俺の翼に乗らないか?

スターフォックスの一ファンのブログ

洋食屋スターウルフ

2009年06月26日 00時48分17秒 | アナザーストーリー
 コーネリア市街の一角、人通りの多い繁華街をフォックス・マクラウドは歩いていた。
 はじめは食料の調達だけのはずだった、そのはずが。スリッピー・トードから頼まれた電子部品、航宇士ロボット・ナウス64型専用のバッテリー、ファルコ・ランバルディの整翼スプレー。これだけのものを食料に加えて買いこんだおかげで、両手も背中も荷物だらけになってしまっている。
 「ぜえぜえ……まったく……」
 初夏の太陽がさんさんと降りそそぎ、フォックスは舌からぜーぜーと湯気をあげた。

 ――こんにちは、お昼のコーネリアワイドニュースの時間です――
 頭の上から響く声に気づいて上を見上げると、ビルの壁面の巨大スクリーンで女性アナウンサーがニュースを読み上げるところだった。
 もう昼か、と思った途端、突如として空腹をおぼえた。朝早くに出てきてから、まだ何も食べていない。
 何か食べてから帰ろうか。そうじゃなければ帰りつくまでとてももたない。
 そう考えてからあらためて周りを見わたすと、繁華街のそこここに食べ物の看板が出ている。おいしそうな匂いもただよってきていた。
 何がいいだろう? 色とりどりの看板に目移りしながらフォックスが考え始めたその時、ひとつの看板が目に飛び込んできた。
 ――なんだこれは?
 その看板にはこう書いてあった――

『宇宙一うまい店
西洋料理店 星狼軒

 宇宙一うまい店だって? えらく大きく出たもんだな。誇大広告で捕まるんじゃないのか。
 いやそれよりも、店の名前。なんて読むんだろう? セイロウケン? いや、シンランケンか? いやいやそれよりも、どこかの3人組が思い浮かんで離れないのは、考えすぎなんだろうか……。
 疲れと空腹、そして暑さにまみれて考えるうち、フォックスはふらふらとその店の前に歩み寄っていた。店の中からは食欲をそそる香ばしいにおいが立ちのぼってきている。この分なら、宇宙一とまでは行かなくても、味にはきっと満足できるに違いない。カラカラと鐘の音を鳴らしながらドアを押し開けると、フォックスは店の中へと足を踏み入れた。

「いらっしぇーい!!」
 厨房の奥から威勢のよい声が聞こえ、調理服に身をかためた店主らしき男が振り向いた。灰色の体毛をしたその男は……。
「ウ、ウルフ!?」
 あまりの驚きにフォックスは手に下げていた整翼用スプレーの袋を取り落とし、スプレーの缶は床に転がって派手な音を立てた。あわてて缶を拾い上げつつ、目線は調理服姿のウルフを追いかけずにはいられない。
「ウルフ、一体なぜこんなところに……」
 状況のあまりのちぐはぐさに言葉をそれ以上続けられず、目を白黒させながら口をあんぐり開けて突っ立った。
「なんでぇ、誰かと思えばキツネか」
 いつもと変わらぬ愛想のなさで、ウルフはぷいと視線をそらす。だがその体にまとった雰囲気は、普段とは違う頑固な店主のものを交えているように思われるが、気のせいだろうか?
 とそこで、奥のほうからもう一人顔を出したものがいる。その顔を見てフォックスはさらに仰天した。それはウェイター服を着込んだパンサー・カルロッソに違いなかった。
「なんだ、キツネ君じゃないか。恋のライバルも足を運ばずにいられないとは、この店もなかなか大したもんだ」
「おい、パンサー。キツネを突っ立たせておいたんじゃ他の客の邪魔だ。とっとと席へお通ししな」
 ちらりと目をやったウルフが、相変わらず愛想のひとつもない口調で言う。
「わかったよ、店長。さあこっちだ、キツネ君。スタウル軒にようこそ」
「ス、スタウル軒??」

 訳が分からないまま案内された席に着き、差し出されたコップの中の冷水を飲み干すと、混乱していた頭も少しは落ち着いてきた。
「何はともあれメニューを見ていただこうか、キツネ君」
 芝居がかった手つきで差し出されたメニューを手に取り、フォックスはそれを開いた。そこには見開きいっぱいに大きく、こう書かれていた――。

