想い続けることができれば、その想いはいつか成就する

その日その日感じたことを詩、エッセイ、短歌、日記でつづります。野菜も育ててます。

神秘の朝靄(あさもや)

2014年11月30日 | 野山散策

震災4年11月30日

 11月27日の朝だっただろうか、日課としてごみの搬出にいったところ、東側に真っ白い帯のような雲があった。朝靄だろうかと思い周りを見渡したが、靄が出ていたのはそこだけだった。初めて見る自然現象だった。

  何事もよく観察していると、人生初体験の事があるものだなと自分なりに感心していた。いつもなら、周りも全体的に靄がでているのだが、今回はそこだけだった。実に珍しい現象だ。当日は偶然風もなく、靄の比重もあり、そこに浮かんだようになっていた。

 それを見ている自分は仙人にでもなった気分だった。

※人は毎朝生まれ変わる。
※何事も、つかず離れず、さりげなくさらっと、繰り返し繰り返し愛情を持って!

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ひとひらの落ち葉

2014年11月26日 | 

 湖面に落ちてゆく落ち葉の動画 youtubeより

 散策中、当時は風もなく、小春日和の静かな日でした。透明感のある湖水にひとひらの落ち葉がすうっと落ちてゆくさまは、静寂そのものでした。

 透き通った水に一葉ずつ、まっすぐに落ちてゆくさまは、どこか神秘的な感さえしました。あちこちから、数秒か数分おいて落下して来る様子に思わず見とれてしまいました。まさに芸術の世界に入ったようでした。自然の表現の多様さに感心しました。そんな感覚を味わったのは人生初めての経験でした。

 早速詩にしてみました。生きていると色々な事象に出くわします。事実は確かに小説よりも奇なりかもしれません。まだまだ、私の未経験ゾーンがたくさんこの残されています。また、何かに出くわしたら詩にでもしてみたいと思います。パッションのおもむくままに 我が儘に!

youtubeをご覧下さい。一つ二つの落ち葉がすうっと落ちていきます。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=kcaGGUw50Wo

 

※coffee break   この辺でセンチメンタルな秋をしのんで枯れ葉でも聞いてみましょうか。

https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=PMJUHLtoRbo

https://www.youtube.com/watch?v=kGahJ6I2mdA&feature=player_detailpage

https://www.youtube.com/watch?v=XZqrVqZ7_VI&feature=player_detailpage

https://www.youtube.com/watch?v=fbNmCIK2xeE&feature=player_detailpage

https://www.youtube.com/watch?v=qkreVydfcEc&feature=player_detailpage

https://www.youtube.com/watch?v=llxYAfUz-Ow&feature=player_detailpage

色々な歌手が歌っていますが、やはり本物のイブモンタンが一番かな。二番が岸 洋子 やはり枯れ葉はフランス語でなければだめですね。英語はちょっと情緒が出ませんね。

 

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沈む太陽 自然の造形は素晴らしい!

2014年11月26日 | エッセ

震災元年11月26日

 自然の造形は素晴らしい!こんなきれいな景色があっただろうかというような仕草を見せる。ただ、私はそれを見、感心するだけ。周りの秋のすじ雲もきれい。太陽の周りから沸き立っているみたい。まさにオーラに太陽が包まれているようだ。私の晩年もこうありたいものだ。

 沈んでるんだけどまた、昇ってくるような感覚に陥る。いや12時間後また、今度は東の空から朝焼けをともなって昇ってくるのだ、こうして諸行無常時は繰り返されてゆく。一瞬たりとも同じ事の繰り返しではない、絶えず事象は流転し日々刻々新しきものを創造しながら動いてゆくのだ。

 

沈む太陽 自然の造形は素晴らしい!

