瞑想と精神世界

瞑想や精神世界を中心とする覚書

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リハビリと回復

2013年07月30日 | 瞑想日記
6月30日に脳梗塞で入院、7月16日にリハビリ専門病院に移った。発症してちょうど一か月、専門病院に移って2週間が過ぎた。リハビリは順調に進んでいる。左手の機能はほぼ9割は戻っているだろう。日常の動作には何の問題もないが、力はまだ、発症前の8割程度しか出ないと感じている。

歩行も、急速にもとに戻りつつある。4・5日前は、300メートルほど歩くと、左足が十分に使えない分、右足に負担が来て足の付け根が痛んだが、今は左足もだいぶしっかりして来て、軽く3キロは歩けるようになった。しかしまだ敏速な動きや複雑な動きは難しく、まして走ることはできない。それでもこの調子で回復して行けば、9月から職場に復帰できるのは、ほぼ確実だろう。

リハビリは、かなり体力を使う。椅子に座った姿勢から立ち上がって、また座る動作を繰り返す「立ち上がり」運動を、自主トレも含め、一日300回。四つん這いの状態で右手、左足を水平に10秒ほど保ち、挙げる手足を交互に変える「体側バランス」も、20分から30分行う。この他にも手足の様々な筋トレ的な運動を行うので、かなりエネルギーを使う。一日1400キロカロリーの食事でこれを続けているから、2週間で3キロほど体重が減った。たぶん、退院時の8月8日ごろには、発症前と比べ6キロほどの減量となるだろう。

体重が減ったせいか、この2・3日、体がかなり爽快である。これまでの日常の中では、これだけの食事制限とトレーニングを行うことは、意志の弱い私にはとてもできなかった。しかし、脳梗塞という病気を与えられ、病院でのリハビリ生活という環境を与えられて、これまでの食生活の間違いを、自分の体で学ばされた。体のこの快調さを保つことを忘れてはならない。この爽快感を忘れなければ、再び過去の食生活に戻ることはないだろう。

トレーニングの合間にゆる体操と気功のスワイショウは行っているが、瞑想はほとんど行っていない。今後、瞑想の時間も徐々に取っていこうと思う。

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感謝すればするほど

2013年07月24日 | 瞑想日記
7月20日(土)から21日(日)にかけて、入院先から自宅に外泊した。電車を利用して帰ったが、10分ほどの徒歩が思ったより足に負担になったこと以外は、大きな問題はなかった。家での生活も風呂やトイレも含め、注意してゆっくり行えば自分ひとりで行うことができた。

問題は、食生活の管理かもしれない。乗り換え駅の構内の飲食店からいい匂いがしてくると、病院では感じなかった空腹感を感じた。病院内では一日1400キロカロリーの減塩の食事になれてしまい、ほとんど空腹を感じなかったが、俗世間にはあまりに誘惑が多い。自宅にも菓子類やらなにやらがやたらに目につく。さっそく小さなクッキーを二つ食べてしまった。しかしそれ以外は、かろうじて小食を守ることができた。

すでに何回が触れたが、今回の私の脳梗塞はいくつもの幸運が重なって、いろいろな意味で深刻な事態に陥らずに済んでいる。これらがすべて偶然だったとは思えないのだ。

まず看護師だった妻のおかげで発見が比較的早く、発症の翌日には入院することができたこと、そのため麻痺が軽かったこと。さらに、発症、入院が時期的に絶妙なタイミングだったので、職場への迷惑が最小限で済んだことなどだ。発症が期末試験の直前だったので、授業は、一日2時間分しか穴をあけずに済み、期末試験の問題作成も採点も、その後の成績処理もほどんと病院で自分でできたのである。その後は夏休みに入るので、「再任用」という身軽な立場の私は心置きなくリハビリに励むことができる。しかも8月31日まで病欠という診断書がで、2学期からは職場に復帰できそうなので、この点でも職場に迷惑をかけず、私自身、任期いっぱい仕事を続けていこことが可能なことだ。

長男が、時間の自由がきくため、試験問題の受け取りや、採点の終わった試験問題の持参に学校まで行ってくれたのも幸いだったし、次男が理学療法を学ぶ学生で、マッサージをしてくれたり、リハビリについての助言をしてくれるのも大きい。

