イスラミック・ブルー

スペイン、エジプト、イラン、トルコ、チュニジアへ、イスラミックな旅へ。
スペイン/地中海レストランガイド

フラン、それは美しきプリン

2007-06-28 22:44:59 | タベルナ・マタアム・食いもの屋

 フラン、おお愛しのフラン。
 スペインを思い浮かべる時、いつも傍らにあるのは、フラン。
 寝てもさめても、お前の美しき姿、かぐわしい香りを思い出す。
 おお、フラン、愛しのフラン。
 今日も午後4時に逢おう。

 決して、フランチェスカ(スペイン女性の名前)のことではない。
 フランとはプリンのこと。
 ランチのデザートメニューを一応聞く。でも答えはいつも決まっている。
 「フラン」
 それも必ず生クリームを忘れないで!
 スペインのデザートを出す店には、ほぼ必ず自家製フランがある。
 マドリードのスペイン広場近くにある、とあるバルの「フラン・デ・ケソ」(チーズ味のプリン)は濃厚で絶品。私の秘密のバル。
 プリンは疲労回復が早い。だから旅先のデザートには持って来い。そして、スペインのフランにハズレなし。
 そんな訳で、スペイン旅の間、私のデザートタイム、大抵は4時ごろ、今日はどんな愛しのフランに出会うかと、胸を躍らせているのである。

 嗚呼!フラン、お前の元に再び還るのはいつの日か…

 


人気ブログ検索 - ブログフリーク 人気blogランキングへ  


魚介にはチャコリ

2007-06-24 23:48:13 | タベルナ・マタアム・食いもの屋

 バスクのバルで「何を飲みますか?チャコリでいいですね」と、どんどん注文するK君。全部お任せである。
 バスクのバルのカウンターには大皿に盛られたピンチョスや、料理がいっぱい。
 メヒヨネス(ムール貝)とガンバス(エビ)が運ばれてきた。
 魚介を食べる時に日本酒以外のお酒を飲むと、どうも口の中が落ち着かない。生臭い感じが残るのだ。ところが、このチャコリという、バスクの微発泡性の白ワインにはその生臭い感じがない。魚介にぴったりのお酒である。さすが、港町!食の街!
 話上手のTさんと3人でバルのハシゴ。どこのバルも、カウンターの上には、おいしそうなお皿がいっぱい。チャコリはお肉との相性もいい。
 のん兵衛で無くとも、バスクにきたらバルのハシゴは絶対にオススメ。
 でも飲めるのであれば、チャコリで一杯。赤ワインのリオハももちろん美味しいけれど、それはちゃんとしたお食事の時にとっておいて…
 日本にチャコリの飲めるオイスター・バーがあったら、牡蠣を食べつくしてしまうかも!?と思ったほど。
 日本で懐かしく、パブロフの犬になっていたところ、
SPANISH BAR SoL VASCO のプレオープンでめでたく再開することができた。定番メニューには無いけれど、オーナーは、また何かの機会にきっと飲ませてくれることと信じている。


人気ブログ検索 - ブログフリーク 人気blogランキングへ  


セビ-ジャからの手紙

2007-06-19 23:32:20 | アンダルシア

 セビージャ(セビリア)から絵葉書が舞い込んだ。スペインが大好きなお姉さんから、旅の便り。
 スペイン一、文学的で詩的で、絵になる街。それはセビージャ。かのカルメンの舞台もここセビージャである。
 ローマとアラブとキリストの見事な融合。

 残酷王と呼ばれたペドロ1世が、大改造を行った、居城アルカサルに足を一歩踏み入れると、ため息がこぼれる。これを造った人が残虐な心を持っているとはとても思えない。国を収める王としてしての顔。そして審美眼。ムデイハルの最高傑作を残した。あまりにも完璧な造りゆえに、その後の支配者たちも、ほとんど手を入れることは無かった。
 そして広大なパティオ。             
  「ターバンをしないアラビアの人」と呼ばれたペドロ1世。憧れのアルハンブラ宮殿を模したアルカサルの庭は、アルハンブラの水音の向こうに感じる静寂や、ひそやかな美しさとは違った、アラブの開放的な乙女の笑い声と足音が聞こえるようだ。そして、なつめやしの木が、空をもまた一段と高く感じさせる。
 ペドロ1世の時代、宮殿の中では、言葉も衣装も、全てがアラブであったという。
 