動画にもアップしたのでゆっくり見て欲しい。

youtube動画はこちら

http://youtu.be/8o6b7Ivbpm0

 

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散歩とウォーキングからの想い

2014年11月24日 | エッセ

 散歩とウォーキングは今まではその違いについて考えても見なかったし、両方を散歩と呼んでいました。昨今の健康ブームがいわれ始めてからウォーキングというジャンルが登場してきたように思います。私の中では健康や体力維持、増強を目的とした時にウォーキングという言葉を最近はつかうようになりました。自分で意識して歩く前はすべて散歩で片づけていましたが、私の中でも最近分けて考えるようになりました。それだけ、自分的にも健康意識がたかまってきたのだろうと思います。

 毎朝の歩きはウォーキングになります。適度に負荷をかけ、歩いているからです。慣れてくると歩幅を広げたりスピード感出して歩く癖がついて来ます。散歩しかしらなかった頃とはだいぶ歩き方も変わって来ました。普通の散歩の時でもついついスピードが出ていわゆるウォーキングに成っている自分に気づくことがあります。両手もそんな時はふれています。そのときが、私の中ではウォーキングでしょうね。

 散歩は散歩で肩肘張らないし気分転換にはよいと思いますので、無理をせず、散歩やウォーキングを楽しんでいきたいです。今朝も、女房に頼まれて幼稚園のウサギのえさをとりに菜園に行って来ました。ヨモギやサツマイモの屑を集めて来ました。余裕がでれば、ウサギや山羊をそこに放し飼いにして除草をしたりしたいというプランもあります。

 ホウレンソウがだいぶ大きくなりました。先日もツナとトマトとほうれん草を混ぜサラダにして食べました。ドレッシングは認知症にもいいというオリーブオイルにしました。健康的でさわやかな気分になりました。ホウレンソウはPHが高いので石灰を施さないと酸性土壌の自分の畑ではうまくいかない事が分かりました。今回はアルカリ化にしましたので、上手にできています。簡易PH測定器が壊れてしまったので最近は勘ででPHを計っています。結構密植してますので抜き菜にしてはサラダで食べています。

<抜き菜に向く野菜>

大根、白菜、ほうれん草、ニンジン…等が定番ですが、おひたしやサラダにすることが多いようです。材料はごま、ごま油、オリーブオイル、ツナ、ベーコン、油揚げなどを加えることが多いようです。

※びっしり密植されたホウレンソウ まだ、若いのでサラダに向くようです。みずみずしさがたまりません。ポパイを思い出します。(年ですかね?)上に見えるのが私の好きなカリフラワーの苗です。

ためしに綿を育てて見ました。綿毛ができています。これが昔から使われている木綿の原料になるのですね。一度、木綿の繊維も作ってみたいですね。時期がきたら自然の植物で染め物もやってみたいです。

 キャベツがきれいに結球し始めました。今年は無農薬でもほとんど青虫がつきませんでした。ラッキーという感じです。この分ではいいキャベツがまもなくできそうです。我が菜園では苦土石灰と鶏糞以外は使いません。後は自然界の力に任せ、その力が発揮できるよう見守りながら育てています。自然と野菜がうまくほどほどにマッチするようにしています。商品としては考えていないので自由にできるのが自然栽培の強みです。基本的にはPHは少し調整してますが、天敵を放したり害虫の忌避植物を植えたりしてます。何事も実験です。自由に実験ができる農場になっています。すべては世の中は自然の摂理で動いています。その一員になるよう心がけています。これが私のポリシーです。ですので、自然界にないものはできるだけ使わないようにしています。土に帰るものが基本です。そう考えると原発のように処理ができない放射能は問題ですね。

菜園の広さが4畝もあり、色々な事をちょこちょこやるのが趣味の私としては広すぎて、どう有効利用しようかと考えていたが、さしあたり半分を果樹園にということになった。ぶるーべりー、イチジク、プラムを現在植栽中である。ただ、問題はブルーベリーとイチジク、プラムの果樹の適地PHが違うということである。この辺を知恵を絞り今後クリアーしていかなくてはならない。後は無農薬でも野菜のように果実がうまく実るかだ。これも結局ケセラセラか? 

