鼠丼

神の言葉を鼠が語る

<717> 昔の手紙が出てきたので

2017-11-23 19:16:57 | 日記

 毎度!ねずみだ。

 冬物と夏物を入れ替えていたら、昔の手紙やら写真が大量に出てきた。どこかに紛れていた昔の記憶が一気に戻ってくる。

 その中に。

 平成16年の日付の、とある方からの手紙が出てきた。今から13年まえ、私がまだ37歳の頃である。その女性は私より二つ年上で、何かの拍子に鼠丼を読んで読者になり、メールのやり取りをするようになった方だった。
 膠原病で入退院を繰り返していた彼女からもらった何通かの手紙がその中にあった。東京に来ることがあって、その際に一度だけ会ったのだが、残念ながらそれから2年後に亡くなってしまった。
 その手紙には体が弱くなって出歩くことが少なくなったが、以前に行った海にもう一度行きたいとあった。最後に携帯に来たメールには「私の体は病気のデパートです。」と。彼女が亡くなったのはそれから間もなかった。彼女の携帯に私の電話番号があったからだろう、彼女の母親から電話があり、彼女の死を知った。

 ふいに止めどなく涙があふれてきて止まらなくなってしまった。理由は分からなかったが悲しいとか寂しいとか、そういう感情ではない。今はもう亡くなってしまった彼女の文字が手紙にしたためてあり、それを読んでいる自分がどんどん年を経ている、それが不思議に思えたのかもしれない。その手紙を読んでいる間、彼女は確かに私の記憶の中で生きている。そんな突然の感情が涙のわけだった。

 過去に書いた文章のなかに埋もれているがこんな事を書いた記憶が。

 私たちは皆トラックをぐるぐる走っている。夜なのでトラックを照らす明かりが。一周回ってくると一つ年をとる。私より2周だけ先を走っていた彼女が立ち止まった。しかし彼女はそのトラックのすぐそばに立っていて、私に声をかけている。
 彼女の前を通り過ぎ、彼女の声援を背中で聞きながら私はもう一周する。すると彼女が「もう一周で私と同じになるよ。」と声をかけた。
 私はまた一周して彼女と同じ歳になった。そしてまた一周。ひとまわりする毎に彼女と会話を交わしまた一周。彼女は41歳のままで、当時39歳だった私はいつの間にか50歳になってしまった。

 永遠に41歳のまま、彼女は私の中で、彼女の母親の中で、そして彼女を知る周囲のすべての人たちの中で生き続ける。

 じゃ、また次回。



 

<716> 夢でオヤジに起こされたので

2017-11-23 18:45:18 | 日記

 毎度!ねずみだ。

 先日のこと。朝からいやに暑い。蝉がどこかで鳴いている。

 狭小住宅の3階で寝ていると、外から父親の声がする。私を呼んでいるのだ。なんだ朝から、と思いながら布団から起きだして階下に降り、玄関をあける。
 こんなに暑い日なのにオヤジは黒いダウンを着込んでいる。手にはなぜか補虫網を持って。驚いて、「オヤジ、どうしたんだ、こんな朝から。」

 そこで目が覚めた。夢を見ていたのだ。確かにオヤジの声を聞いたような気がしたのだ。11月になり急に冷え込んできたあさだった。
 朝食をとり最寄り駅に向かう途中、自宅に電話をかける。母親が、こんな朝からどうしたのだといぶかしがる。
 私は朝方見た夢の話をした。するとオヤジが電話にでて、ちょうど電話しようとしていたとのこと。なんだ本当に声をかけるつもりだったのかと薄気味悪かったが、元気そうなのでとりあえず一安心。例によってパソコンの具合がどうたらこうたら、とぶつぶつ言っているので、週末に行くからとりあえず待っていてくれと答え、会社に向かった。

 朝方の夢は正夢、という話をどこかで聞いたことがあって心配になって電話したのだが、オヤジも82歳になり、いつお迎えが来てもよい年である。その時になって後悔しないようにできるだけ親孝行はしたいものである。

 じゃ、また次回!

<715>定食屋で飯を食っていると

2017-11-10 18:32:45 | 日記

 毎度!ねずみだ。

 先日、奥さんと定食屋で飯を食っていた時の事。

 となりのテーブルで老婆に向かってその息子らしき男が何やら話している。聞くとは無しに聞こえたのだが、その男は何度も何度も「右手が震えるんだよ。原因がわからないんだよ。」と繰り返していた。母親を責めるような口調で。右手を母親のほうに突き出しているのだが、確かにその右手が震えている。低血糖か何かかもしれない。アルコール中毒のようには見えなかった。

 一方母親は何度も同じ話を聞かされているのか、気にする様子もなく「ちょっと、手が邪魔で食べられないじゃないの。」と息子の手を払うようなしぐさをする。
 息子は母親の顔を睨みつけながらまた箸を動かしていたが、またしばらくして「手が震えるんだよ。原因がわからないんだよ。」と繰り返した。もしかしたら精神を病んでいるのかもしれない。

 なんだかこちらも気が散ってしまい、あまり楽しい食事にはならなかった。食べ終わると早々に店を出てしまった。
 
 自分の不幸を親のせいにするのはよく聞く話だ。実際に周囲を見渡すとあちこちで同じような話を見聞きする。私自身もそういった考えを少なからず持って生きてきた。(親はさぞかしつらかっただろう。その申し訳ない気持ちが今最大限の親孝行をさせているのかもしれない。)
 だが、そうやって親を苦しめたところで自分の環境は改善するわけでなく、ただ単に親を苦しめるだけだ。そんなネガティブな生き方をしても誰も喜ばないし、自分の人生は絶対にハッピーにならない。

 帰りながら奥さんとそんな話をした。

 こうして今充実した人生を送っていられるのも両親に愛情いっぱいに育てられたから、常にそう考えて毎日を過ごしている。

 じゃ、また次回!