瞑想と精神世界

瞑想や精神世界を中心とする覚書

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談話室(掲示板)の今後について

2005年03月26日 | サイト更新管理
談話室では、SRKWブッダさんの発言をめぐった展開になっている。正直なところ私自身は、SRKWブッダさんのいう「覚りの境地」にも、そこに至るための教説にもかなり興味を失っている。

このサイトの一貫したテーマも、私自身の一貫した関心も「精神的な成長」ということにある。SRKWブッダさんが「覚りの境地」と「精神的な成長」とは一切関係ないという以上、少なくとも現在の私にとっては、彼のいう「覚りの境地」に関心のもちようがない。

ダイアリーは、その日その日の自分を表現し、確認する作業としても、気づきや学びのメモとしても、自分自身にとっての意味が大きい。だからダイアリーは最初に書くが、そのあと談話室に書く込むだけの時間的・精神的な余裕もないことが多い。で結局、管理人と言えない管理人になっている。

ということで談話室をしばらく休止することを再び考えている。もちろん休止という以上は、再開も充分ありうるのだが。

ともあれ、しばらく談話室での発言に煩わされることなく、自分が本当にしたいことを静かに続けたい、という気持ちになっている。したいこと、それはやはり瞑想であり、サティである。
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補遺

2005年03月25日 | サイト更新管理
昨日の記事で、「スターとの2000年から」と書いたが、これは「さるさる日記版」からという意味である。臨死体験・気功・瞑想の、トップ「作者の日記」の「旧」から入れる。このブログだけの読者のために、念のため。
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羽衣の夢、再録

2005年03月24日 | 夢日記
最近ゲストブックによく書き込みをしてくれている高野英作さんが、このダイアリーを、スタートの2000年から通して読んでくれているという。原稿用紙にしたら1千枚は軽く超え、2千枚に近いかも知れない量だが、現在は2004年まで読み進んだという。

そこで高野さんは、私の夢の中で印象に残ったものに触れてくれていたので、どんな夢だったかと読み返した。ガンジーの夢と羽衣の夢。後者はとくに、最近の瞑想合宿での天女のイメージと重なるようで興味深かった。ここに再録する。

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■2002/08/13 (火) 羽衣の夢

◆羽衣の夢
久々に夢をみた。ほとんどが泥土で作られたような貧しい街をすべるようにして飛び、その一画一画の人々の生き方を知る。(それぞれがどんな生き方だったか思い出せない、それぞれが印象深かったのだけは覚えている。)いつからか、一人の女性が一緒に飛びながら街を案内し、説明してくれる。

やがてその女性に導かれて高い木々におおわた急な斜面の山に沿って飛んでいく。彼女は、はるか彼方にあるアルプスにあるような気高い弧峰を指し、「あれが、いつでも私たちの目印なのだ」という。

絶壁の前に出る。彼女が紡いだ羽衣のような布(実際には何枚もの細い布だった)が、絶壁の前方へ風になびいている。彼女は、それに乗って飛び出せといっている。いままでは地面に沿って飛んでいたので、飛び出すには若干の恐怖がある。

思い切って絶壁から飛び出すと、風になびく羽衣に助けられるようにして飛んでいる。やがて彼女も飛び出してきて一緒に飛んでいる。

そんなとことろで目が覚めた。巫女さんのような服の女性だったので、天女のイメージだが、喋る言葉や性格はとても気さくで庶民的だったのを覚えている。
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これが、瞑想合宿での天女のイメージと実質的に重なる夢体験なのかどうかは分からない。しかし、ここには精神性のテーマが見られる。羽衣の女性が、「私たちの目印だ」と言って指す気高い弧峰が、何かしら精神的な次元や聖なるものを示しているのは確かだろう。女性の羽衣に助けられるようにして飛んでいるのも、読み返して印象的だった。自分の中のアニマ像によって導かれている感じだ。
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瞑想合宿レポート後半をアップ

2005年03月21日 | 瞑想日記
◆瞑想合宿レポート後半をアップ
昨日に引き続き、今日は後半をアップした。前半ももう一度読み直し、少しだけ文章を手直しした。とりあえずは、最終稿ということになる。推敲しながら通して読んで、感じたことが二点ある。

一つは、前回の夏の合宿のときも、今回の正月の合宿のときも、前半は妄想に妄想を重ね、瞑想がガタガタになるにもかかわらず、後半、それもぎりぎりになって深い気づきが起こったということだ。これはもちろん前から分かっていたことだが、読んでみて改めて印象に残った。どんなにサティが入らず妄想を追っていようとも瞑想を続けているかぎりで、意識下では何かが進行しているであろう。それがある時点でいっきに噴出する。

翻って毎日の瞑想においても、毎日毎日何の変化もないようでいて、意識下ではゆっくりと何かが進行しているのかもしれない。やはり毎日続けていくことが大切だろう。

もう一つは、これも改めて書くまでもないが、不善心所の状態にあると、それがもろに瞑想に反映してしまうということ。前回、今回とも前半の瞑想があれほどにひどい状態だったのは、瞑想の動機に自我の渇愛が忍び込んでいたからに違いない。

これも逆に言えば、日々瞑想をし、クリアなサティが出来ているかどうかで、その時々のこころの状態が如実に分かってしまうということだ。サティが入らず、妄想が多いときは、猛省をすべきときなのだろう。

話は違うが、1回目からのレポートにそれぞれタイトルをつけるという話、こんな案を考えて見た。

1回目:はじまり
2回目:虚栄のメガネ
3回目:劣等と優越
4回目:天女

何もないよりは、このほうが少しは読む気になってくれるだろう。

◆サティ
また起床時40分ほど瞑想。それ以外はやっていないが、生活の中のサティは思い出すかぎりでやっている。まだまだ時間的には少ない。生活の中でもサティが連続的な流れになっていけばよいのだが。

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瞑想合宿レポートアップ

2005年03月20日 | 瞑想日記
正月の瞑想合宿レポート前半をアップした。もう4回目の合宿レポートとなる。「2005年★ヴィパッサナー瞑想合宿レポート」というタイトルだけだと、ただ年数が変わるだけで紛らわしいので、それぞれのレポートに、内容に沿ったタイトルをつけることにした。今回のレポートは「天女」とした。もちろん、瞑想中に天女となって空を舞うイメージが展開したことを元にしている。アニマとの統合を表現するイメージとしていちばんシンプルで分かりやすいと思った。

日記に連載していたころより、かなりすっきりし、読みやすくなっていると思う。後半は、明日にアップするつもりだ。

これ以前のレポートも、それぞれの内容を表すタイトルをつけようと思っている。たとえば前回のレポートは「劣等と優越」など。実際は、もう少し考えてからにするが。
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