鼠丼

神の言葉を鼠が語る

<743>親父があの世に旅立ったので

2020-01-21 18:49:02 | 日記
 毎度!ねずみだ。

 12月に入院した親父だったが、ついに力尽きてあの世に旅立ってしまった。病院のベッドの上でよく頑張ったので褒めてやりたい。
 仕事を人一倍やってお袋と兄と私を食わせ、東京に家を立て、数えきれないほどの友人を作り、あっちこっちから頼りにされ、最後まで愛され続けた人生だった。
 私なんぞには真似ができない、あっぱれな人生だった。

 病院のベッドの上で弱りながらも「家に帰りたい。」と訴える親父に対して「だんだん良くなっているって主治医の先生が言っていたぞ。来週あたりに退院だな。」と嘘をついたのが心残りと言えば心残り。私の見え透いた嘘に父は何度も頷いた。

 亡くなる前日にウチの奥さんの手を握って、「お母さんを頼む」と伝えたのが最後の言葉だった。最後はほとんど喋れなかったのに最後までお袋の事が心配だったのだろう。
 たまたま実家のアルバムから何枚かをスマホで撮って保管しておいた中の一枚を見せたところ、殆ど朦朧ととしていた意識の中、閉じかけていた目を大きく見開いて凝視した。それはまだ若い母と4歳の兄、そして生まれたばかりの私を父自ら撮影したものである。最後に家族の姿を目に焼き付けて父は再び目をつぶった。

 お通夜や告別式は行わず家族と親戚だけでひっそりと親父を送り出した。精進落としの席で「実にあっぱれな人生だっと思います。死んでしまったことは悲しいですが、お袋の事以外思い残すこともなく旅立ったと思います。笑って送り出してやってください。」と挨拶する。

 親父が亡くなってから色々調べ始めたら、相続だとか銀行口座だとかやらなければならない事が山積しているのが判明。さて親父さんよ、あの世に行く前に処理しておいてくれれば良かったのに、と夜中に独り言ちてみる。

 じゃ、また。

<742>新しい年が明けたので

2020-01-02 23:46:34 | 日記

 毎度!鼠だ。

 新しい年が明けた。皆様と皆様のご家族にとって良い一年となりますことを心から祈念して新年のあいさつとさせていただく。
 
 先般親父が肺癌になったという話を書いたが、12月になって病状が一気に悪くなり病院で年明けを迎えることになった。一昨年母親が倒れ、少し良くなったかと思ったら今度は父親である。高血糖になったりなんだかんだで一気に弱ってしまい、なんどか救急車で運ばれついには病院で寝たきりになってしまった。
 母親がとたんに不安になったらしく、しょっちゅう携帯に電話してくるようになったのにはまいった。会議中だろうがお構いなしで電話をかけてくるのである。病院は近くなのだが足が弱くなってしまって自分では歩いていけない。タクシーを呼んで病院に行くように説得してもタクシーが見つからないだとかなんとかぐずぐず言っている。

 しようがないので会社を早退していったん家に戻り車で母親を拾い病院に行くようにしたのだが、週に2度も早帰りをしていると仕事が滞って仕方がない。できる限りの事をしてやりたいと思っているので、まあ仕事は後回して。
 主治医の先生からはもう全快は望めないと言われており、最終的には畳の上で死なせてやりたい、という話までしている。
 当の父親は早く家に連れて帰ってくれ今日帰れるのか明日帰れるのか、延命治療はいらないからとにかく家に帰りたいと繰り返
すばかりである。良くならないと退院できないぞと言い聞かせているのだが本人も覚悟はしていると思う。

 新年早々こんな話をつらつらと書きなぐっても滅入ってしまうだけだし、こんな話は世界のいたるところでこの瞬間も起きている。皆はどうやって対峙しているのだろうか。聞いてみたいものだ。
 せめていざというとき後悔しないようにできるだけ親父に会いに行くようにするのみ。

 じゃ、また。