「あなたを思い出すとき、いつも流れてくるのは久保田早紀の『異邦人』」
言われなくても、この歌を聞くと、荷物をまとめて飛び出したくなる私。
幼い頃の私、
高熱にうなされ、立っていることも、寝ていることも、
全ての姿勢が苦しい、喘息に悩まされた。
O.ヘンリーの『最後の一葉』 を思い出し、窓から見える木々の葉が、
早く最後の一枚になり、私を楽にしてくれたらいいのにと思った。
思春期の私、
自分の居場所を確保するために、太った。
教室の白いカーテンが、風になびくのを見て、
時の流れを感じた。
心の中の時間は止まったまま。
青春の時、
肌がただれて、血だらけの夏、
炎症値0。
西洋医学では、何の解決も見なかった。
私の心は叫んだ。
寝ていて、何かが破裂した。
私の中で爆発した。
もう、生きている意味が判らなかった。
「殺してください」と医者に頼んだ。
頭の中の血管を切った私は、
殺された方がましだと思う痛みと一月戦った。
私は、歩くべき道に気がついていない。
過去が、私を引き戻す、
還るべきところへ、還りなさいと。
引き戻す力に逆らって、見えないもやもやにしがみついて、
あなたはいつまで、己の肉体を痛めつけるのだという声が聞こえる。
なぜ、地中海から遠く離れた、日いずる国に生まれたのかを考えなさいと。
マグレブ(日の沈む国)の国々へ、
自由に飛んでいかれる処へ落としたことに。
古いアルバムに、
濃いピンクの大判の布を頭からかぶり、全身を覆っている、
幼い私がいる。
細かい薔薇の地紋が入った、イタリア製の布。
赤いものを身につけると具合が悪くなる。
いつも、青い海に抱かれているような、青か、白い服の私が、
まるで、ライナスの毛布のように、大事にしている布。
母はなぜ、私の誕生に薔薇を植え、
アラビアンナイトを読んで聞かせ、
大きなお盆に用意したティーセットでのお茶を好んだのか?
あなたが還るその日のために、
ただ、それだけ。
心の中の声は、私の痛みに反比例してそっけない。
死ぬよりも簡単な帰還の旅は、イタリアの片田舎でつまずいた。
「バルセロナへ行きたいの」という私の叫びに、
「君にはアッラーがついているから大丈夫」と、
どこの国とも知れぬ異邦人が、そう私に声をかけた。
どこから見ても東洋人のはずなのに。
あなたを思い出すとき、いつも流れてくるのは久保田早紀の『異邦人』
祈りの声 ひづめの音 歌うようなざわめき…
時間旅行が 心の傷を なぜかしら埋めていく 不思議な道
私は異邦人。
この歌の不思議な道のあるところこそ、私の国。
私は、還った。
私の魂の玄関、バルセロナの空は青かった。
そして、私の魂が呼ぶところへ歩みを進める。
薔薇の花が指標となって。
今度はペルシャへと…