 アラベスク
 光と影
 
 ここには音がある

 輝くアラベスクが、
 床に散った、その影が、
 唄う、しゃべる、にぎやかに

 それはかつて、アラブの時代、セビージャが音楽の街だったからかもしれない。
 哲学者、イブン・シュルドは「コルドバの音楽家が死ねば、その楽器はセビージャに持っていって売られるが、セビージャの学者が死ねば、本はコルドバに持っていって売られるようだ」と言った。
 セビージャで編纂された『ザヒーラ(宝庫)』には、恋の歌が収められ、ウードの調べにのせて唄われた。 
 
 今は、ゆれる光と影の中、アラベスクのおしゃべりがほほえましい


 


人気ブログ検索 - ブログフリーク 人気blogランキングへ         


シカゴ、私を呼ぶのはだあれ?

2007-06-12 00:17:49 | スペインを求めて…

 シカゴは散歩をするのにとても好い街だ。近代的なビル郡も、落ち着きがあり、ウィンド・ショッピングをするのも、一つの芸術観賞になる地域が多い。
 シャガールのモザイクなど、ぶらぶら歩きながら、モニュメントに出会うのがとても楽しい。何より、スプレーのいたずら書きなどがないし、おまわりさんや警備の人も無く、自然とそこにあるのがいい。

 夕闇迫る頃、沈んでいく太陽の光が、ビルをオレンジに染めている。ミシガン湖から吹く風に押されて、私は不思議な空間に出た。ブランズウイックプラザに建つ、ミロの「シカゴ」という女性像の前。通りの反対側にはピカソの像。
 巨大な二つのモニュメントが、近づかないとそれほど大きく感じないのは、アメリカが大きな国だからか?いやいや、それだけ街に溶け込んでいるということだろう。

 両手を広げて、「さあ、いらっしゃい」と呼びかけるミロの像の向かいで、ピカソは知らん顔しているように見えるのは私だけ?
 「さあ、スペインに行くのです!」と訴えるミロ。
 「世界は広いさ、もっと遠くを見てごらん」とピカソ。
  刻々と迫り来る闇…
 
 こんな風に感じたのには、それぞれの像の立ち位置も関係あるように思う。
 ビルとビルにはさまれるようにして、すっくと立っているミロ。対して、広い空間にどっしりと腰をすえているピカソ。
 NYとは違い、街中で物思いにふけるのもシカゴならではか。


人気ブログ検索 - ブログフリーク 人気blogランキングへ


巡礼の道

2007-06-04 23:00:11 | 巡礼の道

 自分がいつから、巡礼の道を歩きたいと思っていたのか、定かではない。それも、フランスから入り、ハカから始まる旅というイメージだけはできていた。
 「フランス」と「ハカ」この2つのキーワードだけで、実に、コンポステーラがどこかと言うことを、そもそもどこに向かう巡礼なのかが完全に欠落していた。
 フランスからハカに向かって、歩く。その道をどれだけ想像したか。しかし、そこには途中に訪れるカテドラルやイグレシアの存在は微塵も無い。
 私のイメージにあるのは、ただ「道」である。
 
 だから、今回の旅で、私はなんとしてもハカに行かねばならなかった。

 ハカの道、それはそれはすばらしい道であった。
 まず、通りすがりの人が歩いていいのか判らない、どう見ても私道。
 廃車のような車が乗り捨てられ、とうせんぼしている農道?
 背の高い草がびっしりと生え、道とは思えないが、腐った杭に、蛍光ペンキでしるしがついているから、選択すべき道。

 小川が横切っている、どうやっても飛び越えられない道。
 そして、どこまでもまっすぐ続く、道。

 誰もいない道で、苔むした石に腰かけ、川のせせらぎと、虫のかさかさ歩く音を聞く。
 
 この道を、いつか、帆立貝とひょうたんを持って歩く日がくるのか。
 この道の先に、何があるのか。
 それは判らなくてもいいのかもしれない。
 巡礼本来の意味合いは無いかもしれない。でも、この道を歩くことで、私はいつの日か、自分の巡ってきた土地を、懐かしみ、思い出し、紐解くことができそうな気がする。
 自分探しを終えた時、この道は、私の前に開ける気がしている。

 


人気ブログ検索 - ブログフリーク 人気blogランキングへ