しかも、二度目の脳梗塞がこれだけ軽かったこと自体がかなり幸運で、私は三度目を起こさないように生活の質を変えていかざるを得ない。それ故これは、「生活の質を変える」ように何者かに仕向けられたとしか思えない。生活の質を変えるとは、心と体の浄化を第一に考える生活ということである。もともと私にとって、心の成長、魂の浄化こそが生きることの意味であり、人生の目標だった。最近、その道を踏み外していたのを、「もう一度だけチャンスをやるから、しっかりせよ」と最後の機会を与えられたのだと思っている。

もちろん、これらすべてを「単なる偶然だよ」という人もいるだろう。しかし、私にとっては「何者かがこうしてくださった」としか思えない。また、そう思うことが、自分自身の生き方を変える力になる。そう信じることによって生じるプラスのエネルギーは計り知れない。

だから、こういう事態が起こったということに「ありがとうございます」という感謝の言葉しかでてこない。そして、そう思えば思うほど、様々な誘惑に耐えて自分の生活をコントロールしていこうと強く思うのだ。

自宅に戻り、日常の生活が始まっても、生活のコントロールは続けていくことが出来るだろう。そうしなければ、三度目の脳梗塞の危険がありうるし、何よりも「もう一度あたえられたチャンス」を活かせないことになるからだ。感謝の気持ちは、実行することで示さなければならない。
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これからの生き方

2013年07月19日 | 瞑想日記
今日、主治医との面談があった。脳梗塞に加え、脂肪肝になっていることは前の病院でも指摘されたが、加えて糖尿の傾向があるとのことだった。前の病院の医者は、動脈硬化はそれほど進んでいないと言っていたが、こちらの病院の医者はとくにそれは指摘しなかった。逆にこう言われた。

「動脈硬化は、よくなるということはない。退院していちばん心配なのは、病院でのように食事の管理が出来ず、またもとの食生活に戻ってしまうことだ。その結果、3度目の脳梗塞があれば、今度は手足の重い麻痺が残る可能性が高い。」

もし三度目の脳梗塞があれば、今度は軽くは済まないだろうということは、私自身、充分に自覚しているが、医者に改めて言われてみると、ズシリと心に響いた。

今後は、いつ三度目の脳梗塞があってもおかしくないという覚悟の上に生きていくことになる。自分で動くことができない体になって生きていくことはもちろん可能な限り避けたい。そのためには、徹底的な食と生活の管理が至上命令となる。病院では今、一日1400キロカロリーの減塩食を食べている。自宅でもこれに近いカロリー摂取量を保たなければならない。食べ物も自然食品や添加物の少ないものなど、かなり選んでいかなければならない。気の合う友人と飲食するするのはいいにしても、アルコールや食べ物は大幅に制限しなければならない。

ともあれ、自分の命が限りあるものであることを意識し、生活を徹底的に管理し、制限しながら生きていかなければならない。そんな風に生きていく上で、私が最も優先して行うべきことは何だろうか。自ずとそういう問いが湧いてくる。その問いを思いめぐらしているとき、何となく浮かんできた言葉は、「透明になる」であった。自分自身の心と体を可能な限り透明にいしていく。

今、一日1400キロカロリーでもほとんど空腹感はない。つまり、発病以前に食べ過ぎていた分はすべて、心の中の本質的な満たされない部分を食べることでごまかしていたのだ。人間が、心の中にいつも満たされないものを抱えていることの根底には、この世に限りなき命として投げ出されているという、命あるものの本質的な条件が横たわっている。だからこそ人間は、本質的に満たされないものを満たそうとして、過食に走ったり、金銭欲に走ったり、名誉欲や権力欲に走ったりするのだ。

たぶん、自分を限りなく透明にしてくとは、満たされないものを満たそうとする無駄なあがきを削ぎ落していくということだ。そしていつ死んでもいいように、死ぬ準備をしていくということだ。だからと言って、死に急ぐという意味では決してない。いつでも死を受け入れられるような心と体になっていくということだ。それは、魂の成長という意味である。つまり、人生の最優先課題は、魂の成長であり、悟りだ。

私は、あまりに凡夫なので、魂の成長のためにわざわざ、二度の脳梗塞という条件を与えてもらったのかもしれない。

病院で出会う、様々な人々との会話が楽しい。ちょっとした会話の中で、魂の深い部分で触れ合える機会が増えればいいと思う。

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リハビリテーション病院

2013年07月16日 | 瞑想日記
今日、これまでいた病院からリハビリテーションの専門病院に移った。歩いても10分ほどのところにある系列病院だ。

この病院のスタッフの人々、病室の環境も気に入っている。恵まれた環境を最大限に生かして、リハビリに、気功に、ゆる体操に、そして瞑想に取り組みたい。今、私にとって望ましい最高の環境が与えられたと思っている

