雑文の旅

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猫爺の掌編小説「魔窟の亡骸」   (原稿用紙15枚)

2015-10-02 | 掌編小説
   「お侍様、お待ちくだせぇ」
 三人の百姓衆に声をかけられた、まだ十代であろう侍、平手徹祥(ひらて てっしょう)は、武士とは言え生まれながらの浪人である。もとを辿れば歴とした武士であるが、主君が失態を犯し、身分剥奪のうえに追放され、家来共々浪々の身となった。後、腕の立つ先祖が武家のお抱え足軽となり、苗字帯刀を許された半武士、半町人の最下級の武士となった。その先祖も主家が貧窮したことから召し放たれ、以来、平手の祖先は浪人となり豪農の用心棒を兼ねた使用人に成り下がった。

   「なんだ、拙者に何用だ」
   「お侍さんの腕を見込んで、お願がございます」
 つい先ほど、お城下で五人のならず者に囲まれた町娘を助けたが、その様子を見ていたらしい。
   「どのような願だ」
   「村の女と子供の命を助けてくだせぇまし」
   「何者に命を狙われているのだ、先ほどのゴロツキか?」
   「いいえ、妖怪でございます」
 平手は旅を急ぐふりをして、その場をはなれようとした。
   「お願いでございます、どうぞ話だけでも聞いてやってくだせぇ」

 話はこうだ。この道から脇に逸れて、一里ばかり入った山道に、岩窟がある。その奥に魔物が棲み着いていて、毎月一人の女、子供を生贄(いけにえ)にさせるそうである。その魔物を退治して欲しいのだ。
   「村の者が持ち寄った金が、五両あります」
   「五両か」
 今の平手には、喉から手が出る程欲しい。五両もあれば、野宿をせずに済むうえ、美味い飯も食える。

平手徹祥は、三男である。親元に居てもこの先食っていける目途もなく、町へ出て剣の腕を生かそうと家を出たが、どこの城下でも働き口は見つからなかった。持って出た金も底をつき、諦めて国へ帰ろうとしていたのだ。
   「五両は村にご用意しております、如何なものでしょうか」
 先ほど娘を助けた際、「お礼をしたいのでわが屋敷までお出でくださいし」と、娘の乳母らしい付き人に誘われたのだが、綺麗な娘の前で、つい恰好を付けてしまった。
   「いや、礼を言われる程のことではござらぬ」
 平手は颯爽と娘の前から去り、後悔しながら歩いていたのだ。

   「わかった、引き受けよう、その岩窟に案内してくれ」
 
 村人は「一里ばかり」と言った筈であるが、もう二里近くも歩いている。しかも、道は二股に分かれていて、その細い方の道をとった。
 どんどんと道は細くなり、とうとう山道に差し掛かった。
   「一里ばかりと言ったが、一里はとうに歩いてきたぞ」
   「はい今は、その〈ばかり〉を歩いております」
   「うぬ等、拙者を謀りよったな」
   「もうすぐでございます、どうかご勘弁を」
 それでも、平手は五両がチラついて、我慢をして歩いた。

