瞑想と精神世界

瞑想や精神世界を中心とする覚書

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命の核

2012年06月12日 | 瞑想日記
最近、ほとんどこのブログを更新しなくなっているが、元気でやっている。今、関心が日本の歴史や文化に向いていて、その関係での文章は多く書いており、できれば一年以内に何らかの形でまとめたいと思っている。

瞑想はここ数カ月、ほどんど行っていない。しかし、誰にとっても毎日の生活しているということ自体が、生きるということへの問いであり、私の中でもその問いは、日々深まっていく。人として生きている以上、私の中に、そしてあらゆる人々の中に、苦しみや悲しみの核がある。それはもっとも深いところでは、人の命に限りがあるというところから来る。しかしその核は、いつか弾け散って夢のように消える運命にあるのだろう。

苦しみや悲しみの核は、これまで何度も繰り返されてきた命と、これから何度も繰り返されていくであろう命に、何らかの仕方で連なっている。

苦しみと悲しみは、時間と空間を貫いて存在する。しかりその事実が、いまここでの私の苦しみと悲しみを相対化する。誰にでも苦しみや悲しみの核があり、繰り返される命の中に苦しみや悲しみの核がある。それは、命そのものの核であるからだ。そして、その核は弾けるのを待っている。

瞑想もすこしずつ復活しよう。こうして書くことも少しずつ復活しよう。そして断食も少しずつ復活させたい。
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