靴下にはそっとオレンジを忍ばせて

南米出身の夫とアラスカで二男三女を育てる日々、書き留めておきたいこと。

内面の平安?

2013-05-26 06:22:10 | 思うに
ユダヤのターニャという世界観に、人には動物的魂と神的魂があるというのがある。動物的魂は、五感に快い物質的な欲求をもっともっとと求めるのに対し、神的魂は、内面的な成長を望み、常により良くあろうと志向する。

動物的魂と神的魂の葛藤、そのせめぎあいが心を乱す。

ジョギングをして体も心も軽くしようとする自分と、布団に潜ってずっと寝てた~い、寒いから嫌だ~、めんどくさ~いという自分、腹八分目にしようと思う自分と、もっともっと食べた~い、もっと飲みた~いという自分。

鍵は、動物的魂をトレーニングしていくこと。「育てる」という視点。といって、無理やり一気に鋳型に押し込み抑え込んでも、そうすることで子供が歪み荒れてしまうように、一時大人しくなったかに見えて反動で爆発することも。一気にでなく、少しずつこつこつと積み重ねていく。小さな子が一日で成人することなく、何日も何年もかけ育てられていくように。

動物魂は、この世をこの肉体を持って生きるための、活発なエネルギーの源となるもの。潰してしまうのではなく、調和してエネルギーを生かし合う。

動物魂をトレーニングするのにいいと感じるのが:

・続け、習慣にすること。

ジョギングも、初めの一週間一ヶ月は動物魂からの反発も大変なものだけれど、三ヶ月もすれば、しない方が何だか心地悪くて動物魂の方からジョギング行こうよ~となってくるもの。また腹八分目や夜はあまり食べないことを続けていれば、夜たくさん食べたりすると、次の日も胃が重くて不快になるもの。

・常に少し我慢させること。

常に少し無理する、少し我慢した状態を続ける。階段をつま先で上ったり、姿勢に注意したり、もっと食べたいというところで止め、心地よくない場所に出かけたり、苦手な相手と過ごしたり、得意でないことを毎日少しだけし続けたり、ここちよ~くありた~いという動物魂の望むまま望むだけでなく、少し我慢した状態を習慣にしておく。無理させすぎないよう加減をはかりつつ。


動物的魂と神的魂が調和している状態、それが内面の平安。

動物的魂を育てるというイメージ、とても役に立っていると感じています

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