瞑想と精神世界

瞑想や精神世界を中心とする覚書

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ゆる体操など

2005年09月30日 | 瞑想日記
◆一日断食
勤務日だったが、今日一日断食を行う。今週は忙しかったが調子はよい。この数日、睡眠時間も少なかったが、今朝は快適な気分だった。昨日3回に分けて大量に便が出たことも関係があるだろう。もちろん、頭痛はまったくなし。夕方、多少は空腹感があるが、日常の活動にまったく問題はない。

今朝、出勤前に20分の瞑想。帰宅後20分の瞑想。食事をしない分だけ、瞑想に時間を使える。

◆ゆる体操
高岡英夫氏は、「ゆする、ゆれる、ゆるむということを意識して、ゆすり方や気持ちの持ち方を工夫していくと、ゆする、ゆれる、ゆるむが、ぐるぐるとサイクル状になって回っていく。お互いに次々に影響し合い、らせん階段を上っていくようにどんどんいい状態になって、各パーツの連結が解放されていく」というが、これはある程度実感として分かる。「各パーツの連結が解放されていく」感じはまだ分からないが、ゆるみがらせん状に進んでいく感じはする。寝ゆるにしても、立ちゆるにしても、始めた頃よりはるかに軽く楽にできるのだ。それによって、からだが以前より少しはゆるんだことが実感できる。

もうひとつ感じるのは、同じ運動量を歩くよりもゆする方が、体の芯の方がゆるみながらゆすられる、つまり、表面の筋肉よりも、もっと内側がゆるみながら動くので、芯の方から血流がよくなる感じだ。リラックス感も深い。

◆覚醒の本
読書日誌にも書いたが、サトリジャパン研究所というところがダニエル・ミルズ&三国ますみ氏の著者の新刊書『パワー・オブ・ナウ「今・ここ」という悟り方』を送ってくれたので、この本を読む前に、以前買ったままで読んでいなかった、同著者の『あなたもきっと「悟れる」』(BABジャパン、2003年)を読んだ。かなり刺激を受けた。2冊の本のレビューは、読書日誌に何回かで書いていく予定。覚醒について非常に具体的に書かれているのもいい。
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頭痛

2005年09月25日 | 瞑想日記
◆頭痛
昨日一日断食。今朝の体重は57.0キロ。今日はやはり昼に復食のおかゆと里芋二つ。しかし、今回は若干の異変があった。昨日午後3時ごろから少し頭痛があった。週末一日断食を始めた頃、やはり何回かごく軽い頭痛が出たことがある。今回もまた同じかと思った。ところが、夜10時ごろにはかなりひどくなったので、少し寝ることにした。12時すぎに一度起きたが、痛みは変わらなかった。それで結局今朝まで寝た。8時間たっぷり睡眠をとったので治るかと思ったら、朝もまだ軽い頭痛があった。座禅をし、しばらくすると完全に治ったが。

昨日、明け方タオルを剥いで少し寝冷えをしたかもしれない。それで少しだけ調子が悪かった感じはある。しかし、近年、私の体はかなり丈夫になっていて、ここ数年風邪をひいた記憶もないし、少々の寝冷えで頭痛ということもなかった。とすると考えられるのは、体調が少し悪かったことと断食が重なって、ということか。

もうひとつの可能性はゆる体操だ。ゆる体操をする上での注意にオーバートレーニングで「頭が重くなったり、かえって肩や首がこるなどの体調の変化がある場合」もあるとのこと。昨日は、テレビを見たりしながら、合わせると1時間ぐらいやっていた。しかし、軽く肩から腰を揺らしていた程度だから、これが頭痛に結びついたとは考えにくい。近日中に同程度のトレーニングをすれば、揺る体操が原因か動か野の結論は、すぐ出るだろう。

◆稀勢里―琴欧州戦
ゆる体操をしながら大相撲を観戦。最後の仕切りのとき、稀勢里の筋肉、(腹のあたりも?)、ブルンブルン揺れていた。闘志は漲っているけれど、からだはゆるんでいるなと思った。一方、琴欧州はコチコチの感じ。これはまけるぞ、と思うまもなく、押し出しで琴欧州が破れてしまった。それにしも、若干19歳の稀勢里の活躍は、あのからだのゆるみにあるのかも知れない。
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瞑想合宿レポート12

2005年09月24日 | 瞑想合宿レポート
◆慈悲の波動
9日目のダンマトークが終わったあと、私の体は心地よいバイブレーションに包まれていた。心も深く静まっていた。それが、地橋先生のダンマトークから伝わってきたことは明らかだった。最初は、ダンマトークの内容が私の心に響いてきたのだと思ったが、後から振り返るとどうもそれだけではなさそうだった。ともあれ、この波動に包まれて瞑想をすれば、きっと素晴らしい瞑想になるに違いないと期待した。他の人々が去ったあと、私は一人、同じ部屋に残って座禅した。

