鈴木海花の「虫目で歩けば」

自然のディテールの美しさ、面白さを見つける「虫目」で見た、
身近な虫や植物の観察や飼育の記録。

虫送り、虫供養、虫迎え

2013-12-31 14:46:54 | 日記


 
梅谷献二先生から送っていただいた世界中の虫モチーフの工芸品を蒐めた「梅谷コレクション」の絵葉書。</</fontfont>




「今年も坂越の妙道寺で虫供養が行われました」
と、赤穂のアース製薬の有吉立さんからお便りが。
アース製薬では毎年12月の半ば過ぎに、実験に役立ってくれた虫に感謝を捧げる「虫供養」を行っているそうです。

 この話を、カメムシの先生たちの忘年会ですると、虫の研究をしている施設ではたいてい何らかの形で行われているとのこと。
 するとT先生が、「お坊さんがなぜ頭を坊主にしているか、知っていますか?」と。

は?
虫供養とお坊さんの坊主頭に関係が???
「髪の毛を長くしておくと、シラミがわくでしょう。そうするとかゆいからシラミを殺さなければならない。だから坊主頭は殺生をしないためのものなのです」
 博覧強記のT先生はいたって真面目なお顔でそう言われました。

 えっ!「ホンマでっか?」
 「それからお坊さんの袈裟には、虫が寄らないように植物からとった液を染み込ませてあるし、
お祓いをするのも、虫が寄ると殺さなければならないから、それをよけるためなんですね」
……殺生を戒める仏教とはいえ、お坊さんの出で立ちや所作が、そこまで虫のことを考えてのことだとは。
ホ、ホント?

 「日本人は、昔から虫を大切にしてきたんですなあ。ただこの話はある人からの受け売りです。宗教のことなんかも研究している人で、もっと詳しく知りたければ、行って話をきいていらっしゃい」
は、はい……。

「あのう……仏教ってインドが起源ですよね、そうすると……インド人も日本人同様、虫の命のことを大切にする考えをもっているってことでしょうか?」と私。
「そうですねえ、それは私にはわかりませんが、どうなんでしょう、知りたいですねぇ。
虫塚っていうのもありますよ。殺した虫の慰霊碑です。アイヌの人たちが大量に発生したバッタを成敗して、その死骸を土に埋めたのがはじまりとか」とT先生。

「虫送り」っていうのもありますよね、とおききすると、
「あれは主に稲につくウンカに出て行ってもらうための行事で、平家のために戦った斎藤実盛が悪霊となり虫に乗り移ったといわれ、武士の姿をして戦わせる所もありますが、現在も各地でいろいろに形を変えて行われている行事ですね」。
「虫退治、じゃなくて虫送り、という表現が奥ゆかしくていいですね」と私。


「虫送り」(Wikiから引用)
「稲などにつく病害虫を追い払うための儀礼。村単位で行われる重要な共同祈願の一つである。農薬などの有効な防除法をもたない時代には,各地の農村で盛んに行われた。虫害は古くは悪霊のしわざと考えられ,全国的にほぼ共通した形式の呪法が伝えられている。虫の霊をわら人形などの形代(かたしろ)に移し,これを中心にたいまつをともし,鉦(かね)や太鼓ではやしながら耕地をめぐって村境まで送り,まつりすてる。人形には苞(つと)に入れた食物を持たせたり,害虫を葉に包んで付けるのが一般的である」


 帰ってきてから「お坊さんが坊主頭の理由」で検索してみると、「手入れの手間がいらないので修行に専念できる」、とか「清潔に保ちやすいから」という現役のお坊さんたちからの説明はあるものの、シラミの殺生回避に言及しているのはなかった。現代のお坊さんたちは、自分が坊主頭であるそもそもの理由をもう知らないのだろう。

 食草が十分でなかったり、蛹を羽化させられなかったり、親虫から卵を横取りしたり、飼育に失敗して心ならずも虫を殺してしまったことも多い。虫供養をしないまでも、心のなかで手を合わせている。ふだんは「虫きらい!」という人が大部分の日本人の心の奥底には、「虫送り」「虫供養」「虫塚」といった言葉や行事から見える、虫を殺すこと-殺生-への深い罪悪感と畏れの気持ちがけっこうどっしりとあるのだなあ。



 一昨日のこと。分厚い書類の入った郵便が届きました。
先日、来年の『このは』誌(文一総合出版刊)連載のために、取材インタビューをお願いした梅谷献二先生が、取材依頼ご快諾のお便りとともに、梅谷コレコクションとして名高い虫の工芸品のコレクションの絵葉書、朝日新聞科学欄に連載していらした「変わる虫」、その他寄稿された雑誌のコピー、そしてご著書『虫の民族誌』(1986年築地書館刊)を送ってくださった!


