妻がペンギンかもしれない話
まだ私が若かった頃の話である。
私は一人暮らしをしている。ワンルームの部屋にはほとんど家具がなくいやに大きな扉が壁にある。どうやら押入れのようだ。
そこから寒い風が吹き出しているので、不審に思ってあけてみるといきなり雪がどさっと落ちてくる。慌てて締めようとするが後からあとから雪が落ちてきて閉口する。ほとほと困っているとペンギンが一羽落ちてきた。落ちてくるなりぎゃあぎゃあと騒ぐものだから周囲の部屋に聞こえないか、そればかりが心配である。
やがてペンギンは落ち着いたようだが、いきなり寒い国から私の部屋にやってきたためだろう、あたりをきょろきょろ窺っている。いやにかわいいペンギンだが私はペンギンに関して造詣が深いわけではないので、どういった種類のペンギンなのか全く判らない。ただ羽が小さい様子だとかクチバシの具合からして、まあ概ねペンギンに相違はない。
部屋が暖かだったせいで、見る見るうちに雪は溶けてしまい畳に吸収されていってしまう。ペンギンばかりが残されている。
私は暇に任せてペンギンの喉をくすぐってやる。はて、これはネコを喜ばす行為ではなかったかしらんと思ったが、かのペンギンは短い羽をぱたぱたさせて喜んでいる。確かに喜んでいるのだ。こちらも愉快になり、ますますペンギンの奴をくすぐってみる。するとさらに喜びパタパタしだした。
やがて私は飽きてしまい、眠たくなったのでペンギンをうっちゃっておいて布団にもぐりこんだ。ペンギンがあちらこちら走り回っているのをどこか遠くで聞きながら瞬く間に寝てしまう。
どのくらい寝ていたのだろう。ふと目覚めるといつの間にかペンギンが居なくなり、となりに寝ているのは妙齢の女性である。
さては彼女はペンギンであろうか。その事を彼女に問うてみると案の定彼女はペンギンであった。なぜペンギンが女性になってしまったのか再び問うてみたが、何しろ彼女にもわからないらしい。くすぐられて心持が良くなり走り回っているうちに疲れたので寝ていると、ついに人の形になってしまったそうだ。
やがてペンギンであった女性はおずおずと立ち上がり、このまま部屋にいるのも申し訳ないので失礼すると言い出した。
私は部屋にいるのがペンギンでも女性でも特に邪魔ではない、むしろ一人暮らしだったのだから話す相手ができて、暇をもてあますことが無く好都合だ、もし貴女さえ良ければ当面この部屋にいるが良い、というような内容のことを告げた。
すると彼女はそこに座りなおし、丁寧に頭を下げて「それではこのままよろしくお願いいたします。」と言った。
そこで目が覚めた。なんだ夢だったのかと思い隣で寝ている妻を見る。まだ薄暗い中でスースーと寝息を立てている。
そう言えば妻はいやに暑がりだ、と思い出した。
<了>