「死んでもいいんだよ」
背中を丸くして、真っ白な顔で、
かみ締めた唇の赤さが異常に際立った口がそう言った。
こんなことを言わせた人たちを、ただ哀れに思う。
本人は、もう切れ切れの命かもしれないが、死にたくはないのだ。
「死んで欲しいなら、一緒にいないよ」
手を握って、一生懸命笑った。
西日の当たる階段の窓辺に、
咲き始めから朽ちている薔薇が一輪、凛としていた。
芯が茶色くなった花、
その周りのピンクの花びらはピンとしている。
夢か現か…
たまにやってくる人たちに、齢90を超えた、寝たきり老人の深層はわかりにくい。
目の前で「判りはしないと」話していることが、
いかに傷つけるか…
意識がなくても「感じる」のに、
まだ意識も、意思もある人には、深く突き刺さる言葉がある。
私はいつも、その人たちと入れ違いに帰宅する。
「ただいま」と声をかけると、
「もう誰も来ない?」と返事が返ってくることがある。
じっと、耐えに耐えている日があるのだ。
朽ちてゆくものは、
時に美しい。
そこだけ時間が止まったかのような、
不思議な空気が漂う。
花も人も、枯れて、見苦しく、目を背けたくなる時がある。
しかし、朽ちてゆく瞬間に、
えもいわれぬ美しさをかもし出す時がある。
その瞬間の長く感じること。
階段の途中で私が足を止めるのは、
どんなに長くとも秒の世界。
それでも、この薔薇に吸い寄せられた時のことを思い出すと、
その時は、止まっていた様にも、無限にも感じていた。
生きとし生けるものは、
知らぬ間に朽ちてゆく
腐るのではなく、朽ちてゆく人生を送りたい
これが私の毎日…