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宮本百合子 1951年1月11日 その2(日本死人名辞典)

2010-03-17 | 若者的字引
「ありがとう」
他に何を言っていいのかよくわからなかった。思いつかなかった。身体の底からでた言葉だった。
別に伝わらなくてもかまわなかった。百合子はただ、感謝の気持ちをあらわさないと気が済まない性格だった。
「別にかまわんよ」
鎧を身にまとった免疫系は応える。ビビる百合子。通じるんや、と戦く。面と向かってありがとう、なんて自分の免疫に対していう人なんて、きっとまれだろうし、変な奴だと思われたら嫌だなと感じて、黙ってしまう。
「どうぞ、さらに感謝の気持ちを表現しても大丈夫だよ」
免疫系はタキシードを着た紳士のように、百合子を包み込みながら促す。
「言葉が通じるなんて信じられません」
「通じるに決まってるじゃないか、同じ身体の中のことなんだから、通じない方がおかしい」
「いわれてみればそうですね、でも」
「でも、じゃない。意志が通じるこれでいいじゃないか、何の困ることがあるというのだ」
「困ることは思いつきませんけど、おかしいじゃないですか」
「なんらおかしいことはない。ああ、申し遅れました、免疫系代表、西島ですどうぞよろしく」
「よろしくお願いします。いつもお世話になってます西島さん」
「いいや気になさらず、いつも通りいつも通り」
「はいわかりました、でも西島さん大変でしょう?あんな悪そうな河童と毎日毎日」
「河童じゃありません、限りなく河童に近いブルーですよ。実際あいつらも悪い奴じゃないんだ、いわゆるなんていうか見解の相違?」
「話し合いで解決できる程度の?」
「できんこともないだろうね、まあ我々はそんなことしないがね」
「はあ」
「むこうから頭下げてくるならそれにのらないでもないが、我々にはプライドがある、それがどんなにちっぽけでつまらんものでも」
「立派なことですねご自身を曲げないって」
「あなた、なに言ってるんです、曲げてしまえばあなた死にますよ」
「あ、そいうこと?」
「そいうこと」
「なるほど、では曲げれませんね」
「その通り」
疲れた百合子は眠気に負けていつのまにか眠り込んでしまう。


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