なぞの旅人スーのブログ

鉄道、旅行、花祭り、その他日記にしたい事を書いていきます。実際の面識が無い方からのコメント、歓迎。荒らしや誹謗中傷は×。

小笠原・父島旅行 最終日、「おがさわら丸」乗船

2019-04-13 23:59:03 | 日記

 起きてまず、天気予報を確認。天気は良いけど、波浪注意報が出ていて、一昨日も波が出ていて「ウェザーステーション展望台」からクジラが見れなかったし、南島は海況によっては上陸できないというので、影響を心配した。
 朝食の後に宿代を払った。お土産にコーヒーの粉をくれた。小笠原の国産コーヒーである。僕はコーヒー飲まないので、両親に飲んでもらおう。

 再び宿に戻るのも面倒臭いし、港に送ってもらう時間がツアー終了後になりそうなので、「小笠原観光」に荷物を置かせてもらった。ツアー参加者の一部はシュノーケルのウェットスーツを着、水中メガネなどを持っていた。南の島に行く人で、シュノーケリングやダイビングをする人は多いと思うけど、僕は海に入らない。浜辺や深くないところで浮く位ならしたことあるが、潜ることができなかった。マイクロバスで船着き場に向かった。釣りの時にもう船は見ているけどね。


 事務所出発前には「最初に南島に行く」と言ってたけど、兄島海域公園が最初だった。






 ここでシュノーケリングが行なわれた。海に入らない人には食パンが渡された。海に投げ入れると、結構大きな魚が食べに来た。ということは、パンは餌になるってこと?(笑) このエリアは釣り禁止だそうである。


 水中レンズを借り、海の中を覗いた。


 ただ浮かんでいる人もいたし、シュノーケル初めてらしい人もいた。まあ、水が冷たいけど、道具レンタルして海入ればよかったなあ。
 兄島と父島の間の瀬戸を通り、島を一周していった。


 色々な景観の島肌や島、岩、浜を見ていった。


 象に見える岩。背中に植物が生えてるなあ。

 船は屋根の上にも乗れ、上がったけど、航行中海が荒れている状態が続いたので、下ろされた。
 残念ながら登れなかったハートロック。

 なかなかイルカやクジラは見えなかった。すると、なんか黒い突起物がフリフリしてた。マンボウの背びれとのこと。珍しいそうだから、スタッフも興奮してた。当然、ここでもシュノーケリングが行なわれた。なんか、背びれが手を振ってるみたいだった(笑)




 そして、絶対に行くべきと言われる南島へ。岩と岩との間を船がくぐるので、スタッフの指示でお客さんが両脇に分かれて位置取りし、船のバランスをとって無事すり抜けた。風向きが運良く影響ない方向だったのだろう。


 船首から大股で岩の上に造られた階段に飛び乗るので、脚に自信がない人は上陸しなかった。入り江には「ネムリブカ」というサメの黒い塊があった。


 絶景の扇池を俯瞰するために、足場の悪い坂道を登った。上陸はしたものの上に行くことを諦めた人は、自分達とは別のガイドさんと地上を散策しに行った。「小笠原観光」のスタッフが、すれ違った別の業者のガイドさんにマンボウが見れたことを自慢してたよ(笑) 登りきると、扇池やハートロックなどの眺めが超見事だった。






 陰陽池。汽水で、不思議と水が枯れることがないという。


 コンデジの方で、自分を入れて記念撮影をスタッフに頼んだ。
 下りて陰陽池に向かった。砂地にはヒロベソカタマイマイの化石がたくさん落ちていた。


 下の光景も素晴らしい。


 オナガミズナギドリの巣穴。


 陰陽池は鳥の休憩場所だという。


 希少な藻だという。


 扇池のそばにも行った。ボニンブルーとはどの様な青のことを言うのかスタッフに尋ねたら、沖合いの濃い青だそう。


 1時間ちょっと島にいれた。状況により30分位となる場合もあるそうなので、ラッキーだった。これでもう、思い出たっぷり♪
 ボートやカヤックでしか行けないジニービーチ、歩いて行けるけど困難なジョンビーチの前を通り過ぎた。