午後からさっそく本格的なリハビリが始まった。この病院は、かなり運動量の多いリハビリを行う傾向が強く、いきなりかなり汗をかいた。左足の筋力を鍛えるために、椅子からたったり座ったりを30回繰り返すのを1セットとして、それを10回繰り返した。私としても、早く回復したいので、厳しいのは願ったりかなったりだ。

空き時間も、パソコンでの作業(ブログや2学期のプリント準備)の合間は、極力自主トレをやっていきたい。ゆる体操は前の病院でもやっていた。先程、自発動気功をやってみたら、自然に動きが出てきた。両手の間の気の感覚も戻りつつある。気功は膝をまげた状態で体重移動が多いので、左脚のリハビリにもなる。

今日から、ベッドの脇にすわっての瞑想も始めようと思っている。先程、理学療法士の方と雑談していたとき、座禅で組んでいた足の血の巡りが悪い時に、足のどこかで血の塊ができ、それが脳に移動してその血管を止めてしまうことがなきにしもあらずという。正確には専門家に聞かぬと分からないが、少しでもリスクのありそうなこは避けたい。今後、歩行瞑想や立禅を多くしたいと昨日書いたが、座る場合も足を組まず椅子などに座る形にしようと思う。

ともあれ時間的にも環境的にも恵まれた状態を、有効に使っていきたい。病気で入院というこの機会を無駄な使い方はできない。最大限に大切に意味深く使いたい。
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脳梗塞後の瞑想をめぐって

2013年07月14日 | 瞑想日記
病室でこうしてパソコンに向かっている。このブログを開いた。それぞれの日のエントリー記事の最後に「このブログの人気記事」という欄がある。やはり最近の記事がいちばん読まれているが、おやと思うような古い記事も意外と人気だったりする。そんな古い記事のタイトルをぼやっと見ていると、かつて精神世界や魂の成長が関心の中心だった頃と今とでは、やはり何かが違うと感じた。

一昨日「病と食と瞑想」の記事で書いたことを反芻した。これからの私は、もちろん小食を保ち、食を徹底的に管理していくことになるだろう。脳梗塞の再発を避けるためには当然のことだ。同じ理由で、ヨガや気功やゆる体操も、自分なりに工夫して、おおいに実践していくだろう。

では瞑想はどうなのか。やはり5年前の軽い脳梗塞が瞑想合宿中だったことが少し引っかかっている。これまでの数回の瞑想合宿で私は、そのつど重要な抑圧への気づきを促されてきた。しかし合宿の前半は、猛烈な雑念との闘いに陥ってしまうことが多かった。それは自己との苦しい闘いでもあり、ストレスでもあった。5年前の脳梗塞はそのストレスも少しは関係していたかも知れぬという疑いを捨てきれない。もちろん自宅での40分や50分の瞑想は、むしろ精神的なリラックス状態を作るから、問題はないのだろうが、もしかしたら足を組み、呼吸もかすかになっていくことが、血流に関係するのかという引っかかりもある。

しかし瞑想で、雑念や思考のない状態が人間にとってどれだけ重要な意味を持つかということをまがりなりにも知ってしまった。大切なことは、肉体的にも精神的にも、自分に無理を強いることなく、脳梗塞再発の危険をもつ自分にとって最適な瞑想のあり方を工夫していくことだろう。とすれば私にとってこれからは、歩く瞑想や立禅、そして日常のサティ(気づき)にもっと力を入れていくべきなのだろう。歩く瞑想は、座禅に比べはるかに苦手だったがこれからはこちらに重心を移していくべきかもしれない。

精神世界や魂の成長、覚醒がわたしにとっての関心の中心だった頃、覚醒をめざすこと自体がエゴの欲求からだったように思う。エゴからの解放をエゴの欲求として求める矛盾。今は、エゴの欲求として魂の成長や覚醒を求める傾向があまりなくなっている気がする。そしてエゴの関心はもっと別のところに移っていた。教壇に立つことの面白さや、友人と飲んで語ることの楽しさや、政治・経済への関心など、より俗っぽい世界への関心が強まっていた。

今後はどうなるだろうか。食と健康の管理は、瞑想的な生活につながっていくだろう。しかしそれは、かつてほどエゴの欲求に根ざすものではなくなっていくだろう。俗世界への強い関心もつづくだろうが、より地に足のついたかたちで精神世界の探求が深まっていくかもしれない。
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