 岩窟は目前に迫ってきた。村人の話の通り、いかにも魔窟のようだ。だが、出入りをする穴が見当たらない。
   「横でございます」
 飛び出た岩の少し横にまわると、大人ひとりがやっと入れも位の隙間がある。
   「ここからはいるのか?」
   「はい、左様で…」
 平手は、剣を体に沿わせ、隙間から入ろうとすると、三人の村人は後ずさりして、平手に付いて入ろうとしなかった。
   「何だ、お前らは入らんのか、意気地なしが」
 中へ入ってみると、上に穴があり光が差し込んでいた。岩窟の奥に進むと、何やらゴロゴロと転がっている。目を凝らして見ると、人間の屍のようである。平手は驚いて飛び下がった。しかし、屍は女、子供ではない。屈強そうな武士ばかりで、いつの頃にここへ来たのであろうか、一向に腐敗が進んでいないようなのだ。平手は屍を避けながら、せめて魔物の正体を見届けようと奥に入ろうとした。
  「これ、若いの、奥へ行ってはいかん」
 驚いたことに、入り口から一番近い場所に転がっていた屍が喋っているようだが、声は聞こえない。平手の心に響いてくるのだ。
  「あなたは、どうしてここに?」
  「村人たちに騙されてきたのだ」
  「やはりそうですか、拙者も騙されているのではないかと思っていました」
  「悪いことは言わない、そなたは早くここから立ち去りなされ」
  「あなたは、まだ生きているのですね、拙者と共に逃れましょう」
  「いや、拙者は死んでおる、魂が屍の中に閉じ込められて、あの世とやらに行けないのだ、死んだときの苦しみを背負って、未来永劫ここに転がっているかも知れぬ」
  「魔物は、人の手で退治できないのですか?」
  「とても太刀打ちは出来ぬ、昔、この近くの村で百姓一揆があってのう、百人ばかりが決起してのじゃが、豪族が揃えた弓矢隊に全部殺されてしまったのじゃ、その百人の怨霊が集まって一つになり、その百倍の魔力を得た魔物になった、奴が怨むのは、武士だけだ」
  「百人の百倍で、千人力ですね」
  「そなたも武士であろうが、そんなところで呑気なことを言っていないで早く逃げなさい、魔物が目を覚ますぞ」
  「はい、わかりました、この場は逃げますが、きっと策を練って、あなたがたが天国へ行けるようにして差し上げます」
  「無駄なことはするな、そなたは少しでも遠くへ去ることだ」
 平手は、入ってきた隙間へ向かった。外へ出ると、三人の村人たちは消えていた。
  「糞っ、あの野郎ども、拙者を生贄にしやがって」
 平手は、憤りながら三人を追った。

  「あっ、お侍さん、ご無事でしたか」
  「ご無事でしたかではないわ、拙者を生贄にしておいて」
 平手に頼みごとをした、三人の村人の一人である。
  「すみません、あれは私が企んだことです、他の者には罪がありません」
  「だから? お前ひとりが拙者に斬られようというのか」
  「はい、どうぞご存分に…」
  「お前の命など、要らぬわ」
  「では、どのように詫びたらよいのでしょうか」
  「そんなことより、あの魔窟には、大勢の武士が犠牲になって転がされている、あの方々の魂を救ってやらねばならぬ」
  「ですが、私どももいろいろ策を練ったのですが、あの魔物には歯が立ちません」
  「とにかく、村長(むらおさ)のところへ案内しなさい」

 貧しい村であろう。村長の屋敷も荒れているうえ貧弱であった。
  「そなたがこの村の長か」
  「左様でございます」
  「罪のない旅の武士を、随分犠牲にしたものだ」
  「どうにも、仕方がなかったのでございます」
 村人が、手に農具を持って、平手を囲んだ。
  「この上、まだ犠牲者を増やそうと申すのか」
 村長は、手招きをして、囲んだ村人達を下がらせた。
  「村人が寄って、対策を練ろうとはしなかったのか?」
  「しましたとも、お上に申し出て、魔物退治をお願いしましたが、出かけて行った大勢が泡を食って逃げかえる始末、それ以来何度お願いしても無視されてしまいます」
  「不甲斐ないものだなぁ、それから?」
  「岩窟ごと爆薬で吹っ飛ばす計画を立てたのですが、豪雨が降って村を通り抜ける雷神川が氾濫し、爆薬どころか、近隣の村の衆ともども大勢の人や家屋が濁流にのまれてしまいました」
  「も早、人間には手の付けようのない魔物になっているようだなぁ」
  「はい、左様でございます」

 村長は、村全体でこの地を離れようかと考えたようだが、土地に縛られた農民のこと、行くあてなど何処にも無い。武士の犠牲のもと、細々と生き延びてきたのだという。
  「気の毒とは思うが、命を取られた罪なき武士も哀れだ」
 平手徹祥とても思案はない。だが、今夜一晩考えてみようと思った。
  「村長殿、拙者を今夜一晩この村で泊めてはくれぬか」
  「何も、おもてなしはできませんが、私の屋敷にお泊りください、貧しいながら寝床とお食事は用意いたしましょう」

