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09/09 寿司

2013年09月09日 | 食・レシピ

【寿司】
「寿司」と呼ばれる食品は、酢飯と主に魚介類を組み合わせた日本料理である。
大別すると生鮮魚介を用いた「早鮨」と、魚介類を飯と塩で乳酸発酵させた「なれ鮨」に区分される。なかでも代表的な寿司は前者の「握り寿司」であり、英語圏でも通じる料理となっている。

『歴史』
「寿司の起源」
中尾佐助著「栽培植物と農耕の起源」では「ラオスの山地民やボルネオの焼畑民族」の焼畑農耕文化複合の一つとされている。「すしの本」は、東南アジアの山地民の魚肉保存食を寿司の起源と挙げ、高地ゆえ頻繁に入手が困難な魚を、長期保存する手段として発達したものとしている。

中国で「鮨」の字は紀元前5-3世紀に成立した辞典「齋雅」に登場する。「魚はこれを鮨という。肉はこれを醢という」と対比され、鮨は魚の塩辛と解釈されている。

日本における文献初見は「養老令」の「賦役令」で、鮑鮓、貽貝鮓のほかに雑鮨が見える。「令義解」はこれに「鮨または鮓なり」と注釈しており、以後日本では鮨と鮓が区別されず、ともに「すし」とされた。

「日本の寿司」
すでに奈良時代に存在が知られるが、平安時代の「延喜式」には諸国からの貢納品が記されており、鮓・鮨の語を多く見出すことができる。魚を塩と飯で漬け込み熟成させる「なれずし」であると考えられる。

しかしなから、室町時代以降に「なれずし」の発酵期間が短縮され、また、「漬け床」の飯も食用とされたということを史料で確認することはできない。奈良・平安時代以来、室町時代から織豊時代にかけても鮨の多くを占めるのは鮎や鮒の「なれずし」であるが、各時代の鮎や鮒などの同じ種類の鮨の「飯漬け」期間を比較して、その期間の「短縮」が証明されていたわけではない。奈良・平安時代においても、食材の種類や「飯漬け」の時季により、醗酵の度合いには差があり、数日間の醗酵のものもあれば、1,2ヵ月のものもあるとされる。従来の見解は、数ヶ月間以上の「飯漬け」を行う現在の滋賀県の「ふなずし」を奈良時代以来の「なれずし」、これよりも「飯漬け」の期間が遙かに短い和歌山の鯖の「なれずし」などを「生成」であるとする理解から導き出されたものであるという。そして、「生成の鮨」とは、十分な熟成を経ない半熟の鮨ではあるが、飯を共に食するというものではなく、敢えて半熟状態のものを試みに食するというもので、「鮒鮨」に限られていることから、これは「鮒鮨」の食べ方を意味する言葉であり、室町時代以降のそれまでの「なれずし」が「生成」になるという従来の理解は誤りである。

時代が下がるとともに酒や酒粕、糀を使用したりと、鮨の発酵を早めるため様々な方法が用いられ即製化に向かう。そして1600年代から酢を用いた例が散見されるようになる。岡本保孝著「難波江」に、「松本善甫という医者が延宝年間に酢を用いたすしを発明し、それを松本ずしという」とあるが、日比野光敏によれば「松本ずし」に関する資料は他になく、延宝以前の料理書にも酢を使った寿司があるゆえ「発明者とは考えられない」としている。誰が発明したかはともかく、寿司に酢が使われ、酢の醸造技術も進んできて、いよいよ醗酵を待たずに酢で酸味を得て食する寿司、「早寿司」が誕生することになる。

『戦後の寿司』
第二次世界大戦直後、厳しい食糧統制のさなか、1947年飲食営業緊急措置令が施行され、寿司店は表立って営業出来なくなった。東京では寿司店の組合の有志が交渉に立ち上がり、一合の米と握り寿司10個を交換する委託加工として、正式に営業を認めさせることが出来た。近畿をはじめ全国でこれに倣ったため、全国で寿司店といえば江戸前ずし一色となってしまった。当時を知る職人は、「あらかじめダミーの米を入れる袋を用意して店頭に置き、取締を逃れて営業したこともある」と述べている。

『種類』
現在は握り寿司が代表的であるが、弁当などではそれ以外の押し寿司、ちらし寿司、巻き寿司、稲荷寿司、なれ寿司が多く使われる。

「握り寿司」
握り寿司は小さな寿司飯の塊に具を載せて握ったものである。飯と具の間にわさびを入れる。てづかみ、あるいは箸を用いて、必要が有れば醤油を付けて食べる。
「妖術という身で握る鮓の飯」(柳多留)が握り寿司の初出文献である。握り寿司を創案したのは「興兵衛鮓」「華屋興兵衛」とも、「松の鮨」堺屋松五郎ともいわれる。

「巻き寿司」
巻き寿司は、具と寿司飯を海苔で細長く巻いた寿司、巻き簾の上に海苔を広げ、酢飯と具を載せて巻いたものである。かんぴょうの巻き寿司が好んで食べられ、これを海苔巻きと称した。その後、大きさも具も様々な物ができた。

「稲荷寿司」
稲荷寿司の語原は、油揚げが稲荷信仰に関わりの深い狐の好物であることに由来する。史料によると、「油揚げの一方を裂いて袋状にし、木茸、カンピョウなどを刻みいれた酢飯を詰めたすしを、天保の末年から江戸市中に売り巡る。店売りは天保以前からあり、最も安価なすし。名古屋には以前からあり、稲荷ずしまたは篠田ずしという」とある。
「天言筆記」には飯やおからなどを詰めてワサビ醤油で食べるあり、「はなはだ下直」ともある。
現代の稲荷寿司は袋状に開いた油揚げを煮付け、中に酢飯のみを詰める場合と、酢飯にニンジンやシイタケ、ゴマなどを混ぜ込んで詰める場合とがあり、後者は「五目稲荷」と呼ぶこともある。
岐阜県あたりを境に、東は四角、西は三角と、地域によった形が分かれる。いずれも「印籠寿司」の範疇に分類される寿司である。
また、稲荷寿司と巻き寿司を詰め合わせたものを「助六」という。これは「揚げ」と「巻き」で揚巻(歌舞伎に登場する花魁の名)という洒落である。

「ちらし寿司」
生魚や玉子焼きの刺身や握り寿司の種を、酢飯の上にちらして飾り載せたもの。具を散らして作ることから「ちらし」と呼ばれる。
江戸前寿司店のちらし寿司、北海道の生ちらし等が有名である。

「その他の寿司」
その他の寿司の種類として、「五目寿司・ばら寿司」、「なれずし」、「押し寿司」等がある。
また、地方独特の寿司として、千葉県銚子市や大阪府の郷土料理の「伊達巻き寿司」、東京都の伊豆諸島及び小笠原諸島の郷土料理である「島寿司」、滋賀県名産の「ふなずし」、奈良県・和歌山県、石川県の郷土料理の「柿の葉寿司」や「めはり寿司」、関西圏で名産の「鯖寿司」等が有名である。
また、関西圏を中心に普及している「大阪寿司」に属する寿司として、「バッテラ」、「松前寿司」、「巻き寿司」、「茶巾寿司」、「ばら寿司」、「酒寿司」等がある。

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