還りたい、還りたいと魂が叫び続けるアンダルシアを背に、ある時、私は北へと足を向けた。
寒い、耳が切られそうに凍てつく風の中、スカーフを巻いて、真っ青なコートを着て、私は旅に出た。
ドゥエロ川の静かな、鏡のような水面に引き込まれそうになる。
水の上を歩いていけば、輝く夕日の向こうの、幻想的な世界へ行くことが出来るのではないかと錯覚する。
どこまでも、どこまでも美しい。そして、心休まる静けさ。
詩人の愛した町。
誰しも詩人になってしまえるような、そんな雰囲気のある町。
ああ、ソリアを愛した詩人、マチャドはセビリアの生まれ。
アンダルシアの情熱的な血が描かせる、秘めたる想いがこめられた詩の数々。
私は行く。
アンダルシアに背を向け、マチャドが追悼したピカソのゲルニカの町へ向けて。
巡礼の道を歩く。
マチャドの「道はない。歩くことで道は出来る」という、高村光太郎のような詩に後押しされて、私は行く。
スペインが遠い。遠いけれど、決して私を忘れない。
私が忘れてしまわないように、聞こえてくるスペイン語の調べ。
ドゥエロ川の水面を思い出す。
その向こうに、未来が見える。
ただいま発売中の「エクラ」、スペイン「遊」紀行は、グリーンスペイン特集。
グリーンスペインという呼び方はスペイン観光局発行の冊子などでしか、日本語では見たことがなかったが、いよいよ日本でも市民権を得てきたようである。
ビルバオ在住の素敵なお兄様方に連れて行ってもらった、懐かしいバルも出ていた。取って置きの店、紹介された嬉しさと、食べつくされてしまうかも!のちょっとした悔しさがない交ぜになって、すぐにでも飛んで行きたい気持ちになった。
アストゥリアスの苔むしたような山肌の写真を見て、スペイン王政発祥の地に、いつの日か瞑想の時間を求めたいことを思い出した。
この山が阻んだ、イスラームの進入。この地に眠る、イスラームの人々の魂の嘆きはあるのか?それともないのか…
極上通販という名のページでは、目に毒な生ハムやチーズ、ワインの写真が出ている。
グリーンスペイン、巡礼の道ともかぶっている。巡礼に行ったつもりが、食い倒れツアーにいつの間にか替わっていても、誰も疑問に思わないと思うのは、修行が足りないからか。
自分がいつから、巡礼の道を歩きたいと思っていたのか、定かではない。それも、フランスから入り、ハカから始まる旅というイメージだけはできていた。
「フランス」と「ハカ」この2つのキーワードだけで、実に、コンポステーラがどこかと言うことを、そもそもどこに向かう巡礼なのかが完全に欠落していた。
フランスからハカに向かって、歩く。その道をどれだけ想像したか。しかし、そこには途中に訪れるカテドラルやイグレシアの存在は微塵も無い。
私のイメージにあるのは、ただ「道」である。
だから、今回の旅で、私はなんとしてもハカに行かねばならなかった。
ハカの道、それはそれはすばらしい道であった。
まず、通りすがりの人が歩いていいのか判らない、どう見ても私道。
廃車のような車が乗り捨てられ、とうせんぼしている農道?
背の高い草がびっしりと生え、道とは思えないが、腐った杭に、蛍光ペンキでしるしがついているから、選択すべき道。
小川が横切っている、どうやっても飛び越えられない道。
そして、どこまでもまっすぐ続く、道。
誰もいない道で、苔むした石に腰かけ、川のせせらぎと、虫のかさかさ歩く音を聞く。
この道を、いつか、帆立貝とひょうたんを持って歩く日がくるのか。
この道の先に、何があるのか。
それは判らなくてもいいのかもしれない。
巡礼本来の意味合いは無いかもしれない。でも、この道を歩くことで、私はいつの日か、自分の巡ってきた土地を、懐かしみ、思い出し、紐解くことができそうな気がする。
自分探しを終えた時、この道は、私の前に開ける気がしている。
レオンからバスで1時間弱。アストルガのバス停は、カテドラルの近くにあるので、まずはホッとする。中世の城壁、それはアビラの城壁と同じものだが、その上に街が乗っかっているように見える。
ふらりとやってくる観光客は少ないようで、カテドラルの中の美術館は、開館時間を過ぎても開く気配がまったくない。
案内所で地図をもらい、歩き始める。商店街でまず目に付くのはチョコレート。お菓子屋さん、土産物屋さん、チョコレート屋さん!と、軒並みチョコレートを売っている。
アストルガといえば、ガウディーが建てはじめたものの、注文主との意向が会わずに途中放棄した司教館があることが知られている。
しかし、ここはチョコレート発祥の地という、歴史的に重要な地である。チョコレート街道の路地を入ったところには、かわいらしいチョコレート博物館がある。
ここに展示されている型と、同じ型でチョコレートを固めて、アストルガや、レオンでは売っていた。味も、当時と変わらないと思われる、素朴なちょっと粉っぽい、砂糖のザラザラ感を感じるチョコレートに、歴史を感じる。
現代の私たちには決して甘いとは言えない、素朴なチョコレートだが、当時の人々にとっては疲れを癒す、魔法の薬だったに違いない。
南米から持ち帰った「苦い水」という意味のチョコラルを、甘くし、チョコラーテとして、アストルガから世界へ送り出したことはあまり知られていない。
博物館では、試食しながら好みに合ったチョコレートを買うことができる。そして、包み紙や、缶、おまけのプロマイドなどを見ていると、時間のたつのはあっという間だ。
アストルガ産のチョコレートで入れた、ホットチョコレートにチュロスを食べようと、行く前から楽しみにしていた。しかし、アストルガ、レオンどこもチョコラテリアで使っているチョコレートはなぜかイタリア産。ありがたくないことに、チョコラテリアの門前に置かれた、チョコレートのメニューの下に「チョコレートは全てイタリア直輸入」と書かれている。いっそ、何も書いていなければ、はるか昔のスペイン人になりきって、楽しめたのにと思った。
去年、私はひょんなことからニューヨークに行く機会を得た。理由のない旅はしたくない。しかし、アメリカでイスラームを探すだけの資料を集める時間はない。 そうだ、スペインを探そう!
そうして見てきたアメリカのスペインは、私の知らないスペイン。百聞は一見にしかず。バスクからの移民がアメリカに渡って、根を張ったスペインに、私はいつもスペインに感じるような懐かしい気持ちを抱くことは出来なかった。何だろう?アメリカだからか?これはバスクに行って見なくてはならない。思い立ったが吉日。早速、北への旅を計画。
スペイン北部で興味のあるのは、巡礼の道。いつの日か、フランスから歩いてみたいが、実際にはどんな道なのか?様子を見てこよう。
私が還りたいのは、スペインの中で限定されているのか?
スペインなら何処でも安らげるのか?
バスクの民は羊飼い。羊は私のキーワード。いつの世か、私は羊飼いとしてバスクの民であったのか?それを感じることは出来るのか?
たくさんの自分の中の疑問を抱えて、北へ。
北へ行くこと。それは、自分と向き合う旅。
イスラームから逃れた人々、戦った人々、逃げ切れなかった人々の魂の眠る地へ。
そこで私の魂は安らげるのか、それとも新たな前世を発見できるのか。
地中海の小さな水溜りみたいな、ブルーのコートを着た私は、冷たい風と雨の中を歩き始めた。