 平手は、それでも精いっぱいのもてなしを受け、床に就いたが、魔物は生贄を待っていよう。夜中に村人たちが自分の手足を縛り、岩窟へ連れて行かれるかも知れぬと、警戒しながら夜を過ごした。
  「村長殿、よい思案が浮かんだ、手を貸してくれるか」
  「はい、それはもう、私どもの問題ですから、出来ることであれば、何なりと致します」

 平手徹祥の提案は、あの大きな岩を御神体とした神社を建てることだった。拝殿といっても、今はまだ粗末なものでよいから、岩の前に設える。岩には注連縄をかける。とりあえず岩窟前の草や灌木を刈り取り、広場にするのだ。いずれは、この山へ登る石段を組み、登り口には鳥居を建てる。
  「そんなことで、魔物は鎮まりましょうか」
  「魔物とて、もとは人間の魂の集まり、きっと誠意が伝わろう」

 押してだめなら、引くことだ。退治がだめなら、祀ることだ。これが平手徹祥の結論だった。平手は村長について行き、代官所に陳情した。訳を聞いた代官は、さしたる補助金は出せないが、宮大工や石工を手配しようと言ってくれた。岩窟の魔物には、代官も常々頭を痛めていたようだ。

 一ヵ月後、岩窟の正面に人が出入り出来る位の穴が開けられ、恐る恐る中の屍を外へ運びだしたが、屍は岩窟を出たとたんに白い砂になって大地に零れ落ちた。砂は全部集められて、岩窟の脇に埋められ、細やかな石の供養塔が建てられた。

 やがて、立派とは言えないものの、お社らしいものが出来上がった。その間、魔物は鎮まって、ことの次第を視ているようであった。
 その後、村は平穏無事を取り戻したが、神社には宮司が居なかった。町の神社から、月に一度神主(禰宜)に出張してもらい、お祓いを受けた。

  「それでは、拙者はこれで失する」
 出て行きかけた平手徹祥を、村長は引き留めた。
  「平手様、行くあてはおありですか?」
  「国へ帰ろうかと思うのだが、飛び出てきた手前きまりが悪いので、他のご城下で仕事を探してみようと思う」
  「それでしたら、どうか村へお留まりになって、あの神社の宮司さまになっていただけませんか」
  「拙者には、その資格がない」
  「町の神社の宮司さまにお願いして、平手様には神職のしきたりを学んでいただきます」
  「拙者に勤まるかな?」
  「町の神社は、ここからそう遠くはありません、わが屋敷から通いで学ぶことも出来ましょう、ゆっくりと階位を上って、やがて宮司様の資格を授かってください」

 宮司には、村長がお願いするという。
  「やってみようか」
 平手徹祥は、自分に出来そうもなければ、途中で辞めて町へ出て剣で身を立てようと、軽い気持ちで引き受けた。

 平手徹祥は、根が真面目であったので、すぐに神職の職務を把握くし、権禰宜(ごんねぎ)の職を頂戴した。やがて禰宜(ねぎ)へ、やがて宮司の推薦を得て宮司の職に就き、村の神社の宮司になった。
その頃は、拝殿までの石段や、鳥居も建っており、小さい神社であったが村の鎮守神と崇められ、近隣の村や町からも参拝者が増えていった。

 ある日、村長が自分の娘を連れてやってきた。平手は、せっせと社務に精をだしていたが、手を止めて村長のもとへ出てきた。
  「独り身では何かと不便でしょう」
  「まあそうだが、なにしろ小さいお社なので、何とか独りでやっておる」
  「宮司さん、わしの娘を貰ってくださらんか」
 村長の屋敷に住まわせてもらった頃に、さんざん世話になったお嘉代さんである。気心は知れているうえ、器量も良い。平手は二つ返事でお受けした。

  「宮司さんのお蔭で、村も栄えていることだ、神社の近くに二人の住いを建てよう」
 平手徹祥とお嘉代は、お互いに顔を見合わせて頬を赤く染めた。(終)


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