鈴木海花の「虫目で歩けば」

自然のディテールの美しさ、面白さを見つける「虫目」で見た、
身近な虫や植物の観察や飼育の記録。

「お菊虫」の、のろい?

2011-07-28 11:39:55 | 日記

 虫さがしも本番というこの時期に、しばらく観察に歩けませんでした。
これはもしかして・・・・・・「のろい」?

  オスが麝香の匂いを発することからその名がつけられたというジャコウアゲハ。
このジャコウアゲハのサナギは、その姿から「お菊虫」と呼ばれています。
7月の週末、明日はまた裏高尾だー、とはりきっていたところ、
知り合いの虫好き小学生タイチくんから、
「お菊虫、見たいっていってましたよね。井の頭公園駅のそばで2つ見ました」
という情報をもらい、
よっし、明日の高尾山行きに万全の体調だし、
ちょっくら井の頭まで足慣らしだ、
と出かけたのでした。

 井の頭公園付近は、トトロっぽい緑がいっぱい。
教えてもらった場所を目指して歩くうち、
ついあちらに、こちらに眼がいきます。
「お菊虫」までもう少し、というところで、
なんと道の真ん中にデンとあった大きなマンホールにつまづいて、右足首をひどく捻挫。
手前からは見えないマンホールの向こう側にかなりの段差があったのです。

 今までけっこういろんな場所に出かけていき、
ジャングル探検なんかもしてきたわりには怪我というのはしたことがないので、
この捻挫がどの程度のものなのか見当がつかず、明日の高尾、大丈夫だよね、くらいに思ったのですが・・・・・・。

 なにしろまだきょうの目的のお菊虫のいるところに到達していないので、
這ってでも進まなくてはなりません。
右足をなんとか引きずりながら5分ほど歩いて、
ついに橋の欄干の下についているお菊虫を見つけました。

羽化が間近いのか、黒い色が透けている部分が
痣のように見える。
肌色っぽいところがまた人の姿を連想させるし、
体を固定するための糸が黒くて髪の毛のよう。
草の茎でさわると、びくんとくねった。


 2つのうち、ひとつはもう羽化した後でした。



 写真を撮り終ると足が・・・・・・・すんごく腫れてきた。
痛みもすごくなってきた。
あしたの高尾なんて・・・・・・とんでもないかも(涙)。

 背中には震災用緊急グッズの入ったリュック、
手にはサブカメラやなにやかやの入ったバッグ、
それに一眼レフをさげた格好で歩く駅までの道の遠かったこと。
 電車を乗り継いでなんとか二子玉川駅までたどり着き、タクシーで救急病院へ。
幸い骨折はなかったが、10日間は安静に、と診断されてしまった。


 
 ジャコウアゲハのサナギである「お菊虫」のことをはじめて知ったのはもう10年くらい前。
昆虫写真家 新開孝さんの『珍虫の愛虫記』に載っていた写真は衝撃的だった。
それはまるでうら若い女性が乳房をむき出しにして後ろ手に縛られて、さらしものになっている姿を連想させた。
自然界のデザインにこんなのあり?
その後に出版された同じく新開さんの『里山昆虫ガイドブック』には、
お菊虫が墓石にたくさんくっついている写真が載っていた。


 生きものはみんなそれぞれに理由があってその形をしているのだから、
人間が勝手に悪魔的とか、邪悪とか、陰惨とか、グロテスクだとかいうのはどうかと思うのだけれど、
ときどき、そう感じずにはいられない形(ある種の蝙蝠の顔など邪悪の権化のように見える)に遭遇することがあることは確か。
いままで写真でいろいろ見ていたお菊虫は、実際に見ると、
そむけたくても視線をひきつけられるような、
ぞぞっとする悪魔的造形物なのでした。


 不気味な見かけのものに、さらに不気味な現象が重なると、
ひとはつい「たたりだ」とか「のろい」だとか、いいたがるものです。
「お菊虫」のお菊は、もちろん「いちまーい、にまーい・・・・」と皿を数えるあの皿屋敷怪談の主人公の女性。
Wikiによると、皿屋敷怪談というのは各地にあるそうで、共通する基本形は、

ある奉公娘が主人の秘蔵するひとそろいの皿のうち一枚を割ってしまう。あるいは、その娘に恨みを持つ何者かによって皿を隠される。
1. 娘はその責任を問われて責め殺されるか、あるいは自ら命を絶つ。
2. 夜になると娘の亡霊が現れ、皿を数える。
3. 娘の祟りによって主家にいろいろな災いが起こり、衰亡してゆく。

というものらしいです。
ちなみに「皿屋敷怪談」のなかでも有名なのが播州皿屋敷(姫路)と番町皿屋敷(江戸)。

 ジャコウアゲハのサナギが「お菊虫」と呼ばれるようになったのは、
このおどろおどろしく気味の悪い見かけのサナギが、
お菊が身を投げたといわれる姫路城下の井戸付近に1795年、大量発生したことによるらしい。
これを見た人々は非業に死んだお菊ののろいが形になったものに違いない、と恐れた―うーん、その気持ちわかる。
 その後,姫路藩主池田氏の家紋がアゲハ蝶であったことにちなんで、姫路市はジャコウアゲハを市蝶とし、戦前のある時期には十二所神社で「お菊虫」が土産ものとして売られていたそうで、志賀直哉の『暗夜行路』にも、主人公がお菊虫を買い求めるシーンがあるらしい。


 もちろん、ジャコウアゲハと、かつて日本各地に実在したのであろうと思われる
非業の死をとげたお菊のような女性たちの間には、なんの関係もない。
サナギの、あの「肌色」も、もともとの食草であったオオバウマノスズクサの花の色に擬態するためのものらしい。
でも・・・・・・。

 半月たっても捻挫はまだ完治せず。
あの日、井の頭公園駅へ向かう道でどんどん腫れてくる足をみながら、
欄干の下の暗がりにいたお菊虫の想像以上の不気味さと、今まで経験がない怪我の痛みがいっしょになって、
お菊虫は、なんだか怖い!
と、科学的事実を理解するのとはまた別の脳みその部位で
感じてしまったのでした。
迷信ってこうやって生まれるんでしょうね。

 いまごろ羽化したジャコウアゲハはこれから交尾して産卵、ふ化して幼虫に。
のろわれてもいいから、疣状に深く彫りこまれた彫刻のような黒と赤の配色の幼虫も見てみたい。

今回は自分で撮れた写真が少なかったので
ネットで見た「お菊虫」の画像を2つ紹介。
目撃情報をくれたタイチくんの撮った写真はお菊虫のくらーい運命的雰囲気をとてもよくとらえている。
→『僕の生き物日記』。

 「なんでも研究室」  
もすごいです。
サナギが体を固定するための糸が黒く見えるのが気になっていたのですが
ここの写真では、細い髪の毛状のものが何重にも絡み付いているように見えるのが
よくわかる。


 それにしても、路上のマンホール、剣呑です。
雨の日はすべるし、
今回のように、整備の不備で思いがけない段差がかくれていたり。
虫目歩きには足元に気を付けよう、とあらためて肝に銘じたしだいです。