俺の翼に乗らないか?

スターフォックスの一ファンのブログ

『零』への回帰 その1

2015年08月08日 22時55分43秒 | アナザーストーリー
「だんな、終わったぜ。毎度ありがとうよ」
 モノクルをかけた目玉、それに羽毛に覆われた顔、笑みを浮かべたクチバシが、ウルフ・オドネルの左目を覗き込んでいる。
「……そんなに近づかなくたって見えてる」
「こいつは失敬。医者としちゃあ、患者の容体は常に気になるもんさ」
 首を左右に振り、大きく目を剥きながら、ドクター・クローヌはまたクチバシの端で笑ってみせた。

「その言葉はよせと、前にも言ったはずだ」
「ん? その言葉、とは、どの言葉のことかな?」
 すっとぼけやがって、このトリ野郎が。鼻の頭にシワを刻ませながら、ウルフは診察台からゆっくりと立ち上がった。
「オレはてめえの……“患者”になった覚えはない」
「これはまた」
 大仰な身振りで翼をひろげ、ハイタカの姿をした医者は言う。
「だんなに覚えがなくとも、わたしにとっては大事な――」
「かみ殺されたいか、ドクター?」
 するどく投げかけたウルフの言葉が、ドクター・クローヌの動きを止めた。
 同時に、この場の空気は張り詰め、固体のように重苦しくなる。
 微動だにしない。ドクターの刃物のようなクチバシの切っ先も。きばを覗かせたウルフの口元も、踏みしめればひと跳びで間合いをつめられるはずの脚の筋肉も――。

 ふふ、と笑いがこぼれる。ドクターのクチバシから。
「だんなの膂力には、このわたしの力じゃあ敵うまいねえ――」
「だが殺される前に、だんなの残った右目をえぐり取るくらいは、できるだろうね。そうしたらだんな――わたしよりも腕の立つ闇医者にまた出会えるなんて思わないことだ。定期的にメンテナンスを受けなきゃあ、せっかく蘇った左目だっておじゃんになることくらい、十分ご承知だろう?」

 どさりと音を立てて、ウルフは再び診察台に腰を下ろす。
「ふん。ばかばかしい」
 当然だ。そのメンテナンスのために、わざわざこの医者の元を訪れたのだから。
 潰れた眼球を摘出し、かわりに人工網膜に視神経を接続したことで、もとの目では捉えられない高速の物体も、暗黒の宇宙を飛ぶ戦闘機の熱も、レーダーが発する赤外線まで、視ようと思いさえすれば視られる力を手に入れた。だが生体部品は約半年で劣化する。相場の3倍を払って、闇医者にメンテをさせるしか今のところ手がない。

「そうそう……、処置の直後なんだ。暴れるのはよして、安静にすることですな。そしていつもの通り、3時間ほど眠っていただかねば」
「気が進まねえ……」
「ブツクサ言わずに眠りなよ、だんな。50万スペースドルを無駄にしたかないだろうが?」
「けっ、いまいましい医者だ!」
「おやすみ、だんな! 毎度あり!」

 右のまぶたを閉じ、左の人工網膜を遮光モードに切り替える。ドクターがスイッチを切ったらしい、診察室の照明が落ち、ウルフは闇に包まれた。

 “自前”の右まぶたの裏には、赤黒く半透明のもやがゆっくりと形を変えてゆらいでいる。
 目を閉じたとき、頭に浮かぶのはいつも自分のことだ。
 スターウルフが、Dr.アンドルフ直属の遊撃隊だったのも、いまは昔だ。ベノムの陥落とともにアンドルフ軍も瓦解し、スターウルフは主を持たない遊撃隊に――ライラット系の開拓史に現れる、本来の遊撃隊の姿に――逆戻りした。
 偉大なる叔父の後継者となる、と息巻くアンドリューと、奴を利用する気満々のピグマとは、早々に手を切った。……今となっては、殺さなかったのが不思議なくらいの二人だ。
 あんなやつらとチームを組んでいたとは……自分もやはり、イカれ野郎だったということだろう。
 晴れることのない左目の闇、傷跡のうずき。それを感じるたびに怒りが湧き上がり、殺意と闘志を燃え上がらせていた。さながら怒りを燃料にして飛ぶミサイルだ。
 だが……変わった。
 
 皇帝を失ったアンドルフ軍は、一枚岩ではいられなくなった。尻尾を振ってコーネリア側へすり寄る者、宇宙を駆ける賊の一味に身をやつす者、新たな主を求める者。
 コーネリア軍の目と手の届かないコロニーの一基を、ウルフは新たなねぐらに選ぶ。重力にひかれるように、はみ出し者、あぶれ者たちが流れ着き、数を増やした。アンドリューでも、アンドルフ軍の将校たちでもない、強いリーダーを求めた者たち。
 いつのまにか“ウルフ親分”になっている自分に苛立ちを覚える反面――安堵している自分もいることに驚く。
 晴れることのなかった左目の闇も、医者と出会ってかき消える。
 燃え続けていた怨念の火勢が、ゆっくりと成りをひそめていく。

 これから――一体どうなる。半覚醒の意識のなかで、思考が暗赤色の星雲となって回転する。
 王や、皇帝を名乗れる柄ではない。遺棄寸前のコロニーに寄り集まった、ならず者たちの親玉に過ぎない。コーネリアに対抗する新たな国家の元首になれようはずがないのだ。
 飢えた一匹狼だった昔のように、命知らずな無茶もできなくなっている。レオン、パンサー、元アンドルフ軍の兵士たち。奔放で自己主張だけは強いやつら。自分がいなくなれば、再びちりぢりになっていくことだろう。
 ならばどうする。コーネリアという大魚のおこぼれを拾いあつめながら、食いつないでいくしかないのか。一度張り出した意地を、死ぬまで張り続けねばならないか。
 それもいいかもしれない――。笑みさえ浮かべて、ウルフは思った。旧い時代の漢として、最後まで闘って死ぬ。新たな世代の者の目には、馬鹿な生き方としか映らないだろう。それもいい。
 ――たとえ次代につながるものを遺せなかったとしても――。

 ――――。
 闇の向こうで、誰かが名前を呼ぶ。
 何者かの手が、身体を揺り動かす。ドクターか?
 いや。ドクターの、羽毛の変化した手ではない。
 ばちりとまぶたを開く。
 まなこに飛び込んできたその顔。

 その顔を認識するより早く、ウルフは右の拳を繰り出していた。目の前の顔面ど真ん中に拳がめり込み、つぶれた鼻の下、半開きの口から「ぐえゅぅ」という音が漏れる。

「てめえ。どういう了見だ?」
 両手で鼻を押さえ、悲鳴をあげながら床を転がるそいつ――ピグマ・デンガーを見下ろしながら、ウルフは言った。