毎度!ねずみだ。
唐突だがねずみも年をとった。昔の恋はやはり昔の恋で、私も年をとったがかつて結婚を意識した相手も年をとった。うーむ、光陰矢のごとし、た。
まだ妻と知り合う前の話。
まだ33歳の私より二つ年上、晶子さんはそれでもまだ35歳だった。結婚を意識した相手だったが、良くある「些細なけんか」で別れてしまう。
程なく彼女は結婚してしまった。私も異動で都心から離れた勤務地に通うようになり顔を合わせることもほとんど無くなった。
再び近くで働くようになったが、年月はあっという間に過ぎ去っており、彼女は夫との間に一女をもうけており、私も妻と結婚してからの再会となった。過ぎ去った年月は実に無慈悲かつ無残なもので、私もおっさんになり彼女もおばさんになってしまった。
私は49歳になり、彼女は51歳になったのだ。
とある冬の寒い夜、彼女はストレス起因のクモ膜下出血で倒れ救急車で運ばれる。幸いにも後遺症は全く出ず、3ヶ月の休養の後に職場復帰した。職場復帰を共通の知人から聞き、ほっと安堵のため息をもらした。
たまたま廊下でばったり再会した。まさに邂逅という言葉がぴったりの再会。ぎこちなく挨拶した後、どこからともなく唐突に言葉が次から次へとあふれ出した。
久しぶりだねクモ膜下出血で倒れたって聞いたけど大丈夫だったの?後遺症は出ていない?晶子さんは思いつめるタイプだからストレスを溜め込んでしまったんだね倒れたって話を聞いた時は本当に泣きそうになったよそれで無事だったって聞いた時は本当に泣いたようれしくて会社で泣いたんだそれより子供はいくつになった?そうなのかもうそんなに大きくなったのか晶子さんに似て美人に育ったんだろうね知っていると思うけどこっちも結婚したよ勿論晶子さんよりも美人で聡明な女性だよ冗談だよ写真見せて欲しいって?いいよほら晶子さんよりちょっとだけ美人だろうあの頃が懐かしいね金曜日仕事が終わってから深夜まで遊んだねカラオケ行ってふたりで喉が枯れるまで歌ったね勿論今でも鮮明に憶えているよ何しろ・・・
男と女では脳みそのつくりが違うのかもしれない。彼女はどう考えているかは別としてたぶん私は今でも彼女のことが好きなのだ。
勿論、妻を愛しているのは言うまでもない。
たぶん、子供の頃飼っていた柴犬のように、大事にしていたおもちゃのように、海岸で見つけたキラキラしたガラス瓶のかけらのように、子供の頃家族で他愛の無い会話を交わしながら食べた夕食のように、セリフの一つ一つを憶えてしまってそれでも何度も見返す映画のように、好きなのだ。
愛しているのとは違う。ただ猛烈に懐かしく大切な思い出と同じ位、好きなのだ。
何しろ、今でも晶子さんの事は昔と変らないくらい好きだよ。
自分でも驚くほどすんなりセリフが私の口を突いて飛び出した。
ありがと、本当にありがとう。旦那以外の男性からそう言ってもらえて、本当にうれしい。彼女は自然に笑った。あの頃の笑顔と全く変らない魅力的な笑顔だった。