 梅谷献二(うめやけんじ)先生は、北海道大学大学院農学研究科(博士課程)を卒業後、農林水産省で植物防疫、各試験研究機関を歴任され、専門書から一般向けまで、虫関連の著書・共著書が80冊以上という、雲の上の方。  
 私はご著書『虫の博物誌』『虫けら賛歌』『虫のはなし・~』などを読んで以来、密かにファンに。
 来年の雑誌連載案でインタビューの企画が通ったのだ~。




 お正月にゆっくり読んでインタビューの準備をしよう、と思っていたけれど、ちょっとページをめくると面白くて面白くて、やめられなくなってしまった。

 冒頭の1篇『クモと宝石』は、宝石展を企画したあるデパートが、高額な宝石を盗難から守るために考え出した奇想天外なアイディアに梅谷先生が巻き込まれた話。
 なんと!このデパートは展示する宝石のケースのなかに、毒蜘蛛として名高いタランチュラ(実はネズミ1匹殺す毒ももっていないのだけれど)を放ち、宝石を泥棒から守ろう、というのだから、これが実行に移されたことにまずびっくり仰天。
 しかし、毒蜘蛛入手を手配したのはいいけれど、もちろんクモなど扱ったことのないデパートの担当者はここに至ってハタと困惑し、梅谷先生に泣きついてきた。会期中なにを餌にやったらいいのか、終了後はどうやってクモを処分したらいいのか……この話の顛末は?
興味のある人はぜひ『虫の民族誌』で読んでください。
 
 

しかし、梅谷先生の文章は読むほどに
「むずかしいことをやさしく,
やさしいことをふかく,
ふかいことをおもしろく,
おもしろいことをまじめに,
まじめなことをゆかいに,
ゆかいなことをいっそうゆかいに」
という井上ひさしさんの名言を体現した名文。
 この虫界の、稀代の書き手のインタビューを、私はちゃんと伝えることができるのだろうか―
ああ、今から激しいプレッシャー。

 このエントリータイトルの最後にある「虫迎え」というのは、春が待ち遠しい私が勝手につくった言葉。
啓蟄よりもうちょっと後、ほんとうに虫が出てくるのが実感できる4月ごろかな。
梅谷先生にお会いするのも、そのころになりそうだ。




 今年もたくさんの虫と人に会うことができた年でした。
 来年も、どうぞよろしく!
 みなさま、良いお年をお迎えください。



 

 

 

川邊透さん著『昆虫探検図鑑』(仮題)も発売記念トークセッション決定!

2013-12-21 21:01:39 | 日記


 来年は虫友の単行本発刊がつづきます。
1月末の天野和利さんの『昆虫記者のなるほど探訪』につづき、6月には『むし探検広場』園長&『昆虫エクスプローラ』管理人である川邊透さんの、Web図鑑のパワーアップ書籍版『昆虫探検図鑑』(仮題)が、ついに発刊されます。

 虫好きなら名前調べてしょっちゅうお世話になっている『昆虫エクスプローラ』。
Web版だけでなく、紙の図鑑バージョンもあったらなあ……という願いがついに叶うのです~



制作途中の図鑑のページ(細部が変更される可能性もあり)をちょっと見せていただくと…美しく、大きい写真で見やすい!