コロッケ定食 600スペースドル

 どでかく書かれたその文字を読み終えると、フォックスはメニューの余白の端から端まで、注意深く目を走らせた。さらには裏返してやはり何も書かれていない空白を目を皿のようにして見つめた。最終的に、最初に開いた側に書かれたたった一つの項目に目を戻すと、意を決したように言った。
「コロッケしか無いじゃないか」
「すまないね、キツネ君。うちの親分はいまコロッケに凝っていてね。なにせ不器用な男だからな、ハンパな真似はできないというわけさ」
 不器用だとか、ハンパだとかそういう問題じゃないだろう。腹の中で文句が渦を巻いたが、そのとなりで胃袋が悲しそうにぐう、と鳴るのを聞くと、文句を言う気も失せてしまった。
「それで? ご注文はお決まりかい?」
 平然とした顔で聞くパンサーを見ながら、フォックスは言った。
「……コロッケ定食、ひとつ」

 よくよく見ると、厨房にいるのはウルフだけではなかった。サルガッソーコロニーにいるはずのならず者たちが、それぞれジャガイモを剥いたり、熱した油の中にコロッケを滑り込ませたりしている。
「クックック……たっぷりいたぶってから料理してやる」
 なにか危ないことをつぶやきながらジャガイモをつぶしているヤツがいる。と思ったらそれは、やはり調理師姿のレオン・ポワルスキーであった。
「俺たちがコロモをつける、お前たちは油で揚げろ!」
 店長の掛け声とともに手際よく、コロッケの具に小麦粉と卵とパン粉がまぶされ油でカラリと揚げられてゆく。
 ……ちゃんとジャガイモの芽を取ってくれていればいいが。フォックスの脳裏にイヤな疑問が浮かんだ。
 彼らは調理の前に手を洗っただろうか? 食材は安全なルートで手に入れたものだろうか? なにか変なものを混ぜ込んでやしないだろうか? そもそも調理師免許を持っているのだろうか??
 フォックスの頭脳が空腹とは違う意味でくらくらしてきた直後。
「ヘイ、お待たせ!」
 揚げたてアツアツきつね色のコロッケに千切りのキャベツ、それに湯気の立つライスとスープがフォックスの眼前に並べられた。揚げたてのコロッケからはぱちぱちと油のはじける音がしている。いかにも美味そうだ。フォックスはごくりと唾を飲み込んだ。
「せっかく揚げたてなんだ。冷めないうちにどうぞ」
 ここまで来たら、食べずに帰るというわけにもいかない。フォックスはナイフとフォークでコロッケを切り分けると、おそるおそる口に運んだ……。

 数十分後。
 すっかり空になった皿を残して、フォックスは席を立った。空腹も心もすっかり満たされていた。それほどうまいコロッケだったのだ。
「代金は600スペースドルだ。毎度あり」
 レジに立つパンサーに支払いを済ませると、フォックスは厨房のほうへと向き直った。
「ウルフ、とても美味いコロッケだったよ。御馳走様」
 フン!鼻を鳴らし、厨房の主はぷいと横を向いた。
「覚えとけフォックス。宇宙一うまいコロッケを作れるのは、このスターウルフだ!」
「ああ。そうだと思うよ」
 フォックスが苦笑して店を出、二、三歩ほど歩いたとき。
 けたたましいサイレンとともに赤と青のパトランプの光が『星狼軒』に近づいてきた。
「やべえ、手入れだ! ずらかるぞ、野郎ども!」
「やーれやれまたか。反重力エンジン始動、急速離脱!」
「こざかしいイモめ、私の前にひざまづけ……」

 途端に店内があわただしくなったかと思うと、『星狼軒』の外壁が折りたたまれ、店の下部からロケットのノズルが顔を出した。
 ノズルの内部が青白く発光すると、次の瞬間には耳をつんざく爆音と目もくらむ輝きが周囲を覆った。
 あたりを覆いつくした爆煙がようやく収まったころ、空を見上げたフォックスの瞳には、青い空に一条の白線を描きながら遠ざかる『星狼軒』と、その看板が陽光を受けて反射するきらきらとした輝きが映っていた。

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