鼠丼

神の言葉を鼠が語る

<657>

2015-01-29 17:40:06 | 日記
毎度!ねずみだ。

 業界では日本最大規模を誇る王立絶望印刷会社は日本の至るところに(勿論海外にも)営業所を持っている。雪深き(かどうかは知らないが)新潟にもあって、そこの事務の女性とは旧知の仲である。仕事の上での係わり合いはかれこれ10年以上にもなる。

 誰にも好かれるお人よしの彼女は、その性格ゆえか過去に何人もの男に騙されてきた。「今度こそこの人と結婚します!」と報告があってこちらも喜んでいたところ「ダメになっちゃいました!」と再報告が。
 そんなことが何度もあって「お前は男を見る目がないんだよ。」などと諭した。

 その彼女から「報告!結婚します!」と連絡があった。メールに写真が添付されており、そこには彼の家族との顔合わせした際のものが。朴訥そうな好青年がそこには写っていた。
 写真の中の彼女は私の知っていたかつての暗い顔をしたそれではなかった。照れながらそれでいて堂々とした雰囲気を醸し出している大人の女性だった。「結婚式場で早速もめて喧嘩してます!」と嬉しそうな文章を読み、今度こそ結婚するのか、と
なんだか嬉しいような寂しいような。

 基本的には私は関わった全ての善意の人(でもないが)に、幸せになって欲しいと考えている。(勿論、今このサイトを読んでくださっている1億人弱の読者の皆さんも含めて)
 私が言うことではないだろうが、幸せを掴み取るのには努力が必要だ。勿論なんの苦労もなく幸せになってしまう人もいるだろうが、そんな幸せは何の価値も持たないのではないだろうか。容易く手に入れたものは容易く手放してしまうだろうし、
そもそも容易に手に入るものは「幸せ」とは感じないかもしれない。

 よく私が例えばなしに引っ張り出すのだが、本当に手に入れたい幸せとは、高い木の上の上、手を伸ばしても手に入らない高みにぶら下がっている果実のようなものではないか。どうしても果実を手に入れたいのなら苦労して木によじ登ったり、どこからか梯子を借りてきて登らなければいけない。何かしら行動しなければ始まらない。手が届く範囲の果実では人は満足できないように出来ている。
「どうしてもあの高みにある果実を手に入れたい!」と心に決めたのなら、行動あるのみだ。ただボーっと眺めているだけでは果実は手に入らない。あまつさえ誰か他の人がその果実を奪い去ってしまうかもしれない。そうやって諦めながら生きていくのか?それがイヤなら行動すべきだ。
「どうせ私なんか。」と自嘲気味に笑ってみても本心では(もしかしたら私だって。)と考えているものだ。もし少しでも(もしかしたら)と思っているのなら立ち上がるべき。

 ・・・という話を彼女にもしたことを思い出した。 

 何度も木に登ってその度に失敗した彼女だったが、めげずにまた木によじ登ってついに自分だけの果実を手に入れたようだ。
 
 よかったよかった。

 じゃ、また。




<656>

2015-01-20 13:12:31 | 日記
 毎度!ねずみだ。

 年末魚竹悶絶大回転大売出しでの話。

 もう何年も前。
 年末大売出しに参加した際に、車椅子の若い女性とその母親が店にやってきた。年のころなら20代半ばくらいか。
 忙しい時間だと客とは「2千円お預かりいたします。」「300と40円のお釣りになります。」「ありがとうございました!」くらいのやりとりしかしないのだが、たまたま客足が途絶えた時間にやってきたのも有って、「はい、いらっしゃいませ!お嬢ちゃん、今夜は鍋にしない?コラーゲンとって肌がますます綺麗になるよ!」と声をかけた。障害のためか、こちらを向くのもつらそうな感じだった。

 私の威勢の良い掛け声が自分にかけられた事に気づくと、その女性はびっくりしたようだったが、うれしそうに笑い車椅子を押す母親を振り返る。
 母親が耳元で「何が良い?鍋がお勧めだって。」と言うのが聞こえた。娘は私のほうを向いて苦労しながらゆっくりと、「なーべーは なにがーおーすーすめーでーすーか?」と言った。小さな声だったがなんとか聞き取れた。
「そうだねー。ブリが良いかなー。脂が乗って旨いよ。ブリ鍋はヘルシーだし鍋なら野菜もたっぷり摂れるからね。ますます可愛くなって年越ししようよ。」などと調子に乗ってまくしたてた。
 彼女は嬉しそうに、「きーれーいーに なーれるかーな?」と少しだけ大きな声で応える。
「勿論だよ!美人になるよ。おいちゃんが保証するよ!」とまた無責任なことを言ってみた。