 
  注目すべきはその掲載種数。1600種を超えるという。
今年の8月にもしかすると発刊、という話もきいていたのですが、その後の観察で掲載したい種がどんどん加わり、ページ数も増えてB5版の大きさというから・・・たぶんどっしりした図鑑になるでしょう。
 なにせ、高校時代から撮りためたという虫の写真の集積。どれも川邊さんが野外で撮影した生態写真が満載の、「自宅でゆっくり楽しむ図鑑」。

 この図鑑が他の図鑑と違うところは?と訊いてみると―
○1600種のなかには、一般の図鑑では今まで生態写真で紹介されていなかった種も多い。

○カメムシ目やバッタ目は、幼虫の写真も多く取り上げられている、というので、とかく苦労する幼虫ステージでの名前調べにも活躍してくれそうだ。

○主要な種類については、見つけ方のコツやトリビアな情報なども紹介されている「読んで楽しい図鑑」でもある。

○また付録の「虫マトリックス」(仮題)は、川邊さんが図鑑本体に劣らず力を注いで制作した、
これまたスグレもの。この虫はいったい何の仲間なのか???それすらわからないことってけっこうありますよね。そんなとき、一目瞭然「見た目」で調べることができる!

 どうもポスターのような仕様になっているらしいので、壁に貼って始終眺めることができそう。

制作中の「虫マトリックス」(仮題)。見ているだけで「きれい」「楽しい」「ためになる」


 また日本を4地域に分けて、それぞれの地域での「見つけやすさ」なども表示されていて、とにかくこれは長年『昆虫エクスプローラ』で培った、使う人のことをとことん考え抜いた画期的な図鑑。


 
  この図鑑の発売は6月の予定だそうですが、8月に、ジュンク堂池袋本店で発売記念の「川邊透×鈴木海花」トークセッションを行うことになりました。(日時が決定したらまたお知らせします)
 図鑑の魅力を、根掘り葉掘り、川邊さんにお訊きするこのトークセッション。もう買ったよという人も、これから買おうという人も、どうしようかなあと迷っている人も―ぜひ聞きにきてください。

  また同時に、先日のカメムシトークショーで大活躍(?)された大阪 伊丹市昆虫館の学芸研究員で、
あの大人気図鑑『日本の昆虫1400 ①②』で話題になった虫の白バック写真を撮った長島聖大さんの
「虫の白バック写真の撮り方展」(仮)も開催されるそうです。
 来年の夏はジュンク堂へ!






天野和利さんの『昆虫記者のなるほど探訪』書籍発売記念トークセッションやります~

2013-12-20 09:26:01 | 日記


 2014年1月の末に、時事通信社時事ドットコムで連載されていた記事を編集・加筆した『昆虫記者のなるほど探訪』-大のおとなが踏み込んでしまったディープな世界にようこそ-が発売されます。
これを記念して2月20日にジュンク堂池袋本店4Fで、トークセッション開催が決定!


「これはもうジャケ買いでしょう、わっはっはっは・・・」と昆虫記者が自画自賛する書籍版の表紙。


天野さんっていう人は……日本でただひとり「昆虫記者」を名乗り、会社の正式な名刺にも「解説委員」と並んで堂々と「昆虫記者」と。
 以前『昆虫記者』のサイトで取材していただいて以来の虫友。なんとなく好きな虫の種類とか、虫に対するスタンスとかが私と似ている。時事ドットコムには、たくさんのコンテンツがありますが、昆虫記者は大人気。そこで書籍化となったそうです。

 トークセッションでは、Web版はタダで読めるけど書籍は有料―どこが違うの?取材中の失敗談は?家族崩壊の危機を抱えながらの海外虫探し旅行の今後は?などなど、虫友ならではの切り口で鋭く昆虫記者に迫ります。
書籍版を買おうかどうしようか迷っている人(聴いたらきっと欲しくなるはず?)、昆虫記者ってどんな人だか一度見てみたいわ、という人はぜひ!

「天野和利著『昆虫記者のなるほど探訪』 発売記念トークショー
~『虫目のススメ』著者・鈴木海花が訊く制作秘話~」
ジュンク堂書店 池袋本店
開催日時:2014年02月20日(木)19:30 ~
参加申し込みはこちらです。
TEL.03-5956-6111
東京都豊島区南池袋2-15-5








『昆虫交尾図鑑』騒ぎと、宇佐美朋子さんの展覧会

2013-12-13 10:31:28 | 日記

あら、いらっしゃい! 今、うちの廊下の壁に止まっているガ。1、2センチ。ブドウトリバかな?
 