 戻る時間過ぎてもクジラを探してくれたけど、遠くにブロウを1回自分でも見ただけだった。近くじゃないので近寄らなかった。二見港に到着し、ツアーは終了した。
 「丸丈」で島寿司を受け取り、「小笠原観光」で預けていた荷物を受け取り、フェリー待合所に向かった。千円ちょっとだったので安いなあ。


 貨物船の「共勝丸」が入っていた。昔は定員超少ないながらも旅客扱いもあったそう。「おがさわら丸」よりもずっと所要時間が長い。

 待合所ですぐに乗船手続きをし、自分の乗船券の番号の台が乗船可となったらすぐ乗れる様、乗り場手前で放送を待った。素晴らしい思い出ができたから、奮発して予約していた二等席(二段ベッド)から一等室に変更したいのと、島民からの感動のお見送りがあるというので、それをデッキから見るためである。等級変更は船の受付に申し出なければならない。

 乗船可能の放送があったので乗船し、受付で等級変更を申し出た。すぐには手続きできず、予約表に名前を書いてもらい、後で確認、手続きしに来る様言われた。割り振られた二等席のベッドに荷物を起き、カメラとビデオカメラを持ってデッキに向かった。既にほぼ埋まっていた。下には別れの挨拶の光景や、船に乗った人に手を振る人がいた。年度替わり辺りで、入港時には歓迎の出迎え、出航時には別れを惜しみ、再会を願う見送りが、共に盛大に行なわれただろう。
 太鼓がいくつか用意された。来島への感謝と、航行安全と再会を願う太鼓の演奏をこれからする旨、話があった。そして、演奏を聴いた。両面打ちで、軽快かつ勇壮な演奏だった。

 出航時刻の3時となり、タラップが外され、船は離岸した。先月まではもう30分出航時刻が遅く、新しい船になってからまだそう経ってないので、なんで変えたのかね?島の人達の挨拶は「さようなら」ではなくて「いってらっしゃい」だった。まあ、宿のご主人や利用したツアー業者の人の姿も見当たらなかったので、「おじゃましました」と軽く手を振った。1つだけ太鼓が残され、演奏された。響きが良かった。「空港建設を」という幕があるけど、村行政としては建設推進の考えなんだ。自然に影響を与える可能性からなかなか実現できないみたいだけど、島民の生活のためにもできるだけ影響が出ない様に建設されればと思う。センター試験の時期に「おがさわら丸」のドックの時期が被り、受験生は本土に20泊以上しなければならないそうだけど、ドックの時期は閑散期ということでその時期が適当だろうし、ドックの時期を変える訳にもいかないだろう。



 見送りはこれだけではない。海のツアー業者などの船が待ち構えていて、「おがさわら丸」と並走した。


 逆立ちのパフォーマンス(笑)


 1艘ごとに停まり、「ありがとうございました」と言いながら人が海に飛び込んだ。


 自分がお世話になった「小笠原観光」の船が最後だった。大きく手を振って、お世話になった感謝の気持ちを表した。
 受付に行くと、等級変更の手続きが始まっていた。無事空室があった様。乗務員が部屋の割り当てで考え込んでたけど、何か考える様なことあるのかなあ?(汗) 差額と1人利用の割増料金を支払った。個室を1人で利用する場合、割増料金が発生する。
 荷物を変更前の席から持ってきて、変更後の部屋に向かった。カードキーで扉を開ける。


 テレビがあり、アメニティーもあった。2人部屋なのでアメニティーは2つあり、1つは記念で持ち帰った。


旅先で大抵Tシャツを買うけど、今回は行きの乗船中からおがさわら丸の50周年Tシャツ買うことに決めていた。

 せっかく高い部屋にしたのだから、ほとんど部屋から出なかった。夕焼けをちょっとだけ眺めた。


 テレビはBSが映り、地デジは東京湾内のみ視聴できるそう。「大岡越前」を放送してたので、それを観ながら島寿司を食べた。わさびでなくてからしが塗ってある。あっさりしていた。


 その後、展望ラウンジでカクテルを飲んだ。


 部屋に戻って撮った写真を見ていたら、バッテリーが切れた。もってくれて良かった。楽しかったことを思い出しながら、眠りについた。揺れが大きくて、体の感覚は気持ち悪かったけど(汗)

 

 



 





 




 

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