探索)・韓国タイトル『불을 찾아서』)、光を求めさまよう蛾のように苦労して撮った。しかし華麗ではなくても、何か柔らかい感じが映画の全体的な雰囲気、ソヌ(イ・ビョンホン)の寂しく何かが欠乏した内面とよく合っていたようだ。
>では今回の作品の空間的背景はどうだろうか?
ソウル近郊、京畿道一帯に散らばっている都市が主要な背景になりそうだ。各地域の特性があるはずで、またソウルの物質的な欲望が投影され反射する暗い欲望もある。ソウルにひけをとらない開発が進んでいるが、どこかソウルの欲望の沈殿物が流れて来て形成されているという感じも与える。時々そんな町に行くと、大げさに美しいと騒ぎ弾けるだけではない。固有の雰囲気や自生力がなく、ほんの一瞬のうちに急かされた欲望の副産物という印象を持つことが多い。何かを中心に組み入れることができないまま吹き出ているようで、都市と田舎がつじつまが合わず混在しながら、すぐ傾きそうな不安な兆候を感じるときも多い。夜道を走っていて瞬間的に灯り一つもない寂寞な田舎道に入ったときの当惑感。何もない野原を越え、向こう側に都心の灯りが光るアンバランスな感じも浮かぶ。
(@土曜日も仕事なので、続きはまた後日に・・・。もう寝ます^^;;;)
しかし何故かネット記事になっていないからと、Kさんが手打ちで文章をカフェに上げてくださりました。
コピペできないので日本語訳だけ。
長文で大変ですが、興味深い内容なので最後まで訳したいと思います(´▽`*)
(@現代のスタイリスト監督代表としてキム・ジウン監督、イ・ミョンセ監督、リュ・スンワン監督の新作についての記事です。他2人の監督さんにも興味あるけど、とりあえずキム・ジウン監督関連部分のみを抜粋しました。)
●cine21●(韓国語)
「韓国映画メディアの標準-cine21」
「チェ・ミンシクとイ・ビョンホン、2俳優の個性に注目しろ」
キム・ジウン監督が再びイ・ビョンホンと出会った。『甘い人生』(2005)以降、『良いやつ悪いやつ変なやつ』(2008、以下『ノムノムノム』)の相思愛を築くまで、イ・ビョンホンはキム・ジウン監督の作品に最も異色な魅力を誇った。内面にある炎をグッと押し殺しているような冷酷な男だった。そこに彼のデビュー作『クワイエット・ファミリー』(1998)の(たぶん大部分の人々が今でも思い出されるであろう)”叔父さん”チェ・ミンシクと11年ぶりに再び出会った。『ヒマラヤ~風がとどまる所』(2009)が多少意外な選択だったならば、チェ・ミンシクはやはり『親切なクムジャさん』(2005)以降、その溢れるエネルギーをずっと凝縮してきた。彼がまさに”悪魔”の遺伝子を持って生まれた人物だ。
キャスティングだけ見れば『ノムノムノム』同様に今年最も強烈な映画だ。シナリオを読んだイ・ビョンホンは「とても残酷な映画」と言った。多くの女優が首を横に振ったほど、女優のキャスティングにも苦労した。このようにチェ・ミンシクとイ・ビョンホンの残酷な対決、『悪魔を見た』というタイトルの重さ、そしてキム・ジウン監督の新しいスリラーという点から、映画をピンッと緊張させる。しかしチェ・ミンシクとイ・ビョンホンが”掛け合う”シーンを早く撮影したいというキム・ジウン監督こそが1番緊張している人物だ。去る2月6日にクランクインし、徐々に映画の核心にのめり込んでいる彼に会った。
>今までの作品に比べてプレプロダクションの期間が短いようだ。どうやって始めることになった作品なのか?
『亜熱帯の夜』というタイトルで始まった今回の作品は、最初はチェ・ミンシク先輩の提案で始められた。当時『ノムノムノム』を終え、アメリカの方から提議してきた『Max and the Junkmen』をしようとアメリカに滞在している中だった。そこでチェ・ミンシク先輩が送ってくれたシナリオをメールで受けて読んだが、今のところは難しいだろうと思った。しかし個人的にフィラデルフィアの冬の背景を固執しながら『Max and the Junkmen』をすぐに進めることが困難になり、韓国に戻って来てからは、シナリオの強烈さが残っていたので、チェ・ミンシク先輩にまだ有効なプロジェクトかどうかを確認した。12月と1月、こうして準備期間が短かったりしたがクランクインすることができた。
>シナリオから感じた強烈さとは何か?