 ここ数日、ネットを騒がしている『昆虫交尾図鑑』トレース問題。
 発売日に娘から「こんな虫本出てるけど・・・」と言ってきたので、検索してみると……
帯に「命を紡ぐ姿は、美しくて……バカっぽい。時に美しく、時に狂気、時に滑稽で、時に哀しい。現役美大生が描く、そんな虫たちの愛の営み25態」と。
「現役美大生(女子)」「下ネタ」そして飛鳥新社…とくればキワモノ本。
と、ここまではまあいいんです。
ヒトは「キワモノ」に惹かれるもの。
世はその心理を利用したビジネスであふれている。

 たまたまこの日、池袋のジュンク堂さんへ来年の打ち合わせにいったので、棚をのぞいてみると、
新刊だから面出し(表紙を見せて棚に並べること)で置いてある。
で、パラパラ見てみると予想どおり、というか載っている絵の虫が死んでる。
25種で「図鑑」と名乗るのは言葉の綾としても―と棚にもどした。

 で、帰ってみると、アマゾンのレビューがプチ・炎上してた。

 著者はネットのインタビューで、一年間野山を駆け巡り、ひとりでつくった(「無理、無理~品質120の最高級神速自在帯を装備して1年間野山を駆けても25種の交尾シーンには会えないよ~」←意味わかる人だけわかってネ―とロロナも言っている)と。
 そのあと、ツイッターで著者があくまで「自分ひとりでつくった」と言い張ったのに対し、
誰かが無断使用された「虫ナビ」の画像を探しだし、比較した実証画像を投稿すると一転、トレースを認め、印税も著作権も返上する、と。
 
 トレースと模写。これって、私はちょっと違うと思う。
でも、この本の絵は、模写すらしていないんじゃないかな。
 美術の勉強は模写からはじまる。著者は学生だから、模写はふだんの勉強でふつうにやっていることだろう。写真なんていくらでもシェアしたり、みんなしてるじゃん……なんで悪いことなのぉ???でも、これだけ言われたら、謝っちゃうのがいい、バッシング辛いし……という気持ちがツイートからにじみ出ていて、さらに炎をあおる結果に。
 学校の課題制作だったら許される範囲のことが、不特定多数の人にお金を払わせる書籍となると、事情は全く違うということがこの美大生には理解できていないよう。
 肝心の版元である飛鳥新社がこの後、弁護士にも相談したけどこれは著作権侵害ではない、こちらこそ誹謗・中傷をされて憤慨している」との、超厚顔無恥な声明を発表したので、ネットは再炎上。

 まだ数少ない女性の虫関連本著者のひとりとして、私はこの経過を他人ごとでなく注視している。せっかく書店でも売り面積が広がるほど虫の本が増えている―虫に興味を持つ人が増えている―というのに……というか、数が増えれば玉石混淆。こういったものを混じってくる。


 それにしても、不愉快な話。
アキノ隊員もモヤモヤ。
(でもこれだけ交尾写真があると、また利用されるかもしれないから、気をつけて~)
虫関連の創作をしている女性製作者たちが、「虫ガールとかさ、女性の虫好きとかって所詮キワモノだろ」と勘違されるような印象を世間一般に与えただろうことを考えると。

 そんな折も折、虫好きな人たちの怒りとモヤモヤを晴らしてくれるような展覧会が、きょう12月13日から自由が丘「もみの木画廊」で始まります!





 宇佐美朋子さんのグループ展「⑤展 いろとかたち」。
今年の夏、あこがれのヨナグニサンを見に与那国島まで行った宇佐美さん。
この展覧会では、ヨナグニサンテーマのものをはじめ、新作がたくさんあるそうです。
正真正銘、生息地へ足を運び、自分の目で実物に出会い、観察してその喜びや驚きを作品に昇華させた宇佐美さんの展覧会へ、「目と気持ちを洗いに」行こう、っと。


「⑤展 いろ と かたち」
於:自由が丘 もみの木画廊(世田谷区奥沢6-33-14 03-3705―6511)
2013年12月13日(金)~12月22日(日)
11:00~19:00(最終日 17:00まで)
オープニングパーティ:12月15日 16:00~19:00




