リッスン・トゥ・ハー

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井上靖 1991年1月29日 その(日本死人名辞典)

2010-08-30 | 若者的字引
靖が5時間にも及ぶ手術中になにを見たのか、彼がなくなった今となっては誰もわからない。

手術後の彼は人が変わったようだった。
実際変わっていたのかもしれない。手術によって、総入れ替えが実行された。脳以外、すべてを入れ替える。顔もよく似たものをつれてきて、脳死状態にし、入れ替えた。そんなことが可能なのか。検証はできない。誰も実行すらできない。

しかしそれを想像してしまうほど、靖は変わった。

以前よりもおとなしくなった。以前であれば、朝食に納豆がないだけで激情した。納豆は基本だろう、と彼は叫んで、妻ふみの髪を引きちぎっていた。誰も彼を止めることはできなかった。まるで暴走列車だった。それが手術後は仏のように穏やかに、くるものすべてを、諦めなさい、と諭した。
諭せばすべてわかるさ、皆兄弟なのだから、としかし納豆を食べた。

それから彼は音楽を聞くようになった。
いぜんには音楽など聞いてやるかと、突っ張っていたのに、喜んで聴くようになった。これさえあれば俺はなにもいらないとさえ言う。あきらかにおかしい。

靖に何があったのか、我々は想像するしかない。


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