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漫画版「君たちはどう生きるか」

2017年11月16日 | 本と雑誌

漫画版「君たちはどう生きるか」大ヒット ハウツー本じゃ足りない

      毎日新聞2017年11月10日

 

 

書店でも目を引く表紙

 1937年に出版されてから「自分の人生の一冊」にしている人が、実は多いのかもしれない。吉野源三郎著の「君たちはどう生きるか」。80年たった今夏、初めて漫画版が出版されると、あっという間に部数を伸ばした。なぜ再び、多くの人の心をつかんだのだろうか。【田村彰子】

 

漠然とした不安、80年前も今も

 大きな瞳の少年が学生服を着て、視線を真っすぐに向けている。「君たち--」の漫画版の表紙。書店ではビジネス関連本などと並んで平積みされ、ひときわ目立つ。マガジンハウスが8月24日に発売して以降、53万部の大ヒットとなっている。同社が同時発売した単行本(新装版)も部数を14万部に伸ばした。最新のオリコンの週間ランキングでは、漫画版が本の総合部門でトップに立つ。

 「ここまで売れるとは正直思いませんでした。読者からは『今の時代にも色あせない作品だ』などの反響が寄せられています」。そう話すのはマガジンハウスの執行役員で、企画・編集を担当した鉄尾周一さん(58)だ。

 3~4年後に完成するとみられる宮崎駿監督の新作長編アニメの題名もずばり「君たちはどう生きるか」。映画は、この本の影響を受けた主人公の物語になると言われている。

 

漫画のワンシーン

 原作者の吉野(1899~1981年)は児童文学者で岩波書店の雑誌「世界」の初代編集長として知られる。一体、どんな物語なのだろうか。

 「君たち--」は、世界中が戦争一色に染まっていく中、作家の山本有三が「次世代の少年少女のために」と編んだ「日本少国民文庫」(全16巻)の最終巻に収められた。出版された年は日中戦争に突入した時期と重なる。ドイツではヒトラーが、イタリアではムソリーニが政権を取り、ファシズムの嵐が吹き荒れた。

 こんな時代を背景に、15歳の主人公の少年は、旧制中学に通っている。父を亡くし、母と2人暮らしだ。

 近くに住む叔父が、ちょくちょく家に来ては相談に乗ってくれる。叔父はこの少年を「コペル君」と呼ぶ。地動説を唱えたコペルニクスにちなんだあだ名だ。学校を舞台に貧困やいじめ、暴力なども描かれ、本当の勇気とは何か、人間とはどういう存在かを問う。

 コペル君ら下級生をいじめる上級生の姿を、侵略の道を歩む当時の日本と重ねて読む人も多いかもしれない。実際、この本は、軍国主義に抵抗する目を養ってほしいとの目的で書かれたと解説されることもある。吉野は戦後、岩波文庫版などにこう間接的に記している。

 <当時、軍国主義の勃興とともに、すでに言論や出版の自由はいちじるしく制限され(中略)山本先生のような自由主義の立場におられた作家でも、一九三五年には、もう自由な執筆が困難となっておられました。その中で先生は、少年少女に訴える余地はまだ残っているし、せめてこの人々だけは、時勢の悪い影響から守りたい、と思い立たれました>

 

漫画のワンシーン

 戦前から一貫して反戦・平和主義者だった吉野。児童書の形を取ったこの本は、検閲をくぐり抜けて出版された。戦後は文庫本となって読み継がれ、国語の教科書にも採用された。

 80年の時を超えて、漫画化された名著はどう読まれているのか。小学校の頃にこの本を読んだ脳科学者、茂木健一郎さんはこうみる。

 「刊行当時は戦争に向かい、日本がこれからどうなっていくのか不安を抱える時期だったから、今と重なるところがある。北朝鮮との緊張が高まり、中国の台頭で世界の中の日本の立ち位置も変化している。AI(人工知能)が発達し、生き方や働き方も変わっていくかもしれない。先を見通せない時代だから根本に立ち返り、どう生きるか確かめたいという気持ちが、社会に強くあるのではないか」