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ネギの魅力から想う

2014年11月22日 | 野山散策

震災4年11月22日

ネギの魅力

 最近ネギにはまってきた。その白い肌の美しさ、それに対する葉の緑の何ともいえない色、浅葱色という日本語がぴったりの色、日本人は古来ネギとともに生きてきたのではないかとさえ思う。

 日本語は奥が深いなとしみじみ思う。色の表現でも自然と一体化してきた歴史がある。(日本の伝統色)何年追い求めても追い求めきらない深さがある。気がつくまでにあげれば、茜色、鳶色、海老茶色、ねずみ色、朱鷺色、焦げ茶色、藤色、藍色などが思い浮かぶ、自然と連動して発達してきた言葉だろうと思う。古来それほどまでに日本人は自然を神とあがめてきた証拠ではないか。西洋の言葉にはない魅力であろう。言葉の歴史は日本文化の歴史でもある。

 同じ緑でも微妙な違いを色々な言葉で表現していて深遠とでもいえるのではないだろうか。間口が広く奥行の深い日本の言葉、歴史に裏打ちされ今日まで文学の中で生活のなかで広くあまねく表現されてきた。この日本に生まれてつくずくよかったと思わずにはいられない。

 昔、英語を習っていたころ、こんなことがあった。「雪がしんしんと降る」の「しんしん」が英訳できないという。しんしんの中にはデジタルでは表現できない諸々の深い意味が含まれているのだろう。いや論理的な意味ばかりでなく心情的な面、場面描写、空間など言葉では表せないほどの意味がその中にあると思う。人の営みの中には言葉では表現できない深いものがあるのであろう。言葉だけで議論してしまう今の風潮は真理とはかけ離れたものになってしまう。それだけ、人間の心理は複雑怪奇であるともいえる。

★浅葱色 青と白との コントラストが またまぶし

 根が太いのが混じっていますが、それがたぶん下仁田ネギではないかと思う。すき焼きには合うようです。
ねぎも色々な種類があり味が違うのが最近わかってきました。今度は根が赤い葱も育ててみたいと思っています。また、料理でも色々使い方を考えてみたいです。

 見ているだけで、惚れ惚れして芸銃的な価値もあります。何時間見ていても飽きがこない素材です。生でもかじってみたくなります。たまねぎとはまた違った食感を楽しむのもいいと思います。

 先日、オリーブオイルで炒めて、しょうゆをつけて食べたら結構いけました。また、レシピのレパートリーも増えました。

長葱の 美しき哉 その白さ
        ピュアな心は 乙女そのもの

  
長葱の 人肌に似て 透き通る
        その白さこそ 若さそのもの

生きている 息をしている 長葱は
          おいしいこと この上なし 味噌で食べよか むらさきか

 

老いて行く 自分の体 見比べて
          かなわぬ願い 長葱に託す

  さて、ついでに雨の降る様子を表す言葉にも色々あるという。自然とかかわった表現である。梅の雨と書いてつゆはあまりにも有名です。春、花に降りそそぐ雨、紅雨。新緑に降る緑雨、新緑の緑が映える頃に咲く雨だ。 新緑のころ,青葉に降る雨。翠雨(すいう)。そうして『青雨』、『黒雨』ときて(空を暗くするばかりに降る大雨。)、最後に『白雨』(明るい空から降る雨。にわか雨。)が来れば、夏だという。  黄梅雨(きずゆ・きつゆ)夏至の前にふる雨。ちょっと調べてみるだけで色々ある。どうも、これらは中国と大きくかかわっているようだ。時雨雨(しぐれあめ)春雨(はるさめ)天気雨、夕立、菜種梅雨、涙雨などはよく歌謡曲でも使われる。霧雨、小糠雨なども今でもよく使われている。通り雨なども昔よく使った。
まだまだ、知らない言葉が多くて、これでは一生かかっても追いつかない。一生は短い。後のことは次の世代に譲ることにしよう。毎日その刹那刹那を精一杯生きるしかない。後は人生ケセラセラでなるようになり、なるようにしかならない。これしかないと思う。それにしても人生長くて100年、ずいぶんと短いものだと思わざるしかない。その日その日を大切にし、いつまでも健康ですごしたい。これ、万人の思いだな。

※人は毎朝生まれ変わる。

※何事にも、つかず離れず、さりげなくさらっと、繰り返し繰り返し愛情を持って!

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