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500 MILES (ch.o1)

俳優チェ・ミンシク氏ファンが綴る覚え書き+韓国旅+勉強ブログ。

珍島(チンド)「珍島大橋」

2007-09-17 | 韓国旅行記(ソウル以外)
珍島、最後の訪問先は珍島大橋(진도대교)。
木浦からバスで来るときにも通ったところです。
橋が架かる前は、もちろんフェリーで本土と行き来してたそうです。

韓国人の男性の先生に珍島へ行く旨を伝えたとき、
真っ先に見てきて欲しいと挙げられたのがココでした。

なぜかというと、、、
イ・スンシン将軍が、たった12隻の船で日本軍の船330隻を撃退させた現場なんですね。
海流の流れが複雑なのを利用したそうです。


最近、平行して2本目も架けられたので「珍島双橋」とも呼ばれるそうです。
この下がまさに戦いの現場だったそうで、
橋を渡ってすぐのところに公園があり(この写真はそこから)、
亀をモチーフにした石像なんかも誇らしく立てられています。

今回は天気も良くなく時間もなかったので行きませんでしたが、
山の上の展望台から見下ろすことも出来るそうです。
橋の対岸(珍島じゃない方)にはイ・スンシン将軍の記念館もあると聞きました。


珍島側の入口。
手前に珍島犬2匹と、向こうはイ・スンシン将軍と亀甲船のオブジェたちが出迎えてくれます。

で、旅行をするにあたって知ったことなのですが・・・
この時に沢山水死した日本軍の死体を地元の人が引き上げ、
韓国人と同じようなカタチで埋葬(山へ土葬)してくれたそうです。
(今もそのお墓は残っていて、「倭徳山」と呼ばれています)
正直、イ・スンシン将軍の武勇伝を誇らしげに一方的に語られることには良い気分にはなりませんけども、これは暖かい心になりましたやん・・・。
そのようなことは歴史の教科書ではなかなか教えてもらえないことですよね。

ここのすぐ近くの商店に木浦行きのバス停があったので、
珍島バスターミナルには戻らず、ここから乗って帰りました。


実はたった5時間の滞在で、このように有意義に回れたのはIさんのお陰なのです。
名所の説明だけでなく、珍島での生活話まで沢山お話してくださいまして。
最後になりましたが本当にカムサハムニダm(_ _)m
珍島は韓国で3番目に大きい島で(それも今回初めて知りました)、
まだまだ観光名所が沢山あるというので、今度は晴れの日を狙って訪れたいですね^^

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「全羅道の旅(その2)」

珍島(チンド)「神秘の海道」

2007-09-11 | 韓国旅行記(ソウル以外)
海割れのことを韓国では「神秘の海道(신비의 바닷길)」っていうんですけど、
神秘の海道は大きいのから小さいのまで韓国全国沢山あるそうです。
(地図を見ると、確かに載ってありますね、、、)
でも1番有名なのは、やはり珍島とモドをつなぐコチラでしょう(・∀・)b
やっぱ珍島訪問を決めた最初の理由もこれからっした。

日本人には天童よしみさんの曲『珍島物語』で知られるようになったし、
どっかの学者が「モーゼの奇跡みたい」と例えたことも有名にしたようです。

で、到着したんですけど、、、


こちら珍島、うっすら見えるあちらが芽島里(モドリ)。
珍島滞在中、最も嵐のときで(苦笑)、写真撮るのも大変な状況でした。
それなのに貝掘りしている人、数人写ってるの見えますか?つえぇ~よッ!!(笑)


1番大きな海割れの日は、このような状態になるそうです。
全長2.8km、幅40m。
小豆島のエンジェルロードと比になりませぬな、、、。(当然)


ポンハルモニの像。
ここの横に日本語で解説文が載っていましたので、御紹介します。

>「珍島 神秘の海道 ポンお婆さんの伝説」
>国家名勝第9号
>珍島郡古都面回洞 義新面芽島 間2.8km

>朝鮮時代の初期、孫周知という者が流配地の済州島に行く途中、
>船が沈没し現在の回洞里(村)に流れ、ここに住みつきました。
>けれども虎が頻繁に出没するため芽島に逃げる途中、
>ポンお婆さんだけが取り残されてしまいました。
>ポンお婆さんは村人や家族に会えるようにと毎日、
>龍王様に祈っていると海が割れ道ができ、ポンお婆さんは
>家族に会えましたが悲しくもその場で息を引き取ってしまいました。
>この時から毎年、祭を行い回洞と芽島里の住民が海の道を歩いて貝や海産物を拾って過ごします。


『珍島物語』の歌詞の中で「ヨンドンサリ」って言葉の意味は、
ポンお婆さんの霊(ヨン)が登(ドン)る、”サリ”はたぶん”祭り”のことだろうと。
(”ドン”も正しい読み方は”ドゥン”と微妙に違うし)
年に一回、1番大きく海割れが起こる日に霊登祭が行われるんですけど、
たぶんそのことを指しているようです。