 

 






「カメムシだらけ」の夜でした

2013-12-06 11:40:21 | 日記


 12月3日は19時半から、ジュンク堂池袋本店でのトークセッションイベント「あなたの知らないカメムシの世界~カメムシだらけにしたろうかー!~」に行ってきました。

(立川周二さん撮影)

 パネラーは、かの「日本原色カメムシ図鑑 第3巻」の著者のひとりで、東京大学特任研究員の石川忠さんと、大阪伊丹昆虫館学芸研究員・長島聖大さんという、カメムシ界の東西両横綱。
 
 ジュンク堂は品揃え日本一の書店であることはもちろんですが、ここ池袋本店では先ごろ虫関連の棚が、4台分拡張される、という快挙がなされたばかり。
 これは何を意味しているのか-そう、もちろん売れているから!です、虫の本が。

4台から一挙8台に虫本の棚が拡張された売り場。



あ、虫札欲しいな~


 出版される本も増えてきているという。
で、数あるジュンク堂のトークイベントにも虫テーマのものがじわじわと増えつつあるわけで。
 とはいえ、「12月の種村弘書店トークイベント」とか「史上最強の助っ人エディターH/テラサキ傑作選刊行記念トーク」とか、ビッグネームのトークが目白押しのなか、いったいカメムシトークにどれだけの人が集まるのか・・・・・・と危惧していたら満員御礼(定員40名)でキャンセル待ちの人もいるという大盛況。参加者のうち半分以上が女性でした。


拍手のなか石川さん、長島さん登場。


 石川さんと長島さんは大学時代の先輩、後輩だそうで、息もぴったり、東京弁と関西弁混淆の楽し可笑しい、軽快なトークショーとなった。
 会場には、石川さんの恩師にあたる大御所、「図説カメムシの卵と幼虫」という魅惑的な本の著者でもある立川周二先生をはじめ、キラ星のごときカメムシ界のメンバーたちも顔を揃えている。「むし探検広場」「昆虫エクスプローラ」の川邊園長、前回ブログで紹介した「昆虫学入門」の著者 野村昌史さんの姿も。
 
 まずはそもそもカメムシとは、という分類や体のつくりの特徴などの基本の話。カメムシLOVEを標榜する私も知らなかったことがたくさん。


このグラフ、カメムシに対する一般のイメージを調べたものだそうですが・・・マイナスイメージが70%というのは・・・もっとこの率は高いと思うけどなあ。


 例えば、カメムシのあの匂いの元は、胸部腹面にある臭腺から分泌されるアルデヒド系の液。
この臭腺開口部からジュワっと強烈な臭いの液が出てくるわけですが、その周りには「蒸発域」というビロード状の部分があるのだそう。
 これはカメムシが自分の体の他の部分に匂いのする液をつけないため(自分でも嫌なのね)と、分泌された液体をここに染み込ませて匂いを拡散させるためのものだそうだ。
 すごぉい!カメムシがディヒューザーを持っているとは知りませんでした!
これは、ちょうどアロマテラピーで匂いを拡散させるのに、素焼きの板にアロマオイルを垂らすのと同じ。拡散装置まで備えているとは、さすが匂いの達人カメムシ!


ジュンク堂のトークセッションでは座って話すパネラーがほとんどらしいが、この高テンションのおふたりははじめから終わりまで立ったまま。


 この日の参加者のほとんどは、カメムシが好き、興味がある、という人たちばかりでしたが、2名だけ「家庭菜園をしていて本気でカメムシを退治したいと思っている」
「家に入ってくるカメムシに悩まされているので敵を知るために来た」という女性がいらっしゃいました。
 この方たちは、「カメムシって、いいよね~」とノホホンと参加している私たちより、ずっと真剣。
「カメムシの天敵はなに?」とか「臭いは種によって違うのか?」などなど、鋭い質問を連発します。
カメムシの天敵はまず鳥類だそうですが、匂いが嫌になると途中で食べるのを止めちゃうこともあるそう。あとタヌキもカメムシ食いだというのは知らなかった。でもたぶん最大の天敵は、カメムシ退治に精を出すアナタ(人間)でしょう、と心のなかでつぶやく。
 
