曽和利光氏 有効求人倍率の上昇は“少子高齢化”対策の失敗
日刊ゲンダイ 2017年12月4日
「この春、大学を卒業した皆さんの就職率は過去最高です」「正社員の有効求人倍率は調査開始以来、初めて1倍を超えました」――。
安倍首相がアベノミクスの成果を誇るたびに口にする常套句だ。雇用環境が劇的に改善したかのようだが、厚労省によると、9月の正社員有効求人倍率(季節調整値)は1.02倍に過ぎず、1倍超えは全都道府県の半数のみ。最低の沖縄は0.48倍、それに次ぐ高知は0.70倍に沈んでいる(いずれも原数値)。やっぱりデタラメなのか。採用シーンに20年以上携わる「プロ人事」である人材研究所代表の曽和利光氏に実情を聞いた。
■雇用環境の実態を見るなら「離職率」
――安倍首相は過去最高水準の企業収益を理由に、「正社員になりたい人がいれば、必ずひとつ以上の正社員の仕事がある」と繰り返しますが、実態はどうですか。
そもそも、雇用環境の実情を見る上で有効求人倍率を持ち出した議論は雑駁な印象です。確かに、数字の上では有効求人倍率は上がっています。ただ、それは好景気の結果というよりは構造的な人手不足によるもので、少子高齢化対策がうまくいっていないためです。
――労働人口はこの20年で800万人以上減っています。
分母が求職者数、分子が求人数だとすると、分母にあたる若者は減る一方なので有効求人倍率は相対的に上がります。雇用政策の成功によって有効求人倍率が上がっているわけではありません。2008年のリーマン・ショック以降の不景気で企業が求人を絞っていたため、こうした社会構造の変化による人手不足が表に出てこなかっただけなのです。景気動向に左右されるのは中途よりも新卒採用なのですが、この大きな流れで見れば新卒の就職率が上がるのも当然です。
――新卒の求人状況はどうですか。
リクルートワークス研究所の調査結果によると、18年3月卒業組が対象の大卒求人倍率は1.78倍で前年とほぼ同水準です。大卒求人倍率で1.6倍を超えると売り手市場と呼ばれます。しかし、従業員数5000人以上の大企業の求人倍率は0.39倍で、圧倒的な買い手市場です。1番人気の金融業は0.19倍。広告やウェブ、IT系の情報サービス業は0.44倍。一方で、製造業2.04倍、建設業9.41倍、小売りなどを含む流通業11.32倍。業種によって大きな開きがある。
就職できればどこでもいいということであれば、職に就けるのかもしれません。しかし、求職者と求人側のニーズに明らかなギャップがある中で、それをないまぜにして平均化し、景気が上向いて幸せな就職が増えていると結論付けるのは乱暴でしょう。学生が殺到するいわゆる大企業の場合、競争率はおおむね100倍。100人の求人に対し、1万人が受験している状況です。
――狭き門です。
毎年50万~60万人ほどの学生が就職活動する中、大企業に入社する学生は10万人ほど。およそ8割の学生が中小企業に就職するのですが、大半の学生が難関の大企業を含め、トータルで100社以上も受験します。エントリーシートを書き上げるだけでも、1社あたり2~3時間の労力がかかるんです。
求人倍率が表しているのは最終的にどこかに就職した結果の数字に過ぎず、そこに至るまでの苦労が加味されていない点でもピンときません。雇用環境の実態を見るために追わなければいけない数字は求人倍率ではなく、離職率の方でしょう。
成長戦略の柱の観光サービス業は人手不足で減速
――入社3年以内の離職率が中卒7割、高卒5割、大卒3割といわれる「七五三現象」は改善しているのでしょうか。
足元でいえば、変化はありません。景気が良くなって希望通り、あるいは希望に近い仕事に就けたとなれば定着率は上がるはずですが、頭を抱えている企業は少なくありません。早期離職をテーマにしたイベントを開くと、企業関係者がかなり集まります。特に飲食サービス業の早期離職は5割を超えます。