 漫画版が出版された当初、これほどヒットするとは思わなかったという。「すぐに役立つ本」「競争社会で成功する方法」などノウハウ的なアプローチの本がもてはやされる昨今、そうした世界とは、無縁な内容だからだ。「グローバル化が進む現代では、功利主義的な身の処し方が正解とされている。でも、実際はそれではどうしても対処できないことが起こることを私たちも肌でわかっている。脳科学者として、若者の相談に乗っているが、みんな漠然とした不安や悩みを抱えている。そういう時代こそ、生きる指針が必要。お手軽な処方箋の本だけではどうにもならないと思っている人は自分で考えるきっかけとして、この本の存在価値を見いだすのではないだろうか」と茂木さん。

 吉野に関する研究もある京都大教授(メディア史)の佐藤卓己さんの見方はこうだ。

 「吉野は戦前の格差社会の中で、自主的に考える個人によってこそ社会革命が可能だと考えて、この本を書いたはずです。一方、現代も格差が拡大し、子どもの貧困も問題となっており、同じような課題は存在しています。しかし、社会構造がより複雑化している今日の方が、どう生きるかははるかに難しい。コペル君の時代の方が単純だから、より多くの人がこの本を読んで共感できるのでしょう」

 

原作者の吉野源三郎=1966年撮影

 佐藤さん自身は中学時代、読もうとしても読めなかったという。「説教臭い」と感じたからだ。また、優等生として描かれているコペル君にもなじめなかった。しかし、研究者として戦中・戦後の世論に向き合ううち、「君たち--」には普遍的なものが書かれていると気付いた。

 「戦前も国家に強制されたというより国民が自主的に戦争に協力した側面は大きい。『自主的に考える』とはどういうことか。その問いがこの本にはある。漫画化の試みはおもしろい。岩波文庫で買ったまま挫折した読者が、再び挑戦するよい機会だと思います」

助言者も成長「説教臭くない」

 マガジンハウスの鉄尾さんによると、祖父母が孫にプレゼントするためだったり、若者がタイトルにひかれて自ら購入したり、幅広い世代に読まれているという。どんなきっかけで漫画化されたのか。

 「だいぶ前ですが、30代の男性社員の机の上に、岩波文庫版が置いてあって、若い人がこんな本を読むのかと驚きました。僕は大学生だった40年近く前、父親に『読め』と言われて反発した。漫画にしたら読んでもらえるのでは、と思い立ったのは5年前のことです」と鉄尾さん。

 知人の編集者のすすめで、まだ無名だった漫画家、羽賀翔一さんに依頼した。

 初めて原作に接した31歳の羽賀さんは、時代を超えてこの物語に共感したという。「僕もコペル君と同じ母子家庭で育ちました。いじめられっ子を救えなかったこともあった。僕の中にある『コペル君的な記憶』を重ね合わせて描きました」。原作と同様、時代背景はなるべく描かないようにした。そして、原作ではメンター(人生の助言者)として存在する叔父さんを、漫画版ではメンターでありながら共に成長していくコペル君のバディー(相棒)だと強調した。「吉野さんは、戦争という大きな流れにのみ込まれていく人々を意識したのかもしれません。でも、何か大きなものに流されてしまうというのは、戦争という特殊な時代だからではなく、いつの時代にもあると思う。きっと誰もがコペル君と同じような経験をして、より成長しようと思って生きています」

 共に成長していく2人の姿は大きな共感を呼んだ。前出の茂木さんは「新しい漫画の形を見せられた」と話す。「漫画化することによって、啓蒙(けいもう)的な原作は、共感できるものへと変わった。今の時代、若い人たちは少しでも『教えてやる』といった啓蒙的要素を感じると、クモの子を散らすように逃げてしまう。原作のメッセージを維持しつつ、この本に触れたことのない層へ届き、その良さが再認識されたことはすばらしいことです」

 名著が新しい形で再び輝き、今を生きる人たちの手に渡る。80年前のメッセージは私たちに確かに響いている。


「コペル君」命名の由来

 主人公の少年は東京・銀座のデパートの屋上から、下の通りを眺め「ほんとうに人間って分子なのかも……」と気づく。<目をこらしても見えないような遠くにいる人たちだって 世の中という大きな流れをつくっている一部なんだ>。そう叔父さんに語ると、大発見をしたコペルニクスにちなんで「コペル君」と名付けられる。

「死にたい」と悩むコペル君

 仲間が上級生からいじめられたら、結束して立ち向かおうと約束しておきながら、コペル君はいざという時にその約束を破ってしまう。そのことを悔い、死にたいとまで思って寝込むコペル君。叔父さんは手書きのノートを渡し「誤りから何を学ぶのか」を教えるのだが……

 

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