令和4年9月5日(月)
さて、牧野富太郎。生育歴は?
比較的裕福な造り酒屋の息子に生まれ たものの小学校は、2年で自主退学。
野山で草木に囲まれながら
独力で植物学に取り組み、
日本の植物分類学の基礎を築いた 高知人。


彼はのちに東京帝国大学植物学研究室に 出入りするようになり、
講師を務めながら論文を提出して
植物学博士になる。

「学位など無くて、
学位のある人と同じ仕事をしながら、
これと対抗して相撲をとるところにこそ
愉快はある」
(『牧野富太郎自叙伝』より) 。
既成概念にとらわれず、
(『牧野富太郎自叙伝』より) 。
既成概念にとらわれず、
ひたすら植物と向き合う。
74歳のとき書いたエッセイには、
「私は植物の愛人として
74歳のとき書いたエッセイには、
「私は植物の愛人として
この世に生まれてきたように感じます。
あるいは草木の精かも知れんと
自分で自分を疑います。
ハハハハハ。」
(『植物と心中する男』)
(『植物と心中する男』)
と記している。

「飯より女より好きなものは植物」
と断言し、
寝ても覚めても夢中になれるものが
寝ても覚めても夢中になれるものが
傍らにある
こと。
生涯を通して植物を学び遊んだといっても
過言ではない。
「朝な夕なに
こと。
生涯を通して植物を学び遊んだといっても
過言ではない。
「朝な夕なに
草木を友にすれば
淋しいひまもない」
「年をとっても
淋しいひまもない」
「年をとっても
浮気は止まぬ
戀し
戀し
草木のある限り」
「憂鬱は
「憂鬱は
花を忘れし
病気(やまい)なり」
まだまだ植物爺さんの言葉は
まだまだ植物爺さんの言葉は
つづく。