プロポーズ小作戦103
2021年2月10日
それはジノが言ったからですか
言わなければ良かったと思うことがある。一生の悔いになる言葉がある。
だがたいていの場合、そういう言葉は言わずに終わることはできないものだ。
ある程度の年齢になるとそれがわかってくる。
若かった。言った方も若く、言われた方はさらに若く。
どちらもそういう言葉をどう処理していいか知らなかった。
ニコバル諸島での紛争未満が一応の決着を見た後、星刻は洛陽に戻った。公館に戻るとすぐ老齢の元女官の訪問を受けた。天子が会いたがっているという。
奇妙な話である。内容がでは無く伝達方法が。もし私的に早く会いたいなら直通電話を使えばいい。公的なら専用回線なり、公式な使者なりを使うべきだ。
もちろん会いたいという内容に異存があるわけではない。状況さえ許せば星刻は一日中でも天子の傍にいたいのだから。
ただ、天子の意思によっては公的訪問か私的訪問か区別せねばならない。
引退した元女官、公とも私ともいえない使者。
どう判断すべきか?
結局星刻は公的訪問を選んだ。どちらにしても帰還報告をせねばならない。
高級文管や女官達がずらりと並ぶ中で10メートルの距離を離して膝をつく。
現在この国で星刻が膝を屈するのは天子ただ一人。
数年前は大きな椅子の上にちょこんと置かれたアンティークドールであった天子だが、最近は身長も伸びたしそれなりの自覚もできたゆえか威厳らしきものを感じさせるようになった。
(ここまで来た)
ふいにそんな言葉が星刻の胸を満たす。
幼い天子に救われ、星達の立会のもとで誓いを立てた。あの日々からもう10年。あの頃の愛らしさけがれ無さはそのままにたとえようもなく美しくご成長された。
(もう少しです。もう少しで安全で平和な国を天子様に)
膝をつきうつむく星刻に天子が言葉をかける。
この報告は形式的な言葉をやり取りするだけである。
いずれはこれも改善するべきだが現状はまだそういう方面まで手が回らない。
なにしろ、あの悪逆皇帝に新生中華の中核となるはずだった1000人にも及ぶ文人を瞬殺されてしまったからだ。
星刻としては自分一人が助かるよりも、あの同士1000人が生きていてくれた方がよほど中華のためになったのにと、かの悪逆皇帝に苦情を呈したいほどである。
形式的な報告を終え控室に戻るとまた天子からの使者が来た。
下人時代は天子様の御用という一言で簡単に奥の宮に入れたのに、階級が上がった今では逆に不自由になった。
使者に導かれようやく中の宮の一室に入る。そこは偶然ながら天子がジノとお勉強していた部屋であった。
後になって思えば場所が悪かったのかもしれない。
「天子様」
星刻は無意識に(天子様専用の)この上なく優しい表情になる。
いつもなら天子はその星刻に飛びついてくる。あのちょっと巻き舌の丸い発音で「しんくー」と呼んで。
その手ごたえが少しずつ重くなって最近では柔らかくなって、星刻の至福の時間となっている。
しかし、今日は違った。
「星刻」
天子の声が固い。いつもの蕾がほころぶような微笑みがない。
(何者が天子様のお心を傷つけたのだ?!)
星刻の手は無意識に剣を探す。
そんなやからは私が処分する。
処分すべき対象が自分であることに星刻は気がつかない。
「星刻」
「はい、天子様」
固い声と優しい声が交差する。
天子は大きく深呼吸する。
それを慈父の表情で星刻は見ている。
「星刻」
「はい、天子様」
ようやく想いを決めたのか天子が声に力を込めた。
「どうして殺してしまったの。あの人たちは悪い人たちとは違うのに」
2021年2月10日
それはジノが言ったからですか
言わなければ良かったと思うことがある。一生の悔いになる言葉がある。
だがたいていの場合、そういう言葉は言わずに終わることはできないものだ。
ある程度の年齢になるとそれがわかってくる。
若かった。言った方も若く、言われた方はさらに若く。
どちらもそういう言葉をどう処理していいか知らなかった。
ニコバル諸島での紛争未満が一応の決着を見た後、星刻は洛陽に戻った。公館に戻るとすぐ老齢の元女官の訪問を受けた。天子が会いたがっているという。
奇妙な話である。内容がでは無く伝達方法が。もし私的に早く会いたいなら直通電話を使えばいい。公的なら専用回線なり、公式な使者なりを使うべきだ。
もちろん会いたいという内容に異存があるわけではない。状況さえ許せば星刻は一日中でも天子の傍にいたいのだから。
ただ、天子の意思によっては公的訪問か私的訪問か区別せねばならない。
引退した元女官、公とも私ともいえない使者。
どう判断すべきか?
結局星刻は公的訪問を選んだ。どちらにしても帰還報告をせねばならない。
高級文管や女官達がずらりと並ぶ中で10メートルの距離を離して膝をつく。
現在この国で星刻が膝を屈するのは天子ただ一人。
数年前は大きな椅子の上にちょこんと置かれたアンティークドールであった天子だが、最近は身長も伸びたしそれなりの自覚もできたゆえか威厳らしきものを感じさせるようになった。
(ここまで来た)
ふいにそんな言葉が星刻の胸を満たす。
幼い天子に救われ、星達の立会のもとで誓いを立てた。あの日々からもう10年。あの頃の愛らしさけがれ無さはそのままにたとえようもなく美しくご成長された。
(もう少しです。もう少しで安全で平和な国を天子様に)
膝をつきうつむく星刻に天子が言葉をかける。
この報告は形式的な言葉をやり取りするだけである。
いずれはこれも改善するべきだが現状はまだそういう方面まで手が回らない。
なにしろ、あの悪逆皇帝に新生中華の中核となるはずだった1000人にも及ぶ文人を瞬殺されてしまったからだ。
星刻としては自分一人が助かるよりも、あの同士1000人が生きていてくれた方がよほど中華のためになったのにと、かの悪逆皇帝に苦情を呈したいほどである。
形式的な報告を終え控室に戻るとまた天子からの使者が来た。
下人時代は天子様の御用という一言で簡単に奥の宮に入れたのに、階級が上がった今では逆に不自由になった。
使者に導かれようやく中の宮の一室に入る。そこは偶然ながら天子がジノとお勉強していた部屋であった。
後になって思えば場所が悪かったのかもしれない。
「天子様」
星刻は無意識に(天子様専用の)この上なく優しい表情になる。
いつもなら天子はその星刻に飛びついてくる。あのちょっと巻き舌の丸い発音で「しんくー」と呼んで。
その手ごたえが少しずつ重くなって最近では柔らかくなって、星刻の至福の時間となっている。
しかし、今日は違った。
「星刻」
天子の声が固い。いつもの蕾がほころぶような微笑みがない。
(何者が天子様のお心を傷つけたのだ?!)
星刻の手は無意識に剣を探す。
そんなやからは私が処分する。
処分すべき対象が自分であることに星刻は気がつかない。
「星刻」
「はい、天子様」
固い声と優しい声が交差する。
天子は大きく深呼吸する。
それを慈父の表情で星刻は見ている。
「星刻」
「はい、天子様」
ようやく想いを決めたのか天子が声に力を込めた。
「どうして殺してしまったの。あの人たちは悪い人たちとは違うのに」