夏木広介の日本語ワールド

駄目な日本語を斬る。いい加減な発言も斬る。文化、科学、芸能、政治、暮しと、目にした物は何でも。文句は過激なくらいがいい。

1票の価値は車1台分

2009年07月25日 | 言葉
 23日の東京新聞の一面トップに面白い記事が載った。2面、3面とも連動する記事で、その大見出しがこのブログのタイトルにした「1票の価値=車1台買う気持ちで」である。
 その計算の根拠は、
国家予算=80兆円。その4年分=320兆円。それを有権者数1億人で割ると、320万円になる。つまり、車1台分になる。
 選挙で勝った政党の政策の重要ポイントは「税金の使い道」だからである。
 ただし、車の方がいいから、俺は投票は遠慮するよ、と言う訳には行かない。しかしそれだけの重みが1票にあるとは思いもしなかった。多分、政治家の方(これは「ほう」と読みます。念のため)もそれだけの重みを感じてなどいないだろう。ただ、権力を握って甘い汁を吸っている連中には分かっているはずだ。1票=車1台にはならないが。

 新聞は自民党の継続か民主党による変化か、としか見ていないから、両党の主な政策が表になって分かり易く掲げられている。そうした点では参考になるのだが、まあ、私としてはどちらにも大きな期待は寄せていないから、あまり参考にはならない。そして冒頭からある「マニフェスト」の言葉にがっくり来て、記事のその続きを読む気がなくなった。
 新聞もテレビも誰も彼もが「マニフェスト」の一点張り。「マニフェスト」って一体どんな意味なんだ? 4冊のいつも使っている小型国語辞典を引いたら、2冊にしか載っていない。そしてその意味は「宣言。宣言書」で、全く同じ。単にそれだけの意味しか無い。
 参考までに英語の辞書を引いたら、当然に想定する綴りでは形容詞「明らかな」とか、動詞「明らかにする」しか無い。1冊には最後に名詞として「飛行機の積荷目録、乗客名簿」としか無い。何だ何だこれは。
 そして次の次にようやく見付けた。それはmanifesto。発音はマニフェストウで、明らかに英語としても外来語である。tomato、トメイトウと同じだ。
 1冊の辞書では「宣言。声明。宣言書。声明文」である。
 もう1冊では「(政府、政党などの出す)声明(書)、宣言(書)」である。
 国語辞典とほぼ同じだ。

 私はずっと「政権公約」だとばかり思っていた。「公約」その物が「政府・政党など」がとの前提であれば、「政権」は無くても、単に「公約」でも良い。辞書の説明は、
・公約=政府・政党など、公の立場にある者が選挙などの際に世間一般の人に対して、約束すること。また、その約束。[実行を伴わないことも多い]
 上記の説明はユニークさを看板にしている『明解国語辞典』の説明。普通はこの説明の前半だけだ。
 英語の意味にも「公の」は無いが、政府や政党が出すのだから「公の約束」である事は間違いない。

 それなのに、どの辞書も日本語、英語もどちらにも明確な「公の約束」の意味が存在しない。
 そうなのだ。「マニフェスト」には「公の約束」などの意味は存在しないのである。単に「党の方針」に過ぎない。別に一般の人々に対して「公約」した訳ではないから、実現しなくても、実行しなくても一向に構わないのである。
 その実態が分かっているからこそ、マスコミは揃いも揃って「マニフェスト」なる言葉を使うのである。と私は思っている。
 ただ、同じ同日の東京新聞の社説には、政権公約(マニフェスト)、とある。その見出しは「マニフェスト最優先だ」である。何を今更。そんな事、当ったり前じゃないか。政権公約無しに、どうやって投票が出来ると言うのか。それに「政権公約(マニフェスト)」なる言葉は1面トップの記事にこそ有るべきなのである。

 私は大の外国語好きである。高校の時にイタリア語が好きになって、それは大好きな女優がイタリア人だったからでもあるのだが、独学で学んだ。通っていた高校では第二外国語が選択出来て、そこにはフランス語、ドイツ語、中国語しか無かったから、フランス語を取った。外から招かれた講師はシャンソンを聴かせてくれたりして、生きたフランス語が学べた。ラジオの講座も役に立った。だからイタリア語よりはフランス語の方がよく分かる。大学ではドイツ語を取った。と言ってもいずれもほんの初歩の初歩に過ぎないが。
 それでも、外来語は分からない。つまりカタカナ語は分からない。つい最近まで、トラウマが分からなかった。ハイブリッドも分からなかった。そうした人間は絶対に多数派だと思う。たとえ分かっているにしても、ニュアンスまでは分からない。
 そこへ持って来て、マニフェストである。明確な理解が無い事をもっけの幸いと、マニフェストの一点張りである。因みに「一点張り」とは、ばくち用語で一カ所にだけ賭ける事を言う。まさにマニフェストは「ばくち」なのである。
 騙されてはいけない。選挙民には「政権公約」のような顔をして、その実、単なる「口約」に終わる公算が強い。あるいは簡単にはがせる「膏薬」か。因みに、ユニークな国語辞典では「口約」には「口で約束すること。またその約束」としか無い。こちらにも「実行を伴わないことも多い」の説明が要るのでは、と思う。本当はこちらの方こそ「実行を伴わない」のだが、「公約」にその説明を譲った所が、同書のユニークさの真骨頂なのかも知れない。
 我々は何度も何度も煮え湯を飲まされて来た。小泉の騙しだって、つい最近の事だ。だから今度こそ、「学習」の成果を発揮して見せるぞ。