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俳優・勝地涼くんのこと。

『空中庭園』(2)-2(注・ネタバレしてます)

2007-09-20 00:44:37 | 空中庭園
・ホテルの部屋を歩く場面でマナの鞄のクマが大写しになる。後の伏線。

・回転ベッドにダイブするシーン。「撮影日誌」によると、目測を誤ってガラステーブルを割ってNGになったのだとか。
パンツ一丁シーンがあるのは知ってたので、てっきりパンツ一枚でガラスに突っ込んだのかと思って「よく無事だったなあ」と驚きかつホッとしてたんですが、実際の映像を見たら制服のままダイブしてたので、だから怪我がなかったのかと納得。
ちなみにこの撮影日誌ですが、「勝地君が、勢いあまってガラスのテーブルを派手に割るというアクシデントがあったが、撮影は順調に進む。」という淡々とした書きぶりに笑ってしまいました。もうちょっと安否を気遣ってやって下さい(笑)。
ついでに「回転ベッドじゃね?」のイントネーションがなんか訛ってるのにも笑ってしまった。

・問題の(?)パンツ(トランクス)一丁シーン。
よく言われることですが、『1980』の全裸シーンに比べてずいぶん痩せましたね。特別筋肉質ではないけれど無駄なく締まった体型は、「それなりに鍛えてる高校生男子」という感じ。
2年近く後、19歳当時に撮影した『里見八犬伝』よりガタイいいかも(『里見八犬伝』ではその幼い体つきに驚いたので)。

・「ここでも暮らせるかも」「なんかここずっといたい」。
ここが彼女の「仕込まれた場所」であること、そこへ無性に行きたがったことを思えば、これらの台詞は胎児回帰願望を表しているのでは。
ゆえに彼女は大切にしてたバースディベア=自分の分身を引き出しに残していったのでしょう。

・モッキーのカラオケが(出だしだけだけど)下手すぎて笑えます。わざと下手に歌ってるのか、勝地くんの実力なのか(笑)。

・飯塚(永作博美さん)のキャラがすごい。台詞とか大体原作どおりなんですが、服装のせいか話し方のせいかさらに異常度合いが増している。
「野猿」での「行為」も凄まじい。永作さんと板尾さんの怪演が効いている。娘たちと鉢合わせしなくて何よりでした(笑)。

・「禁煙のバスで煙草を吸わないのはなに。若い子の素足にいきなりしゃぶりついたりしないのは何で?恥ずかしいからでしょ。」 
「素足にしゃぶりつ」くのは後に貴史が、「禁煙のバスで煙草」はさと子がやってます。
飯塚基準だとさと子も「チョロけた奴」に入るのかな。

・「誕生日も覚えてくれてない」親に育てられた飯塚。同じく母親にいつも誕生日を忘れられることを根に持っていた絵里子。
その結果としてメモリアルデーを大事にする点も二人は共通している。
両親はいないというミーナも合わせると、貴史に引っ掛かる、というか引っ掛ける女は、親との関係に恵まれない人間が多いのか。
来る者拒まずという感じで誰でも軽く受け入れちゃうからか。

・部屋を出るときのマナとモッキーはそれぞれに無言。バスを降りて別れるときもモッキーの反応はちょっと薄い感じ。
原作での「モッキーの一方的な無視」によって二人が疎遠になってゆく感じをはっきりとでなくちょっと匂わせている。

・マナに不意に肩を叩かれ振り返った絵里子は、一瞬物を見るような冷たい表情をし、それからいつもの「完璧な笑み」を浮かべてみせる。
マナは気づかないふりをしてお菓子を買いにゆくが、絵里子の方をさぐるように窺う彼女の表情に、自分が知らない母の顔を見てしまった動揺・怯えが見て取れる。

・飯塚の車が出てくるたび流れる妙に音程の狂った歌は何だろう。飯塚のちょっととっぱずれた性格を象徴させてるのかな。

・貴史にもろに迫られても、関係ない普通の会話を続けながら全く相手にしない絵里子。
このへん5年間セックスレスであるにもかかわらず、仲良し夫婦・仲良し家族であろうとする、旦那に触れられるのが嫌なのにそれを認めたうえで関係を構築しようとしない絵里子の現実逃避ぶりがわかる。貴史の「たまってんだろ」にちょっとウケた。

・コウが作っているゲーム。原作以上に周辺部分まで緻密に作られ、音楽もいかにも安手のコンピューターミュージックぽいのが、彼らの住む街の「作り物感」を際立たせる。

・ミーナに迫る最中で息子の姿を発見。先の「野猿」といい、ヤバいところで子供たちとたびたび鉢合わせしそうになる。
ひょっとするとこれも行動半径の狭さ=街の箱庭感を出す演出だったりして?

・喫茶店でサッチンと男に金を無心される絵里子。サッチンがクラミジアのことを口にした(絵里子が店長にチクッたせいでクビになったことを暗にとがめた)とき、その完璧な笑顔がわずかに歪む。
ほとんど表情が変わらないのに気持ちの強張りがはっきり感じ取れる。小泉さんの表現力に驚かされた箇所。
ちなみに原作では絵里子とサッチンの力関係がよくわからない(この喫茶店の場面がマナ視点で描かれるため)のだが、映画で見て納得がいった。なんか普通と逆みたいですが。

・フォークを取り上げた絵里子が妄想の世界へと入ってゆく。
この時の画面の切り替わり方、絵里子の顔が笑顔のまま崩れてゆくのがホラーのようで恐ろしい。
美人女優さんがよくこんな演出をOKしたなあと、小泉さんの役者魂を感じました。

・妄想から現実に戻ったところで、絵里子はフォークをサッチンならぬケーキの苺に突き刺す。
苺の赤い色が妄想の中で流した血の色に対応している。
そして妄想から覚めたとき、なぜかサッチンと彼氏はそこから消えている。
単に金をせしめて用事が片付いたから出て行っただけなんでしょうが、絵里子の妄想が現実世界に染み出して、彼らの存在をこの世から消し去ってしまったかのような恐怖感を覚えました。

・テヅカ(瑛太くん)とともに「野猿」へやってきたマナは母の名前「絵里子」を名乗る。
そこで彼女が語る虚偽のプロフィール(ずいぶん長いこと学校には行ってない、行ってもいじめられるだけだから)は絵里子が隠している彼女の過去を偶然にも言い当てている。
ところで先にサッチンの彼氏がマナを襲う(襲わせる)意思があることをほのめかしているが、テヅカは彼らとグルなのだろうか。
マナが喫茶店を覗いているところにやってきたあたり、その可能性が高そう。

・マナが持ち込んだジャンクフードを一口頬張ったテヅカは、「人間の食い物じゃない」と吐き出す。
ディスカバを憎悪するモッキー同様、彼も「人工物」への嫌悪を露にしている。
その前の「人間なんて一皮剥けばみんな髑髏さ」の台詞も、虚飾に対する冷ややかな視線を感じさせます。

・「産まれてくるときはみんな泣きながら生まれてくるんだよね。血まみれでね」。ラストの絵里子の咆哮の伏線。

(つづく)

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