荒々しく原始的な力というだろうか。パク・フンジョン作家の初稿が持っているシナリオは、今まさに火の塊に変わっていく直前の石炭のような感じだった。何か慣習的で整えられた味よりは、スピーディでどうやって見ても当惑するしかないという程の熱い力をはらんでいた。この良き材料を、どうやって映画的に表現するか、ずっと悩んでいた。そのうえ映画的な面白さと娯楽性を兼ね備えなければならなく、冬はずっとその原石を磨いていた時間だった。
>新作相次いでイ・ビョンホンと作業をするようになったのも興味深い。『ノムノムノム』でも1番最後に合流したのだが。
本当の初めから一緒にする意図があった作品はない(笑)。私が『悪魔を見た』を演出すると決めた頃、イ・ビョンホンはアメリカへ行ったところだった。『G.I.ジョー2』に出ると言うので全く考えさえもなかった。しかし偶然にある試写会で会い、ただ日常的な会話をやり取りしていたところ、私がこれを準備したと言うとシナリオを見せてくれと。読みきった後、スケジュールが合えば是非やりたいと言った。そこへ『G.I.ジョー2』の撮影が今年の下半期に延期になり一緒に出来ることとなった。フレプロダクションの期間が短い最中、チェ・ミンシクの相手に値する俳優を探していたが、それは容易ではないので私としては本当に幸運だ。
今までキム・ジウン監督はコメディ、ホラー、ノワール等、1人の監督が演出したとは信じがたいジャンルを移して来た。そうして遠心力を持ち成長する力が彼の魅力であり、好奇心の源泉だった。しかし『悪魔を見た』はイ・ビョンホンの存在とノワール的な雰囲気から自然と『甘い人生』に重なる。じっくり考えて見ると、今まで彼が創造した人物はジャンルに従い基本的にノワール的だった。自らは『悪魔を見た』に対し、ノワール的な感じが強いことは強いが、もう少し精密に”ノワール風のスリラー”だと言う。そこに”2人の男の対決”という基本骨格にどうやって肉付けしたのかシノプシスを話すことも躊躇った。『甘い人生』もそうだったように、今まで彼の映画が空間やスタイルに対する執着が強かったと言うなら『悪魔を見た』はスタイルを取り決めるために、もうちょっと先に生き生きと強烈な表出、異なる2人の互いのキャラクターの衝突に集中しようとするように思われる。
>『甘い人生』を”不景気ノワール”だと表現したのが面白かった。ソウルの夜景を忠実に盛り込もうとする痕跡も探すことができたし。
ソウルで作るノワール映画だから、ソウルの夜景をかっこ良く捉えたかった。ニューヨークや東京、香港だというときに思い浮かべるそんな夜景ではない。ところで不景気だから市内をどんなに回っても私たちが望む灯りや照明、反射する光を盛り込むことが出来なかった。それで”不景気ノワール”と言ったんだよ(笑)。撮影しに回りながらももどかしくて「光を探して」と言ったりもして(@ジャン・ジャック・アノー監督の『人類創世』(邦題)にかけていると思われる。英語タイトル『Quest for Fire』(火の探索)・韓国タイトル『불을 찾아서』)、光を求めさまよう蛾のように苦労して撮った。しかし華麗ではなくても、何か柔らかい感じが映画の全体的な雰囲気、ソヌ(イ・ビョンホン)の寂しく何かが欠乏した内面とよく合っていたようだ。
>では今回の作品の空間的背景はどうだろうか?
ソウル近郊、京畿道一帯に散らばっている都市が主要な背景になりそうだ。各地域の特性があるはずで、またソウルの物質的な欲望が投影され反射する暗い欲望もある。ソウルにひけをとらない開発が進んでいるが、どこかソウルの欲望の沈殿物が流れて来て形成されているという感じも与える。時々そんな町に行くと、大げさに美しいと騒ぎ弾けるだけではない。固有の雰囲気や自生力がなく、ほんの一瞬のうちに急かされた欲望の副産物という印象を持つことが多い。何かを中心に組み入れることができないまま吹き出ているようで、都市と田舎がつじつまが合わず混在しながら、すぐ傾きそうな不安な兆候を感じるときも多い。夜道を走っていて瞬間的に灯り一つもない寂寞な田舎道に入ったときの当惑感。何もない野原を越え、向こう側に都心の灯りが光るアンバランスな感じも浮かぶ。
(@土曜日も仕事なので、続きはまた後日に・・・。もう寝ます^^;;;)