 結局彼女は私の手からブリの切り身とカマを受け取った。帰りしなに店の外に出て「ありがとうございました!お気をつけてお帰りください!」と声をかける。車椅子を押す彼女の母親は何度も振り返り頭を下げた。

 翌年の年末、彼女は再び現れた。去年と同様母親が車椅子を押して。彼女を見つけた私は、「らっしゃいませ!おいちゃんの事憶えてる?今年もブリにするかい?それとも今年はタラ持って行くかい?」と声をかけた。彼女は去年よりも大きな声で、「おーにーいーさん、ひーさしーぶーり。」と答える。去年と同様母親は何度も頭を下げた。「いつもはお店に出ていらっしゃらないんですか?」との問いに、私は「すんません、年末とマグロの解体の時だけ手伝っています。」と告げる。
 車椅子の彼女は「ぶーりーと たーら、りょーほーもーらーう?」と母親を振り返りながら聞いた。
 店の外まで出ると彼女にブリとタラの包みを手渡し彼女の目の高さまでしゃがむと、「またのお越しをお待ちしております。良いお年を!」と告げた。去年と同様母親が何度も振り返って頭を下げた。彼女は娘にささやかな優しさが向けられる度に、こうして何度も頭を下げてきたのかもしれない。

 私が会社員として過ごしている(つまり年末以外)間、母と娘が魚竹で買い物しているかどうかは知る由もなかったが、次の年末、彼女と母親は現れなかった。次の年末も。そして今回も。
 何があったのだろう。もう年末の雑踏の中、松蔭神社の魚屋で買い物をするのに飽きたのか。いや、多分病気が全快してもう車椅子での買い物をしなくて良くなったのだろう。あるいは娘が結婚してどこか遠い町で幸せに暮らしているのだろう。そうだ、そうに違いない。
 
 じゃ、また。




<655>

2015-01-05 14:10:07 | 日記
 毎度!ねずみだ。

 あけましておめでとうございます。
 皆様とご家族のますますのご健勝を祈念いたしまして新年の挨拶に代えさせていただきます。

 と言う訳ですっかり私の年中行事になった<年末魚竹売り尽くしセール>でのお話。

 往々にして年末の買い物というのは、旦那が家に居ることもあって夫婦ふたりでくる場合が多い。一緒に来ると言っても旦那は専ら荷物持ちであるが。
 松蔭神社商店街は小さく、そして古い商店街である。訪れる客層も老人が多い。特に多いのが老婆である。義理の母親と同年輩かそれ以上だから80歳くらいであろう。そういった常連達によって支えられているのだが、その多くが「爺さんが死んで何年経ったよ。」という婆さん達である。先述の夫婦達に混じってやってくる。爺さんは早くにぽっくり逝ってしまうが、女性達は強く「爺さんが死んで何年経って」も元気だ。
 元気だから魚屋の前に陣取って「あーでもないこーでもない、息子が半年振りに孫をつれて正月にくるからなんたらかんたら。」と嬉しそうに話し出す。こちとら忙しいので話をさっさと切り上げたいのだが、なかなか放してくれない。

 彼女達は私のことを未だに「魚竹の長女の旦那」とは認識していない。「年末だけ手伝いに来る威勢の良いお兄ちゃん」と思っているようだ。そうして「威勢の良いお兄ちゃん」と長話をして帰ってゆく。
 老婆達はコミュニケーションに飢えている。大型スーパーでレジ係と長話する訳にいかないため、個人商店である魚屋にやって来ては話すのだ。そこに個人商店の一番大きな存在意義がある。病気でも無いのに老人達が朝から病院に集まるのと似ている。
 
 さて、一人で年の瀬を迎えるのは老婆達だけではない。意外にも多くの若い女性客が少量の刺身や切り身を買っていく。
「あのーすみませんが、ブリの刺身を。二切れでも多いかなー。」
「すみません、一人で鍋をするんですが、これだと多いですよね?」
「すみません、一人分なので。」
彼女達は一様に「すみません。」という一言を添えて俯きながら小銭を私に渡す。その都度、「威勢の良いお兄ちゃん」である私は声をかける。
「ええっ?一人で年越し?そりゃ寂しいなー。店が終わったら遊びに行くから電話してね。」
「鍋の材料二人分買っていかない?いや、俺があとで遊びに行くから。」

 勿論「本当ですか?じゃあ、お風呂を沸かして先にシャワーを浴びて待ってるから出来るだけ早く来てね。夕食の後は除夜の鐘を突いて突いて突(以下略)」などと、夢のような展開が待っているわけではないのだが、店を後にする彼女達の背中に「ありがとうございましたー。良いお年をー。」と声をかけるように心がけている。

 世の中には寂しい時間を過ごしている人達が沢山いる。私が想像する以上に多いのかもしれない。