それから綴りは違うのですが、ヨン(龍)ドン(背中)サリ(肉)と、
龍の背中のイメージも掛けているという考えもあるようです。
(※霊=영、龍=용ですが、読みは”ヨン”。ちなみに4様は後者の字/笑)

ところで、最後のことば、
>海の道を歩いて貝や海産物を拾って過ごします。
ここについてなんですが、こんな案内文がありました。


一言でまとめると、「あんまり貝堀りをしないでくれ」と(笑)。
どうも、海割れが起こると伝統行事よりも熱心に貝堀りをする人が大半だそうで。
やっぱり海流と海流がぶつかって海底が少し山になっていることも、現象が起こる要因なので、
それを崩すことになりかねない危機感があるようです。


と、まぁ新しく学んべた知識もありましたが、
嵐だったのが何よりも残念でしたね、、、。
『珍島物語』を口ずさむ余裕もありませんでした。
お陰で歌碑があるのも見忘れてしまいましたやん(´Д`)

やっぱ次は海割れが起こる日に行きたいですね、、、。

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「全羅道の旅(その2)」

あひるんるん♪

2007-09-10 | 韓国旅行記(ソウル以外)
で、思い出しましたが。
もう1つ、アヒルを激写していました(・∀・)b


木浦市内バスの車窓から・・・。(@木浦駅近く)
なので街の中心部、大通りからの撮影ですが、
少し小道を入った奥にアヒルが離し飼いされていました。
カワイイ光景やったから撮っちゃったんですけど、
逃げたりしないんですかね?

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「全羅道の旅(その2)」

珍島(チンド)「雲林山房(ウンリンサンバン)」/その2

2007-09-09 | 韓国旅行記(ソウル以外)

実は「雲林山房」といえば、この景色が1番有名なんです。
ソチさんから5代続いているのですが、
途中活動拠点を移したため廃れていったところを、
4代目でしたっけ?池も掘り返し初代が築いたように再現されたそうです。
後ろの山と合わせて絵になる光景でした。

何かこの景色、見覚えがあるなぁ、、、何かを思い出しませんか?


あひるんるん、あひるんるん、僕たちはぁ~♪
一生一緒さ、あひるんるんるんる~ん♪


アヒルの歌じゃなくて(笑)、
実は映画『スキャンダル』の撮影地だったんですね。
帰国後、4様ファンの知人聞いたら、そこのシーンでどう使われたのか即答してくださいました(笑)。


敷地内には美術館と珍島の郷土文化会館もあります。
(あ、雲林山房の入場料は1000ウォン。それで両施設も入れます~)

美術館(写真)は、ソチさんから5代続く画家たちの作品が展示されているのですが、
同じ師弟関係でも、やはり時代背景や個性により全然違うタッチなのが素人目でもわかりました。
その中で初代の作品は時代からしても、どうしてもチャン・スンオプを連想しちゃうのがファンのサガ(´▽`;)

珍島郷土文化会館の方は、古代から現代まで珍島のあらゆる歴史文化を見れます。
韓国語だけですが、ジオラマも多いので説明文をあまり読むことなく進みました。
韓国で3番目に大きい島だそうで、そんなデカイとは知らず、たった半日しか予定に組まなかったのですが、、、ここのお陰でより多く珍島のことを学べたと思います。
珍島といえば「珍島物語」しか知識がなく行ったのが恥ずかしい限りですが(苦笑)。
珍島アリランも初めて聞けたのも嬉しかったですなぁ。

あいにくの雨(つーか大雨)でしたが、山が水墨画のようで、これはこれで趣がありました。
この後ろの山は、ある角度から見ると、鶴が羽ばたいているように見えるとか。


やはりこの次に回った海割れ現場と合わせて、晴れているときの景色も味わいたいなぁと思ったのでした。

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「全羅道の旅(その2)」

珍島(チンド)「雲林山房(ウンリンサンバン)」/その1

2007-09-09 | 韓国旅行記(ソウル以外)
珍島旅行。
双渓寺のすぐ隣にある雲林山房(ウンリンサンバン)。

朝鮮後期の有名な画家ホチという方が、晩年生まれ故郷である珍島に戻ってきたときに過ごした場所だそうです。
公園のような、立派な庭園でした。


これが画室として使われていた雲林山房。
以前は見学者も中に入れたのですが、保存重視するためにダメになったそうです。


庭の隅に紫色の綺麗な花が一面に咲いていました。
名前はわからないけど薬草の一種だそうです。


こちらは画室の裏にある生活空間。
タンスや臼や、少し生活道具も置かれたままになっていました。


この御方がホチさん。

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「全羅道の旅(その2)」

珍島(チンド)「双渓寺(サンゲサ)」

2007-09-03 | 韓国旅行記(ソウル以外)
珍島に着いて、まず双渓寺へ。
新羅時代に建てられた珍島で最も古い寺と書いてありました。


駐車場からの入口。


解脱門を通り・・・


寺の両側に渓谷が流れるため双渓寺という名前が付けられたそうです。


庭に咲いてあったでっかいツバキが綺麗でした。

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「全羅道の旅(その2)」

木浦(モッポ)「木浦総合バスターミナル」

2007-09-02 | 韓国旅行記(ソウル以外)