10分、20分と過ぎた。心は静まっているし、体全体がバイブレーションに包まれていたが、何か物足りなかった。30分ほどで切り上げ、1階の部屋に移動した。そこでまた座禅をした。同じようにいい感じで心身が深く静まっていた。しかし、やはり「成果」はない。ここも30分ほどで切り上げた。再び2階に戻って座禅したが、また期待は裏切られた。「やはりダメか」と思った。

私はあきらめて3階に行き、歩行瞑想をはじめた。窓辺まで歩んで行ったとき、ふいに何かを感じた。あのダンマトーク全体を貫いて流れ、そして私にまで響いてきたものの性質が確実にわかった。それは「慈悲」の波動だった。地橋先生から、あるいは地橋先生を通して何ものかから伝わってくる「慈悲」の波動だった。それがふいに感じられた。その瞬間、眼から涙が流れ落ちていた。顔がくしゃくしゃになった。私は、あわてて1階に降りた。

それは、確かに地橋先生からくるのだが、同時に地橋先生を超えていた。生身の人間の我執によって汚されていない透明な波動のように感じた。そのようなものが確実な存在感をもって伝わってくるということに軽い驚きがあった。

ダンマトークのあと心地よいバイブレーションに包まれたとき、私は「これに包まれて座禅したら、今回の合宿の成果が得られるかもしれない」と期待した。「これを使って得るべきものを得てやる」と狙った。しかし、それはお門違いというものだった。伝わってくる波動の本質をまったく捉え損ねていたのだ。それは、自我の期待や狙いで利用すべきものではなかった。何度か座禅をして、期待や狙いが落ちていったときに、やっとその意味が心に響いてきたのだ。
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瞑想合宿レポート11(後半訂正)

2005年09月24日 | 瞑想合宿レポート
(以下は、9月11日付けの訂正に基づいて、瞑想合宿レポート11の後半を書きなおしたもの)

その日(8日目)の夜、私はまだ「今回の合宿は何の気づきも洞察もないのか」という思いにとらわれていた。前回の合宿のイメージにとらわれて、それと比較して今回は気づきを深めるイメージの展開は何もないとあせっていた。そして「いや、まだまだこれからだ。これから必ず自分が得るべきものを得るぞ」と心に誓ったりしたのである。

その時、一方で私は気づいた。合宿に出発する日の明け方に見た夢のメッセージはこれだったのかと。瞑想合宿への参加を遅らせてでも自分の使命を果たすという夢。内面に向かう道としての瞑想と外的な世界での奉仕、あるいはクーサラ。結局私は、ここに帰ってきたのだ。家族ななかで、人間関係のなかでこそ徹底的に捨てて行く道へと。

合宿に向かう中央線の電車のなかで感じていた、何かをやりのこしているような、こんなことをしていていいのかというような漠然とした不安。それもまた、こうした展開の前兆だったのかもしれない。

今回の合宿全体が、この夢をめぐって、この夢の意味を深く洞察する方向へと展開しているのか。
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いくつかのこと

2005年09月23日 | 普通の日記
◆合同慰霊祭
千葉県のY霊園にて合同慰霊祭があり、出かける。母はクリスチャンだったので、こういう形での「墓前礼拝」が年に二回ある。駅から緑の多い霊園の中をサティしながら会場まで15分ほど歩く。弟夫婦も参加する。終了後、弟夫婦と食事をし、入院している父の今後のことなどを話す。

父は、今年4月にできたばかりのYリハビリテーション・センターに入院している。大きな施設ではないが、窓が大きく開放的で内部はゆったりとした作りだ。スタッフも熱心で、リハビリはある程度順調に進んでいる。退院後のための家の改造、介護形態の検討など、詰めていかなければならないことは多い。ケアマネージャーの方も熱心で、助かる。

◆合宿レポートのこと
瞑想合宿レポートは、あと2・3回で終わりになると思う。明日には次を載せたい。今回は、ずいぶんとゆっくりのペースになったが、書きにくい部分があったり、どこを強調し、どこを省略し、どんな順序でまとめて行くか、ゆっくり煮詰めながら書き進める必要があった。書いている途中で感想やご質問をいただいたことを、残りを書くのに活かせるかもしれない。

◆ゆる体操
夕方、テレビを見ながらゆる体操をした。30分くらいだろうか。やはり前よりも軽くやすやすとゆらすことができる感じだ。こんなところで、少しは体がゆるんだ実感がつかめる。高岡英夫の『人生、ゆるむが勝ち』という本を読む。ゆる体操の、人生への応用編といったところか。これから、エポケーにレビューを書くつもり。今日、この本を読むことに決めたのは、談話室(掲示板)でのすっとこさんの発言に刺激を受けたからだ。

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