先日、ディズニー+に再入会して映画「ノマドランド」をもう一度見ました。4回目かな。
「ノマドランド」(クロエ・ジャオ監督作品 2021年アカデミー賞3部門受賞)
やっぱりいいのよねえ。何度でも見たくなる映画です。(2021年6月26日の記事参照)
前回はこの映画の基となった本『ノマド/漂流する高齢労働者たち』も読んで、
アメリカの底辺の労働者たちの厳しい実態と、それにもめげず孤高に生きるノマドたちの生きざまに感心し、
映画のほうは少し情緒的すぎるんじゃないの、と思ったのですが、
今回4度目にして、クロエ・ジャオ監督は、
主人公ファーンの喪失と再生というテーマを描いたのだと納得がいきました。
喪失と再生といえば「ドライブ・マイ・カー」がそうだと言われていますね。
でも、「ノマドランド」のほうが圧倒的に優れていると私は思います。
なぜなら、この映画は、人間はなぜこの荒野のような世界に放り出されて生きていかなくてはいけないのか、という根源的な問いかけをしているからです。
そして、人間の尊厳を取り戻す作業を徹底的に描いているからです。
それはハンパじゃない仕事なのだと教えてくれます。
だからこそ、荒野を走る車をカメラが追い、その向こうには雪をいただく山々が連なりそびえているのですね。
一見して茫漠たる荒れ地のようにも見えるけれど、景色はどこまでも美しい。
なぜなら、その先に自由と解放が待っているから。
何しろ、ファーンが夫と共に住んでいた企業城下町の名前が「エンパイア」なのです。
アメリカそのもの。
そのエンパイアは、2008年のリーマンショックのあおりを受けて企業が倒産し、町そのものが消滅するという悲劇に見舞われます。
ファーンは職業も住む家も最愛の夫も失くし、天涯孤独の身となって、キャンピングカーでアメリカを放浪する「ノマド」の生活を始めます。
ノマドたちの集会で知り合った多くの人たちに助けられながら、少しずつ喪失の痛みから回復し、自由を獲得していく、その過程を描いたのがこの映画です。
これを見ていると、私自身の奥底に潜むノマド性が揺さぶられ、目覚め始める気がします。
ああ、私もどこかに行かなくちゃ、と。
前回もお片付けの途中でしたが、
「ちまちました我家のモノなんてぜーんぶ捨てちまってもいいよねえ。」と書いています。
あれから1年近くが経ちましたが、まだ何も捨ててない。
それどころか、ノマドとは程遠い些末なトラブル続きで溺死寸前でした。
ようやく自分を引き上げ、やれやれとひと息ついているところです。
これもまた人生。
いいことも悪いこともある。
でも、総じていい方向に向かっている、
と信じて、もう少し生きてみようかと思っています。
ディズニー+には面白そうな映画が目白押しで、
私のような庶民にふんだんに「サーカス」を提供してくれていますねえ。
Netflixでは待望の「ベター・コール・ソウル」のシーズン6も始まったし。
GWは映画ドラマ三昧といきますか。