寺林健氏によるタマムシコレクションより。
拙著を読んでくださった方からお手紙が届き、「虫が好きなのだけれど、まわりには同じような興味をもつ女性はほとんどいなくて残念に思っていたところ、『虫目で歩けば』を読んで、女性の虫好きもいると知り驚いた」と感想を寄せてくださいました。
そして手紙に同封されていた、美しいタマムシの写真で埋め尽くされた1枚のチラシ。
「このたび亡父 寺林健のタマムシコレクションが横須賀市自然・人文博物館にて特別展示されることになりました。父は甲虫(特にタマムシ)の標本蒐集家でしたが、甲虫のみならず動植物すべてを愛する人でしたので、私と弟は幼少期……」
タマムシコレクションも見たい、そしてできたら、お手紙をくださった寺林温子(はるこ)さんにもお会いしたくて、横須賀へ出かけました。
最寄りの横須賀中央駅前は、強雨のなか、ごったがえしていた。お祭りらしい。
ハッピを着た人たちがびしょ濡れになっている。
横須賀市自然・人文博物館は初めてなので、まずは館内をまわってみた。
地元三浦半島の歴史や暮らしに関わる展示が充実している。
そして特別展示の3Fへ。
わあぁぁぁ……エントランスからすごいぞ!!!
まさに『宝石虫の輝き』というタイトル通りのエントランスのゲート、そして傍らになにやら円錐形のものが…なんと、タマムシでつくられたタワーだ!
いったい何頭のタマムシでつくられたのか、タワーは宝石虫で輝いている。
ゲートを入ると、赤い絨毯が導く展示会場のガラスケースには、国内外産タマムシ類約700点以上の標本が、美しくディスプレイされている。
別名jewel beetleと呼ばれるタマムシの魅力を最大限に引き出そうとした博物館の意気込みがあちこちに感じられる展示だ。
標本のタマムシはすべてガラスケースに入っているため、細部をみることが難しい。タマムシを手にとって見るかわりに、会場内には3機のタブレットPCが設置され、展示されているタマムシの解説と細部を拡大してみることができる。
2008年に亡くなられた寺林健氏は、大阪生まれ。京都大学農学部を卒業されたあと、食品会社の研究員を経て、海外の文献調査の仕事に従事。幼少時から虫をはじめとする生き物を愛し自然に親しむと同時に、ボタニカルアートや生け花といった美術にも興味を持っていた。氏のコレクションの大半は、国内外の標本商から購入、あるいは研究者とのやりとりを経て入手したものだという。
タマムシに見入ったあと、お手紙をくださった寺林温子さんと、お母様の勝美さんにお話を伺うことができた。
Q:(寺林健さんの奥さま勝美さんへ)ご結婚なさったとき、ご主人が虫好きだということはご存知でしたか?
勝美さん:「いいえ、まったく知りませんでした。子供が生まれるまでは、ぜんぜんその兆候もなく。子どもたちがある程度大きくなってから、いっしょに野山へ虫を採りに行ったり、飼ったりという ことをはじめました」
温子さん:「虫は男の子が好きなものだ、と父は思っていたらしく、ごく自然に弟とはよく野外に出かけて昆虫採集をしていました。私はいっしょに行かなかったけれど、ふたりが持ち帰ったものをためつすがめつ、見入ったり、飼育したり。ヤゴがトンボになったり、チョウのサナギがチョウになったりということは特に達成感があり、楽しかった」
勝美さん:「特に山梨県に住んでいた時期は虫への興味が爆発したような感じで、庭の芝生をはがして野山の植物に植えかえ、虫がたくさん(時にはたくさん過ぎるほど)くる庭にしていました」
Q:虫が好きで標本などを集めていると、家族にもいろいろご苦労があったのでは?
