これが、布田保之助の像。
彼の視線の先にあるものは・・・
ジャーン!
通潤橋の放水です。
これがどうしても見たくて、またやってきました。
すごい迫力です。
35度のあっつーい中、大勢の見物人が集まっています。
橋を通っている3本の送水管の真ん中あたりにゴミを取り除くための放水口が、
五老ヶ滝川上流に向かって2個、下流に向かって1個あり、
いま3本の大きな流下が始まったところです。
上から見るとこんな感じ。
下の見物人が豆粒のように見えて、高さがこわ~い!
左手前に見えるのは、この送水口の栓です。
通潤橋の碑の横に置かれている四角い石、これが石の送水管です。
この図に示されているように、90cm角の石ですから、どんなに大きいか、どんなに重いか
想像できますね。
その中央に30cm角の穴を開け、それを何百個も繋いでいったのです。
どうやって?
溝を掘って、そこに溶けた鉄を流し込むというアイデアもすごいけど、
この溝もまた全く同じサイズで掘らないと流し込めませんよね~
大変精密な仕事ぶりです。
しかし、このグッドアイデアも失敗に終わります。
鉄の暑さで石が焼け、そこがもろくなって、水圧がかかるとそこから水が漏れ始めた…
でも、保之助は諦めなかった!
鉄の代わりに、漆喰を使ってみることにしたそうな。
でも、普通の漆喰ではやはり水漏れが起きてしまう。
特別な「八斗漆喰」について研究し、
(八斗漆喰の作り方)
こうして出来た漆喰が早く乾かないよう、塩と卵の白身を加えるのですが、
それらの調合を何度も何度も試行錯誤して、やっと水漏れしない石の送水管ができました。
送水管を造るだけでも、どれほどの工夫と情熱と根気が必要だったことか・・・
山都町の人々にとって、布田保之助という惣庄屋は、たんなるお役人ではなく、
神様のように崇められる存在だったというのも、わかるな~