鼠丼

神の言葉を鼠が語る

<676>

2016-03-29 14:10:51 | 日記

 毎度!ねずみだ。

 ひと昔前、パソコンは絶対的な存在感を持っていた。インターネットとOSを兼ね備え情報端末・情報作成端末として遊び用に仕事用に、大活躍だった。
 机の前に居ながらにして、情報という海にどっぷりと首まで浸かることができるようになった。初めてデスクトッパソコンを手にし、ネットの世界に身を投じた興奮は今でも忘れない。

 一方携帯電話はかつて純然たる通話機だった。ダウンサイジングを繰り返し保管場所をカバンの中からポケットの中に移した。話したい相手と話したい時間に話したい場所で話せるようになる。寒い冬の夜にテレフォンカードの残り度数を気にしながら、電話ボックスの中で恋人と愛を語り合ったのははるか昔の話に。(いや私はしていないが。)

 当初両者はそれぞれの存在意義を持ち、お互いにその立場を侵す事はなかった。だが、今にして思えば淘汰の理屈から言って黎明期から競合相手の運命だったのかもしれない。

 携帯電話がiMODEを手に入れた。そこから携帯電話は一気にスマートフォンへ進化を遂げる。携帯電話は電話機から情報端末となって、パソコンの存在を脅かし始める。なにしろポケットに入る大きさでパソコンに迫る機能を持ったのだ。時計、カメラ、メール、ゲームを取り込んだ。現代人のニーズを全て満たすように。パソコンのオフィスのようなアプリがダウンロードできるよになり、ますます機能を拡張した。猫も杓子も一日中スマホを手放せなくなった。
 今度は機能を詰め込みすぎて、アップサイジングの流れに。

 パソコンはパソコンでダウンサイジングを始めた。機能はそのままにデスクトップからノートパソコンに、ラップトップからタブレット端末に。スマホの小さい画面に我慢できない人たちは、通勤電車の混雑の中でも無理やりタブレットでゲームをするようになった。

 パソコンはスマホを目指し、スマホはパソコンを目指す。

 その流れと関係あるのか無いのか判らないが、最近iPhone用のキーボードを購入した。Bluetoothを使ってデータを飛ばし、iphoneの画面を覗き込みカタカタとキーボードを叩く。もともとスマホの画面操作が苦手な私にとってはなかなか快適である。寝床の中で布団にくるまってこの駄文をつむぎだしている。

 奥さん「なんで布団の中でキーボード叩いてるの?パソコン使えばよいのに。」
 私  「いや、布団の中にパソコンは持ち込めないでしょ?」
 奥さん「スマホでそのまま入力すれば良いのに?」
 私  「いや、このキーボードを叩くっていうのが良いんだよね。」
 奥さん「だったら布団にくるまってパソコン使えば?」
 私  「いやいや、あえてこのBluetoothっちゅーのでデータを飛ばすカラクリが・・・。」
 奥さん「目を悪くするからやめなよ。君はパソコンで遊びたいの?スマホで遊びたいの?」
 私  「・・・。」 

 ええっと、そうだけど違うんだよねー。なんか、こう、あああもうっ!分かってもらえないかなー。

 分かってもらえないだろうなー。





<675>

2016-03-28 00:11:44 | 日記

 毎度!ねずみだ。

 先日、夜遅くに家に戻った時のことである。

 暗がりの向こう側に何やら影が。動いている。人のようでもあるが人にしては小さい。だんだん近づいてくるに従って街灯に照らされはっきり見えるようになる。始めは怪異の類かとも思ったがやはり人であった。

 それは背中が曲がりきった老婆だった。齢の頃ならとうに80歳は過ぎているだろう事は見た目で分かる。買物に使うような車輪付きのバッグを押していたため余計に背中が丸くなっていたのかもしれない。
 地面を舐めるようにして少しづつ、少しづつ前に進み、誰かの家の前に着くと、押していた車輪付きバッグから何かを取り出す。それをポストに入れる。その作業を終えるとまた次の家に。それはとても緩慢な動作に見えた。

 我が家までもうすぐのところだったが、気になった私は暫くその老婆を目で追った。やがて彼女は私の家の前で止まり、件のバッグから何かを取り出した。それはチラシだった。

 普段から「土地買います!」だとかのチラシがポストにねじ込まれているので、余計なチラシを入れて欲しくないという気持が半分、何かに突き動かされたのが半分、私は思わず彼女に声をかけた。自分でもびっくりしたのだが、私の口を突いて出たのは「今晩は、大変ですね。」という言葉だった。
 老婆は本当に申し訳ないという顔で何度も頭を下げながら、「夜分にすみません、新宿の広報紙を配っております。ご迷惑をおかけします。」と言ったのだった。
 彼女から直接チラシを受け取った私をあとに、老婆は一軒、また一軒と広報紙を各家のポストに入れていった。せまい町内に配るとしても彼女の動作から、膨大な時間を要することは想像に難くなかった。

 あの齢になって働かなければいけない何らかの事情があるのだろうが、それにしてもこんな夜遅くにポストにチラシを投函して回らなければいけないのは辛いに違いない。あれで何がしかのお金にはなるだろうが、それほど貰える仕事とも思えない。

 ゆっくりと遠ざかっていく背中を追いかけて、色んなことを聞きたい衝動に駆られた。夜中にそんな仕事をして辛くないのですか?寒い時期は大変でしょう?連れ合いはいるのですか?お子さんはいらっしゃらないのですか?一緒に暮らさないのですか?

 世の中には道端にささやかなドラマが転がっている。私は妻の待つ自分の家のドアを開け、自分の生活に妻が一緒にいてくれることに感謝しながら家に入った。