勝美さん:「とにかく昆虫の標本を良好な状態に保つために、エアコンを使って温度湿度を管理しているようで、電気代が…と気が気ではなかった。バルコニーに面している部屋を通って洗濯物を干そうとすると、ここの窓はあけちゃダメ!とか。そういったことは私にとってはストレスでした。でも私も虫はけっして嫌いではなかったので」
温子さん:「私が独立してから実家に帰ると、自分の部屋だったところが標本の乾燥部屋になっていて(笑)。入るときは扉を最小限に開けて素早く入れとか、チョウの幼虫がいっぱいついている枝のそばで寝ることになったり(笑)」
Q:寺林さんが亡くなったあと、残された標本をご家族はどうしようと思いましたか?
勝美さん:管理が難しいということは身にしみていましたので、好きな人にあげるとか売るとか……しか考えられませんでした。それにストップをかけたのが長女でした」
温子さん:「家族のなかでは売るかあげるか、という話になっていて。あるときベッドの上に、ずらーっと標本を並べてみて……ひとつひとつをよく見ると、改めて父が情熱を傾けて集め、自分のオリジナルな方法で展足して大事に管理してきたものであることが感じられて、これはそんなに簡単に処分してしまっていいものじゃないんじゃないか、って。ちょっと待って!と」
勝美さん:「さいわい主人の弟の知り合いにこの博物館の方がいらして、寄贈の申し出をしました」
昨今、昆虫標本の寄贈の申し出が、どこの博物館でも増えているという。これはたぶん団塊世代の蒐集家が、そろそろ自分の人生の整理にあたらざるを得ない時期を迎えていることとも関係しているのかもしれない。虫好きの王道といえば標本制作・蒐集。夢中で集めてきた標本をどうするか―虫を愛してきた多くの蒐集家が人生のどこかで直面する問題だ。
多くの標本蒐集家が、自分の死後、収集品の行き着くところとして、しかるべき施設への寄贈を考えるだろう。私はこの展示を見て、その尋常ではない力の入り方に博物館側の受け入れ姿勢にも興味をひかれ、この館の昆虫・陸上無脊椎動物担当学芸員の内舩俊樹さんに、寺林健さんが残された標本と、寄贈の申し出を受けた経緯を伺ってみることにした。
Q:通常、標本寄贈の申し出に、博物館はどんな風に対応していらっしゃいますか?
内舩さん:まず受け入れ前に内容を確認します。どういう標本か―種の顔ぶれ、産地、年代などで、ある地域のコレクションが充実していたり、特定のグループの昆虫を網羅的に集めている、またかつては豊かな自然が存在したことを裏付ける標本だったりすると、展示にも結びつけやすい。
さらにラベルの有無や標本の状態。ラベルがないと標本の価値はほぼ失われてしまいますし、虫食いでボロボロだと他の標本にも影響します。展翅展足が不十分だと展示には向きません。そして寄贈していただいた標本の用途に対する希望が、博物館に任せてくれる、という意向だと受け入れやすいです」
Q:最初に寺林健さんの標本をご覧になって、どう感じられましたか?
内船さん:すべての標本がきれいに整えられ、さらに保存状態が大変良好でした。ご家族のお話から健氏のコレクション収集と保管に情熱を傾けていらした思いが感じられました。その美しさと多様性、保存状態をみて、受け入れを決めました。
Q:博物館としてこの寺林コレクションにかなりのコストをさいていらっしゃるようにお見受けしますが、受け入れ後はどんな対応をされて、この展示にいたったのでしょうか?
内船さん:寄贈をいただいてからの5年間で、まず世界屈指のタマムシ類分類学者である大桃定洋氏を研究員としてお招きし、世界のタマムシ類の新しい分類体系に基づいた、コレクションの分類整理を行っていただくことができました。
すでに寺林氏は当時の分類に基づいて標本を整理したり、同定の難しい標本は海外の研究者に送って名前を調べたりしていましたが、2000年以降にタマムシの分類体系に大幅な改編があったこともあり、展示のための目録作成など、分類の再確認が必要と判断し、大桃先生にお願いすることにしました。
Q:今回の展示のコンセプトは?
