なぞの旅人スーのブログ

鉄道、旅行、花祭り、その他日記にしたい事を書いていきます。実際の面識が無い方からのコメント、歓迎。荒らしや誹謗中傷は×。

豊根村上黒川地区・花祭り

2012-01-04 18:55:43 | 日記

 今花祭りシーズン最初の訪問となった。昨日の夜から行なわれた。国道の東栄町、豊根村境のトンネルが崩落により通行止めで、一旦津具方面に向かう形で会場へ向かった。東栄町古戸地区の花祭りが一昨日、昨日で、会場の横を通り抜ける時、消防団の人達が出てきたので、花祭りが終わった頃の通過であったのだろう。挨拶はご無礼したが、同町下粟代地区の花祭りでまたお会いでき、大いに囃してもらえる事だろう。
 まずは会場近くの温泉へ。開店15周年イベントで、通常500円のところが300円で入浴でき、嬉しかった。脚の疲れが癒された。
 夕方5時半頃にあがって、会場へ。みかんを含めて奉納した。お礼として「ざぜち(彫り絵)」の綺麗な紙のものと、お神酒他をいただいた。ちょうど舞が始まったところであった。
 花祭りは東栄町、豊根村他十数カ所で行われているが、それぞれ個性がある。ここの特徴の1つは、面を被らない舞は丁寧な感じで、舞全体としては一つ一つの所作がきびきびしている。写真は「地固めの舞(扇)」より。「神座(楽座)」の前で舞手一人一人が身体をかがめながら前に押し出る所作が、写真の絵として好きであるし、カッコ良い。


 小さな子ども達がけなげに舞う「花の舞」。カメラマンが好んで狙う舞である。周りにも親御さんとか人が集まる。


 「いちの舞」。最後には持っている榊で観客の体を叩いて廻る。無病息災のご利益がある。花祭りにはこういったご利益を授かれる舞があり、「せいと衆(周りで囃して神楽舞を構成する一員となる)」の活躍どころである。さて、どこの花祭りでもそうであるが、舞を納める子ども達は自分達の出番以外は会場に遊びにやってきた他の子ども達と遊んでいる。こういった観客として大いに参加できる舞に加わって、自分達の花祭りを楽しみ、興味を持つ時間も持ってもらいたいと思い、子ども達を誘い、皆で叩かれにいった。子ども達は舞手を挑発する様な仕草をしたりしていた(笑) それに応えて、舞手が子ども達を強く(ほどほどに)叩いたりする事も(怖)


 盛り上がりのピークとなる「山見鬼」。会場は大変盛り上がり、先程の子ども達も引き続き「てほへ」と大いに囃してくれた。ここの鬼の舞は躍動感があり、鉞を勢いよく身体の横に押し出す所作がカッコ良い。拙ブログでブックマークさせていただいている、けんたさんが務めていた。
http://kenta.toyone.org/

 舞う直前の緊張した様子を見てみたかったなあ(笑) 私も「てほへ」と囃子声をあげ、けんたさんの舞を見守った。威厳ある山見様を見事に務め上げた。


 「山見鬼」の次は「三ツ舞」。ガラリと雰囲気が変わる瞬間が好きである。写真は「同舞(やち)」。これまたここの特徴は、「舞庭(舞う空間)」の角で、思いっきり角のところで剣を突き出す所作である。以前舞った少年に聞いた話では、「そこに人がいてもしっかりと突き出す様に」と言われるそうである。花祭りは修験道が基になっているが、剣を使い、「神座」の前で舞手が交差する所作が、それを強く感じさせる。
 



 「榊鬼」。問答が神聖さを感じる。


 「味噌塗り」。面白顔の面を着けた2人が観客の顔に味噌をつけて廻る。その後、「婆」と「巫女」も登場する。ここでも、早朝の時間にもかかわらず、子ども達が大いに囃してくれた。たっぷり味噌を塗られていたが(苦笑) 時間帯が時間帯で、観客も少なく、静かな舞になる事が多いので、嬉しかった。


 こたつがある所で少し休んだ後、朝食をごちそうになった。味噌汁が美味しかった。すると、まだ「四ツ舞(扇)」が終わったところなのに「湯ばやし」が始まった。けんたさんに尋ねると、今年は人が足りずに省略との事。身内に不幸があった家の人は直後の花祭りに関われない。そういった事情等で関われなかった人が重なった様である。釜の湯水をたっぷり浴びた。しかも、釜の水が無くなれば、バケツで水の追加投入を繰り返した(怖) 


 「朝鬼」、「獅子」の後に釜の神事があり、締めの挨拶があった後に会場を離れた。
 一晩楽しく、アツく花祭りの場にいられた。同村坂宇場の花キチ(花祭りにかなりアツい)有望株の少年が一生懸命囃していて、彼と仲良くなった舞を納めた少年達も一緒に囃し、「獅子」の体は彼らが務めた。今年の上黒川の花祭りは、子ども達の頑張りが光ったものだったと思う。
 一晩囃した疲れを癒し、眠気を覚ますために、温泉に入りたいが、開店までまだ時間があった。坂宇場の少年や、舞った子ども(地区出身関係の子どもも舞う)の案内で、全然観光スポットでない場所に行った。「弘法山」と呼ばれるところで、雑木林の中にたくさんの祠があり、上には石碑があった。整備もされておらず、不思議な場所であった。


 開店を待って温泉に入浴。そして、帰路に就いた。雪が舞い始めた。




 








コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 東京のおじさんのうどん、そば | トップ | 東栄町下粟代地区・花祭り »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

日記」カテゴリの最新記事