まだ、日本が地球上のどのあたりにあるかもままなる、幼き頃。私は夢を見た。
星の見えない満月の晩。こうこうと照らす月明かりの中。花、花、花。
葉からこぼれ落ちる露の音。
甘いオレンジの香り。
絶え間なく流れる水。
宮殿。
そして現れる紳士が一人。
朝、目を開けた瞬間にそれまで見ていた夢をすっかり忘れてしまう。そんな私が、唯一覚えていた夢。
ある日私は知る。この場所が実在することを。
それはアルハンブラ宮殿。
800年におよぶイスラーム朝が栄えた、グラナダ。
白壁の家々の間から見えるくっきりとした青い空。
坂を登っていくとある宮殿。その「赤」という意味の宮殿の中は、まさしくパライソ。
長い歴史の中で、宮殿は時に赤い血で染まることもあった。
イスラームの庭に欠かせない水。その水路を真っ赤な血が流れることもあった。しかし、流れつづける水は、いつしか元の透明さを取り戻す。
何事もなかったかのように、水は流れ、花は咲き、香る。
夢を見てから20年後、私は花の盛りにアルハンブラを訪れた。
夢に見たままの光景が広がっていた。
そして、待っている人がいた。
その晩、空を見上げると鏡のような月が輝いていた。
ソル・イ・ソンプラ
光と影の国
私の歴史もまた、新たな章が始まった。
光と影、月明かりの元、物語は始まる