内船さん:展示のプロットを考えはじめた2012年から、昆虫好き以外の方にも楽しんでいただくため、アンティーク調で落ち着いた雰囲気の「宝石店」としました。これは従来の当館の展示の路線からみると異色でしたが、これにより、より広い分野、年代の方と展示を通じたコミュニケーションを図ることを目指しました。展示がはじまってから、その効果を実感しています。
Q:展示のためのご苦労にはどんなことが?
内舩さん:苦労というより非常に楽しく刺激的な経験でした。入口ゲートやガラス壁展示の装飾、カーペット、映像展示のソフト、概観などなど、前例のないものを生み出すための苦労は、むしろ楽しかったです。また大桃先生に執筆いただいた展示解説書の制作もたいへんでしたが、おかげで最新のタマムシ類の分類体系を反映した展示にすることができました。そして大桃先生のご自宅に伺い目の前でいくつものタマムシに新しい和名がつけられていく瞬間に立ち会うことができたのも忘れられません。
Q:今後、このコレクションをどんな風に博物館の活動に活かしていかれるのでしょうか?
内舩さん:特別展示後も、常設展示に反映できたらと考えています。来館する方が「美しさ」に惹かれて展示を見、そこから自然や昆虫、ひいては博物館に興味をもっていただけたら、と思っています。
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この日は午後から記念講演があるということで、関西地方にお住まいの寺林氏のご兄弟も集まって来られた。 自分が生涯情熱を傾けて残したものを、身内の人々に、
このように誇りに思ってもらえる寺林健氏のお人柄が偲ばれる。
中央のケースには、寺林健氏により発見され、学名にterabayashiとついた2種のタマムシも展示されている。
大桃定洋氏による、講演会のようす。
温子さんが、並べられた標本に見入りながら言った―
「父は標本商から買った標本のほとんどを、オリジナルな方法で展足したんですが、
父の標本は、虫の姿勢が独特なので、すぐわかるんです。ほら、前脚が上の方に直角に向いているでしょう?
それから虫の体にピンを打たないことも父がこだわった点でした。
でも、その独特の展足の方法を教えてもらうことなく逝ってしまったので、いろんな謎が残りました」。
虫好きな温子さんの友人は、健氏の標本作りの机を見て、びっくりしたそうだ。
普通、標本作りをするための道具などがほとんどなく、中心にあったのは、消しゴムだったのだそうだ!
その友人によると、「たぶん、虫の体にピンを打たずに固定する方法として、<こびとの国のガリバー>みたいに、消しゴムの弾力を利用してバランスをとりながら糸を張り巡らせて固定したのではないかと思われます。でも、それって、気の遠くなるようなたいへんな作業……」
「でも一日中、標本作りに没頭する、という姿は見たことがありませんでした。きっとほんのちょっとの合間の時間を積み重ねて、作っていたんだと思います」と勝美さん。
「生前、父と虫の話はほとんどしていませんでした。でも亡くなる直前のほんの何年かの間に、たまに私が、どこかで見つけた虫の話をしたり、父が作った標本に対して、驚いたり感動したり何かリアクションをすると嬉しそうな表情をしていたのを、しみじみ思い出します」という温子さんは、デザイナー&イラストレーターという仕事柄、ふつうの人よりも、ものの形態、色彩、細部に注意を向けることが多い、という。
見るほどに伝わってくる父・健氏の虫を愛でる喜びと情熱、こだわりの標本作成法の謎等々、
「父の標本」から、さまざまなことを必死に受け取ろうとするかのように、
真摯な表情で標本に見入る温子さんの姿が印象的だった。
『宝石虫の輝き』―寺林コレクションのタマムシたち展は、
横須賀市自然・人文博物館にて、2014年1月13日まで開催。
<次回 『虫カフェ』のお知らせ>
11月中に、と思っていた「虫カフェ@原宿シーモアグラス」ですが、諸々の事情により、年内開催が難しくなりました。
お問い合わせもいただき、楽しみにしてくださっている方々にたいへん申し訳ないのですが、
次回の虫カフェは、年を越して、2014年2月2日(日)11:30~13:30に開催の予定です。