――そうした業種は過重労働が相次いで発覚した影響もあって、ブラック企業のイメージが定着しています。
事件化したケースもあり、「飲食=ブラック企業」という見方はありますね。世間の厳しい目にさらされ、営業時間や人員配置を見直したり、職場環境を改善した企業は少なくありません。政府は観光立国を成長戦略の柱に位置付けていますが、その軸である観光サービス業は採用にメチャクチャ苦しんでいる。マーケットがどんどん広がる成長産業なので人材ニーズはあるのに、人手不足で出店が追いつかない、出店しても手が回らずにサービスが低下する、客離れが始まる、そうこうしているうちに減速する……。こうした事例がそこかしこで起きています。
――もったいないですね。
こうした企業にとって、2020年の東京五輪までが大きな成長のチャンスです。これからの時代を担う企業に人が集まるのが理想的ですが、人気企業といえば成熟企業ばかり。これは持論ですが、すべての成長企業は不人気企業なのです。採用人気度は事業成長の後からついてくる。成長セクターに優秀な人材が集まれば、経済成長に結びつく可能性があるのに、非常に残念です。
■ミスマッチの温床は経団連「採用指針」
――本気でヤル気があるなら、政府はそのあたりを手当てした方がいいですね。
このままでは機会損失の放置になりかねません。ただ、就職のミスマッチに拍車を掛ける要素のひとつが、経団連が定める「採用選考に関する指針」です。
――16年卒業組から見直され、19年卒業組の就活スケジュールは前年同様、3月に説明会、6月に面接、10月に内定が解禁されます。
大企業はいつ始めようが確実に採用できるからいいですが、解禁時期の後ろ倒しは中小企業にとってものすごい打撃です。大半の学生が競争率100倍なのに大企業を目指すので、スタートを遅らせた分、志望者が少ない中小企業はより短期間で採用活動をしなければなりません。どうしたって、雑な採用にならざるを得ない。
学生側にしても、社名を聞いたこともない、企業研究もロクにできていない会社を慌てて受験して、駆け込み入社するなんてケースは珍しくない。これでは早期離職は減るどころか、増えかねない。納得のいかない就職は低パフォーマンスにつながり、企業の生産性にも影響します。
――就活解禁はいつごろがベストですか。経団連が会員の大企業を対象にしたアンケートでは、「説明会や面接開始時期の規定は削除すべきだ」が最多の42・1%を占め、「指針を廃止し、自由な採用活動を認めるべきだ」は9・0%。過半数が「採用指針」を支持していません。
完全フリーで各企業に任せるべきです。就活論争でよく持ち上がる「学業を阻害しない就活」というお題目は、その通りだと思います。すると、何月がいいのかという議論に陥りがちですが、問題はスタート時期ではなく、企業の選考方法にあるんです。人気企業は学生をふるい落とすために、読みもしないようなエントリーシートを課したり、平日昼間に説明会を実施したりして学生の時間を奪っています。
選考手法の研究は進んでいて、ネット上で10分程度でできる適性検査は妥当性が高いといわれている。文章で適性を判断するのは難しいんです。説明会も平日夜や土日に開催したり、あるいはネットで動画配信すれば済む話でしょう。現行の仕組みが円滑な就活を阻害して早期離職を招き、雇用環境を悪化させる悪循環に陥っています。 (聞き手=本紙・坂本千晶)
▽そわ・としみつ 1971年、愛知県豊田市生まれ。京大教育学部教育心理学科卒。リクルート人事部ゼネラルマネジャー、ライフネット生命総務部長などを経て2011年、主に新卒採用を対象にしたコンサルタント事業「人材研究所」を設立し、代表取締役社長に就任。「就活『後ろ倒し』の衝撃」(東洋経済新報社)など著書多数。