カイロの迷宮の入り口。
ハンハリ―リ市場の裏通りにに張り巡らされた、薔薇一族の小さな店。
エジプト人に苗字がある人は少ない。
たいていは七代前までさかのぼった名前が正式名称。
寺町の門前の七味唐辛子屋のような存在の香水屋がモスクの傍にはある。
薔薇の名字を持つこの一族は、いつから薔薇香水を作り続け、門前で売っているのか…
蜘蛛の巣のように、小さな店を増やし、立ち寄った観光客を最終的には、香水屋へと導く。
何事も最初が肝心。
私の手から生まれたものが、エジプトに根を下ろすのはいつになるのか。
それは神のみぞ知る。
でも、最初に世に出すのは薔薇一族の店からと決めていた。
今、その店頭に、所狭しと並べられたものの中に、私の真珠も身を潜ませている。
誰かの目に留まるのか? 手に取る人はいるのか?
いくらで売れるのか?
誰にもわからない。
ずっとそこにかけられたまま、朽ちてゆくのかもしれない。
それもいい。
「どこで売っているのですか?」そう聞かれた時、
私は
「カイロの城壁の中、18世紀から続く軒下の、薔薇一族の店に」
そう答えたいだけ。
おそらくは何千年も作り続けている、薔薇香水の魔法にかかって、
千夜一夜の夢をのせた私の何かが生まれるきっかけになるかもしれない。
「何もしていません」
今、私がお返事する時の言葉。
驚き、説教する人。
何か困ったことがあるのではと心配する人。
いろいろ。
本当は
「あなたが思っておられるようなこと」
は何もしていませんという意味。
でもそうすると、また「何をしているの?仕事は?勉強は?調査は?○▽◆★??」と、際限ありません。
私は、本来の私に戻っているのです。
私がしたいように、したいことをしているのです。
「時間を無駄にしている」
なんの?誰の?
私は私がしたいことのために、人生の今を有効に活用している。
私の人生、私がいいようにしていいでしょう。
私が眠れる獅子か、眠ったまま来世に行ってしまうのか、
いずれも私が決めることで、運命を受け入れることである。
今しばらく、そっとしておいてください。
何もしていないようで、
私はいつも何かしたいことをしているのです。