 臭いの基本物質はアルデヒト系のものだが、種によって匂いに違いがあり、青りんごのよう、と形容される匂いを出すオオクモヘリカメムシみたいなものもいるし、アメンボ類(これもカメムシ目の虫です)は飴のような匂いを出すのでその名があるそう。
 食品で一番近い匂いのものはやっぱりコリアンダーだそうだ。
 へえ~と思ったのは、カメムシの匂いは一度放出されると、次に匂いを出す準備ができるまで数日から1週間もかかる、という話。つまりカメムシはいつもいつも匂いを出せるわけではないのだ。

 カメムシ防除のための天敵昆虫として商品化されているナミヒメハナカメムシなどというのもいて、ピーマン、ナスなどをしわしわにする害虫アザミウマの天敵だそう。多少は人間の役にたっているカメムシもいるようだ。


  日本のカメムシ研究家たちが総力を注いだ「日本原色カメムシ図鑑」シリーズは、いわば「カメムシ道の三種の神器」。1巻353種、2巻447種、3巻665種と網羅されているが、3巻発刊後に175種もの未記載種があるそうで、夢は第4巻に向けて膨らんでいるそうだ。

著者たちには、まだまだやりたいことがこんなにいっぱいある。


 そして最後に、カメムシ図鑑の担当編集者であり、版元・全国農村教育協会の元村専務から、一同が感激したある読者からの手紙が披露された。




 それは岩手県岩手郡葛巻というところにある、全校児童数29名という山間の小さな小学校の校長先生(女性)からのお手紙でした―
 冬から春にかけて、たくさんのカメムシが室内に入り込み、大変厄介者になっている。嫌われ者のカメムシだが、「せっかくたくさんいるのだから、どんな種類のカメムシがいるのか調べてみよう」とカメムシ図鑑を購入し、2013年度は全校児童でカメムシを調べることにした。現在学校周辺で見つけたカメムシは38種、カメムシが苦手だった子供たちが、得意げに「新種です!」といって持ってくるようになり、いつの間にはカメムシは本校の宝物になった。保護者もとても興味をもって見守ってくれている。これも図鑑との素晴らしい出会いがあったおかげだが、図鑑をたよりに子供たちに種名を教えてきたものの、間違えて教えてしまってはと心配になり、図鑑の監修に当たられた先生に、38種の画像をみてもらい確認できたら―
という趣旨の手紙でした。

 東北地方の人たちにカメムシが与えているご迷惑というのは、かなり深刻なものだと聞きます。
個人宅へ入り込むのはもちろん、旅館などの観光施設もこの時期休業に追い込まれるらしい。古来よりごく身近にいる厄介者。ふつうは駆除したい、と思うのが当然で、「たくさんいるからどんな種がいるか調べてみよう」とは……なりません!
この稀有な発想の流れは、図鑑制作出版関係者に衝撃的ともいえる感動を与えたようです。

 ところで岩手県の葛巻という場所。いったいどこにあるのか。行ってみたい!と衝動的に思った私は、東京からの行き方をネットで調べてみたけれど、イマイチわからない。で、葛巻町役場に電話してみた。そのウェルカムな電話の対応にますます行きたくなってしまったのだが、どうやら5時間くらいで、東京からこの小学校までたどり着けるようだ。しかもこの町は、ある分野では全国で有名な町でもありました。

 (震災の前から)エネルギー自給率160%、酪農とワインづくりで知られる町だったのです。
自分の足元の井戸を掘り、そこにある宝ものを活用してともに生きていく―もともとこの精神が根付いている町だからこそ、毎年大挙して押しかけるカメムシについても、退治するんじゃなくて調べてみよう、という発想が生まれたのではないでしょうか。

 来年、もし訪れることができたら、葛巻町とカメムシについて、ご報告したいと思います。




トークのあとの書籍販売会。急にサインを求められて緊張顔の石川忠さん。


「なんだか、カメムシ道の未来は明るいなぁ」と帰り道、胸の内があったかくなった、師走の夜でした。