木浦総合バスターミナル。外観。
木浦駅からはバスで15分くらいのところにありました。


真ん中が吹き抜けで天井からも光が入ってくるので、このように明るい内部。
トイレもキレイで、最近改装されたっぽい感じ。
(大雨の日、床にバケツが置いてあるから何かと思えば、吹き抜け部分の境から雨漏りしてたケド・・・)←小声


チケットを買うところ。
木浦駅で偶然出会った日本人のおじさん、
ワン島行きは1日6便しかないけど無事に行かれたのかなぁ・・・。
ちなみに9600ウォン。
倍ぐらい距離が遠い全州行きとあまり料金が変わりません。
やっぱ田舎へ行くバスの方が割高なんですね。
交通手段が限られちゃいますしね、、、ふむふむ。


待ち時間にパソコン(ゲーム)する人も多いようで。

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「全羅道の旅(その2)」

どこまでが自由なのか?

2007-08-07 | 韓国旅行記(ソウル以外)
今日も家に帰ってから何度も『華麗なる休暇』のMVをヘビロしています。
これ誰が歌ってるのかも知らないまま・・・。


光州事件とは関係ないのですが・・・
38度線の警備並に厳しいと言われている某所。
先生のお陰もあってワタシたちは運良く入場の許可が下り、
バスは何重もの検問を通り抜け、フェンスの中へ・・・。

住人はほとんどおらず、とても静かで、一見どこにでもある長閑な田舎。
しかし戦いの後もなお、エネルギーが流れ続けているように感じました。


この倉庫の壁に人々がメッセージを書いているのが見えますか?
実は訪問後しばらくして知ったのですが、
(ワタシが大好きな)あの方もここにメッセージを残されたそう・・・。




10メートル以上の高さはある平和をモチーフにしたオブジェ。


この辺一帯は田園地帯。
田植えをした後、鉄網が張られ、
人々は追い出され、収穫されぬままの状態でした。
夕日の向こうへ飛び立つ鳥の群れを眺めながら神父様が一言。
「あの鳥たちはお腹がいっぱいで飛ぶのも大変だろう」

ひまわり、夕立、せみの声~

2007-07-16 | 韓国旅行記(ソウル以外)
今年の夏休みは会社カレンダーに恵まれていたので、
1日だけ有給をいただき就職以来最長にッv(≧∇≦)v
有給届を出すとき、さすがに回りの目が痛かったですけどね(苦)。
まぁ、イイじゃん。
滅多に休まへんし、日々持ち回りのこと以上の仕事してんやし。
↑と、自分に言い聞かせる(笑)

色々悩みましたが、やっぱ韓国に行くっきゃないでしょー。
今のワタシには最大の栄養剤になってくれるはず。
とりあえずエアーだけ抑えました。(お盆期間なので既にヤバしッ!!)

滅多にない1週間滞在ですが、基本的に1人旅ということもあって、
何処へ行って何処に泊まろうか全く決めていません。
1ヶ月前という緊迫感や焦りがゼロ。A型のくせに(苦)。
まぁ海外での1人旅はまだまだ慣れていないので、
このままでは良くないとは分かっているのですが・・・。

とりあえず去年の思い出巡りってことで全州にだけは行くことは確実。
そこを拠点に、近くの都市を調べてみようかなと。
(その時期に短期留学で友達がウルチロ3ガ(笑)に滞在しはるので、
入国日にトランク預けて、週末はソウルに戻る予定)


先日、片付けをしてたら全州の写真を発見したので、
それをデジカメで撮ってみました(笑)。<スキャナないので


そのとき食べた石焼ピビンパッ。
あまり美味しさが伝わらない写りですが(苦笑)。
熱くて、パンチャンが辛くてヒィヒィ汗かいた記憶が。
最近はnot石焼の方が好きになりました(・∀・)
やっぱ全州といえばの名物ですから、今度は違う店で食べたいですなー。


朝食兼昼食でいただいた「茶門」の韓定食。
カメラマンは某オンニですが、もう食べ終わりの写真ですね。
あぁまだこんなに残ってるじゃないですか・・・。
食べ物だけでなく、器やお茶(水)もこだわっている印象を持ちました。


その「茶門」の中庭。
Bオンニが「リング、リング~♪」と物まねしてくださった(笑)井戸。
韓屋村の中にあるので、ここももう一度行きたいなぁ。