地下鉄を降り、雑木林に入り込んだ。じめじめとした土の匂い。枯れ草を踏む音。時折、犬の散歩の人が通るくらいで、人気はあまり無い。
アメリカで、こんなところを歩くなんて、後でそれを知った人たちに沢山お説教をされるだろうなと思いつつ、私は丘をのぼって行った。
私に必要なもの。飢えているもの。それは静寂。
一人になりたくて、
私を知る人のいないところに行きたくて、
それでいて、どこか人恋しくて 、
暗く寂しい森をぬけ、青い空にくっきりと浮かんだ城の前に出た。
私は裏口、勝手口が大好きだ。自然とここも裏口から入っていった。急に開いたドアに、他の観光客の驚いた顔。さて、ここは私の求める場所なのか?
水音に導かれながら、歩みを進めた。
明らかにアラブ様式を取り入れた、中世スペインの建物。オレンジの木があれば、アンダルシアのパティオに迷い込んだかと、錯覚を起こしそうだ。
柱廊の柱に身体をあずけ、中庭を覗き込む。柱を見上げる。
柱は一本、一本皆違うデザインである。植物を模したものから、思わず笑ってしまう人物、不思議な生き物…
遠くから見ると、モスクから教会に変貌を遂げたスペイン建築のような空間が、その中に身体を置くと、行った事もないフランスを感じるのはなぜか?
なぜも何も、フランスからの移築である。スペインとフランスの中世美術の融合。
懐かしいようで、何か違和感を感じながらも、居心地が悪いわけでもない。
夢うつつのような不思議な気分。
ここにあるのは、スペインだけれども、私の知るスペインではない。フランスの香りのするスペイン。
いつの日か、サンティアゴ・デ・コンポステーラを歩いてみたいと思っていた。巡礼の旅はフランスから始めようと決めていた。でもそれは、漠然としたもので、近い将来のことではなかった。つまみ食いのような旅はしない。大好きなアンダルシアもよく知らないのに、スペインの北へ行かれるわけがない。
しかし、ここを訪れてしまったことで、私の足は北スペインへ向いた。ここへ来たことを、意味あるものにするために、私は北へ行かねばならない。
不思議なものである。それまで、私の前に現れたスペイン好きはみなアンダルシアに興味を持った人たちだった。それが、にわかに北が好きな人たちへと取って代わったのである。
私は一人になりたい時にスペインに行く。だから、スペイン人の友達もいないし、在住の日本人にも、ほとんど接触したことが無い。
北が私を呼んでいる。この後、私はスペイン北部を愛する人たちに沢山出会うことになる。
でも、この時、私はまだそのことを知らない。
クロイスターズを出て、私はヘザーの庭で、花と戯れ、花の蜜を求める蜂を追いかける。
入場券代わりのバッチを落とした事に気がついたのは、丘を下ってから。これがあればメトロポリタン美術館にも入れたのに!(クロイスターズは、メトロポリタン美術館の別館)
NYの奥、秘密の森にありました。静かなスペイン。私の知らないスペインが…
知らないけれど、NYではここが私のスペイン。
NYに再び行くことがあるのかわからないけれど、その時があれば、間違いなく戻ることでしょう。